第2章 運び屋ロブとダンジョンへの道
冒険者として生きていくべく、まずは基礎を学ぼうということで、その日にちょうど『初級採集講座』という冒険者ギルドの講習会があったので、参加することになった。
講習会では、付近の地図を元に主な採集場所が解説された。街の西にはムルタクア川があり、付近ではよく薬草が採れるそうだ。
薬草は川に沿って生えているらしく、また上流の方が質のいい上薬草も採れるのだとか。
ちなみにギルドでは薬草を納品することで、ランクを上げるための評価を得ることができる。
普段であれば薬草採集の他にも、近くにあるというダンジョン街に荷運びしたり買い出しに行ったりといった依頼があるものの、野盗騒ぎで現在は
その他、毒消し草や毒草、痺れ草、眠り草といった採取される草や、上のランクになると行けるようになる場所が紹介されたところで、1時間ほどの座学は終了となった。
計2時間の講習会のうち、後半は戦闘の講習となっており、せっかくなので参加してみることにした。
……
──宿に戻ったところで、講習会を受ける生活がしばらく続く状況を考慮して、現在の生活の収支を確認しておくことにする。
ギルマスから貰った運搬料の大銀貨15枚や、最終的にはファルコと山分けにする予定になった野盗討伐の報酬金貨2枚があるため、当面の間であれば金銭に困ることは無い。
しかし、安宿とはいえ宿代が結構馬鹿にならないということで、何とかならないか考えた。
そこで思いついたのが、『アジト作成』計画だった。街を少し離れたところに、つい先日ちょうど入居者が出て行った都合がいい場所もある。
しかし、この街を離れてアジトに住むとなると、冒険者ギルドの有効期限が少し問題になりそうだった。
現在の
更新期間の延長は、
ひとまず、ランク上げの効率調査と『アジト作成』を並行し、最終的には
──翌日、冒険者ギルドで依頼書を眺めて、どういった依頼があるか確認する。
しかし、見に行った時間は8時過ぎと、本日分の依頼が貼り出された時間からは少し経っており、【火魔法】などのスキル条件付きのものが残っているばかりだった。
──ヨンキーファの西門から1時間ほど歩き、講習の中でも紹介されていたムルタクア川へと到着した。
川にかかる橋の上から眺めると、河川敷で薬草を採集している人の存在が確認できる。
ふと見下ろした先には
中州の周りはそこそこの深さがあるためか、あえてそこまで来て採取する人もおらず放置されているようだ。
あれが採取できれば品質が良さそうだ……と思ったところで、現在その手段を持ち合わせていることを思い出して、早速【空間収納】の格納門を中州へと飛ばす。
すると予想通り、橋の上からの【空間切削】による遠隔採取により、労せず60本ほどの薬草を手に入れることができた。
その上、【空間収納】は自動で『上薬草』『中薬草』『薬草』と品質ごとに分類してくれていることに気付く。
他にも、採取の際に他の草も巻き込んでしまっていたようで、『毒消し草』や『痺れ草』、『眠り草』など他の草もあった。
ふと、【連続体削り出し】といった特定の素材を丸ごと取り出すスキルが出ていたことを思い出し、『毒消し草』を指定して中州の半分ずつから範囲採取してみたところ、一気に計20本ほどを集めることができた。
こういった中州は上流から下流にかけて点在しており、恐らく同様に手をつけられていない可能性が高い。
つまり、同様の手段で収穫できそうな有力な場所が複数あることを意味していて、金稼ぎが【空間収納】というスキル1つであまりに
この時、【空間収納】を得るきっかけとなったあのインテリヤクザを『神』と崇め、祈りを捧げるべく、神像の1つでも作ろうと決意する。
──その後、1週間ほどこの薬草採取にのめり込むことになる。納品によるギルドランク上げという当初の目的を忘れたまま。
上流と下流を交互に回る形で毎日採取していった結果、薬草が2500本ほど、毒消し草・痺れ草・眠り草が各500〜1000本ほど収穫できた。
それぞれ2割強が上位の草、6割強が中位の草となっており、かなりの利益が見込めそうだ。納品用の普通の薬草も300本ほどある。
橋の下にあった中州を実験場として、採取結果の記録を整理してみたところ、薬草の収穫量は日を置くことで徐々に回復し、連続した採取により上位や中位の薬草の割合が減ることが分かってきた。
そのことから、毎日採り尽くされる河川敷の薬草は、量や上位薬草の割合が減って、効率が悪くなっていることが推察された。
収穫量の目安が分かった一方で、2000本以上の薬草をどこに流すべきか、頭を悩ませることになった。下手に納品でもすると、流石に目立つ量だろう。
宿へと戻ったところ、受付に商業ギルドからメモが届いていた。
それを見て、丁度需要がありそうな納品先を思いついたので、笑みを浮かべる。
──翌日、商業ギルドで前回同様に地下の倉庫に通され、ギルマス立ち合いで
運び賃として追加で大銀貨1枚を受け取ったところで、ギルマスに薬草の件について話を切り出す。
軍用と思われる資材集めや、先日の野盗騒ぎに絡む他国とのきな臭い感じから、需要があるだろうと見込んで持ち込んだわけだが、どうやらその推測は外れていなかった様子。
実は領主からポーションを集めるよう通達があったらしく、今朝ちょうど冒険者ギルド向けに、商業ギルド名義で薬草採取の依頼を出したばかりだったらしい。
そういったタイミングだったことについては、あくまでも偶然だったので弁明しつつ、交渉成立することになった。
しかし、今後も薬草を仕入れるとなっても販売先に難があるとなると、せっかくの穴場が勿体ない。
そこで考えたのが、ポーションに加工しておき、今後ダンジョンに行った際に活用する準備を行うことだった。
ポーション作成についてギルマスへ訊ねると、どこかの薬師に弟子入りするか、王都の学園で習うというのが一般的らしい。
しかし学園と言えば、異世界において貴族やら王族やらがいる場所であり、色々と厄介ごとに巻き込まれる展開が頭に浮かぶ。
嫌な予感しかしないので学園案は却下し、教科書だけを商業ギルドで取り寄せてもらうことにした。
ついでに、HP回復の薬草があるならばということで、MP回復の魔力草についても訊ねてみた。中州には残念ながら生えていなかったのだ。
どうやら魔力草は、もっと川の上流や森の奥で見つかるとのことで、山道を進む必要があるそうだ。ただ、そうなると
魔力草採取は、
試しに、商業ギルドにある在庫の魔力草を見せてもらったところ、薬草と形状は似ていて黄色いという特徴のようだ。
ギルマスが、薬草の取引についてまた相談する可能性を匂わせてきたので、今後も中州での仕入れは継続することにした。
──商業ギルドを後にして、そのまま川で1往復してここ数日と同様に薬草を300本ほど収穫する。
4時間ほど歩いて折り返した道中、薬草にも開花時期というのがあり、その前後は封鎖されることや、収穫祭のようなものがあるといった話が講習会であったことを思い出しながら帰路に着いた。
宿へと戻ったところで、しばらく放置していた成長ポイントを振っておくことにする。
今日の商談中に、不審な流通によって容易に仕入れ元が辿られる危険性があることをギルマスが語っていて、スキルが発覚した際の緊急退避方法が必要になりそうなので、スキルを成長させておくべきだと感じたのだ。
まずは1つだけLv.3になっていなかった【格納門移動】にポイントを振る。
成長による効果の傾向として、Lv.3になると何かしらの副次効果があることが分かっているためだ。
期待通り【格納門移動】をLv.3にすることで副次効果が出てきたようで、【視野外開門】が使えるようになった。
これは視野を外れた位置にも格納門を出せるスキルで、部屋の外でも上空でも自由に出現させることが出来るらしい。
ただし、『見たことがある場所』であることが条件で、行ったことがない場所へと突然出すことはできないという制限はあるようだった。
格納門の出せる距離は【距離延長】に依存するようで、現在のLv.3だと500mほどだ。
こうなると必然的に【距離延長】へポイントを振ることになり、Lv.5にしたことで12.5kmほどまで届くようになった。
結果、この1週間ほど片道4時間かけていた川の中州巡りは、上流から下流まで全てを宿の位置から動くことなくカバーできることになってしまった。
この検証の際、【格納門増加】のLv.3副次効果で【通過指定】という性能が追加されていることに気がつく。
指定したものだけを通過させるスキルで、今日は採取していない下流の中州で試しに上薬草や上毒消し草などの上位の草のみ採取してみたところ、あっさり30分で終わってしまうことに。
これにより薬草採取については簡略化の目処も立ったということで、次は魔力草を探すことを目標にした。
──翌日、薬草採取の依頼でギルドランク上げしようと思っていたことを思い出し、ギルドの買取窓口に向かう。
手元に残してあった普通の薬草から50本ほど、その他に毒消し草、痺れ草、眠り草を各15本ずつ納品した。
窓口担当の老人は薬草
ついでに老人に
ギルドとしては講座を推奨するとの話もあったので、スケジュールが貼り出されている会議室前へと立ち寄った。
こちらの世界においても曜日の概念は存在するが、前の世界における由来の『天体』は存在せず、魔法の属性に由来した橙・赤・青・緑・黄・水・白の七色が曜日のシンボルになっている。
聖魔法を意味する白曜日は休息日となっていて、店を閉めるところも多いようだ。
今日は黄曜日のため、スケジュールでは『初級算術講座』となっていた。前回の講習と同様に『戦闘講習』もセットになっているようだ。
講習の開始は14時のため、時間が若干空くことになる。
ふと、
カウンターで聞いてみたところ、向こうからも伝言が残されていたようで手渡された。
野盗の救助に来ていたことは向こうから認識されていたようで、会って話がしたいとの内容だった。
恐らく貴族であるリナにはあまり関わり合いたくなかったが、連絡先はそちらしか記載されていなかったので、講習までの空いている時間に行ってみることにした。
──街の東にある貴族街でウェスヘイム家という名を頼りに向かうと、そこは門兵のいる立派なお屋敷だった。
あまり中までは通されたくなかったこともあり、試しに冒険者らしくタメ語でリナに会いに来たことを告げると、横柄な態度の門兵に軽くあしらわれる。
顔を合わせたくなかったこちらとしては非常に好都合だったので、一変して
──もう1人のクララについては連絡先の記載が無かったものの、恐らくは教会に所属しているだろうと当たりをつけて、この街にある聖白銀教会へと向かってみることにした。
薬草園のある施設内を
シスターは野盗の件についても知っていたようで、すぐにクララへと知らせに行ってくれた。
──そのまま教会内の個室に通されて、シスターとクララから改めて感謝の言葉を受ける。
その際、彼女たちとパーティを組んでいたオットーという少年について戻ってこなかったかを訊ねてきたので、轍道を逸れたところで木の板の側に鎧とギルド証が残されていたことを伝えた。
すると、オットーには捕虜になっていたへレーネという妹がいたことが明かされる。どうやら人質にされていたようだ。
鎧とギルド証については回収したままになっていたので、後で冒険者ギルドの方に届けておくと伝えると、しばらくして顔を伏せていたクララも落ち着いた様子を見せた。
リナの方には面会を希望しなかったことを踏まえて、クララは何か要件があることを察して訊ねてきたので、本題を切り出す。
【蘇生魔法】が使える人を現在探していて、紹介してほしい旨を話すと、シスターはクララを推薦してきた。どうやら彼女も【蘇生魔法】が使えるらしい。
ただし、【蘇生魔法】を使うにはダンジョンでの『
それは即ちリナもついてくるということであり、貴族と関わるという点で難はある。
既に
【鑑定】スキルを持っているのか? と思いきや、INTやMND、MPがある程度高い場合は『魔力感知』という方法で分かってしまうものらしい。
魔力感知は教会での講習で学ぶものとのことで、この施設でも基本を学ぶことができるそうなので、お願いすることにした。
──30分ほどの講習だったが、魔力をシスターから流してもらって感覚を掴み、呼吸による鍛錬を繰り返すことによって、有るか無いか程度については分かるようになった。
鍛錬を続けることによって、相手の魔力を推し測ったり、あるいは自身の魔力が漏れ出る量を調整することで、隠蔽することも可能だそうな。
どうやら今までは、無意識で全身に魔力を循環させていたことにより、身体強化のような効果を得ていたようだ。戦闘の講習などでも割と動けていたのは、これが理由かもしれない。
魔力感知の講習が終わり、話をパーティの件に戻したところで、こちらの都合について話をしておく。
今週は、こちらの世界の一般常識を仕入れる意味でも冒険者ギルドの講習を受ける予定のため、
ただし、上薬草などは十分な数が確保できる宛てがあるので、納品する配分を考慮して最短で計3週間あれば
ダンジョンへ向かうのがその日程で問題ないようであれば、ということでリナと確認を取っておいてもらうよう、クララに頼んだ。
──昼前には教会を後にして、食堂で昼食を摂った後『初等算術講座』を受講した。
定番ながら小学校低学年の算数といった内容だったので、楽にパスすることができた。
なお、小学校高学年程度までの算数が範囲となる、
──翌日、講習までの時間を潰すのも兼ねて、『アジト作成』の前段階として、この街に拠点を作ることにした。
今の安宿でも泊まる分には不満は無かったが、見せられないスキルに関わるものは憚られるということで、当座の金も充分あるため、商業ギルドで家を借りることにした。
予算は大銀貨1枚、風呂と上下水道は必須、調理場希望で探してもらったところ、ほぼ条件に一致した物件を見つけてくれた。
しかし、いわゆる『事故物件』というやつで、こちらの世界でも忌避されるとのこと。
こちらは特に気にしないので紹介をお願いすると、いつも受付をしてくれるそのお姉さんが物件を案内してくれることになった。
なお、物件に向かう道中に、名前がフランさんであることを聞き出すことができた。何度かお世話になりながらも、聞くきっかけがなく知らなかったのだ。
──商業ギルドから徒歩10分程の場所にある、ワンルームマンション1部屋程度の敷地に建てられた2階建ての一軒家。
入口すぐに細い通路に面した風呂とトイレ、その先にキッチンとリビングがある、どこか前世で既視感のある間取りになっていた。
2階は寝室と倉庫になっていて、キッチンの横から入れる地下の貯蔵庫もあるのだそうな。
かなり期待通りの物件だったが、値段が気になって訊ねたところ、銀貨8枚のところ『事故物件』価格で半額の銀貨4枚だという。
当然ながら即決となり、商業ギルドへと移動して契約手続きを進めることになった。
ちなみに値段が半額となっているのは、冒険者には験を担ぐ人が少なくないことと、前の住人が
契約に当たって、前の世界の感覚であれば『保証人』とかが必要になりそうなものだと感じたので、賃貸における『信用』というものについて聞いてみた。
すると、この世界における『信用』に当たるものはギルドカードに紐づけられた口座の残高や入金頻度、あるいは取引履歴だそうな。
ギルマスからは薬草の買取額や具体的な振込みについて聞かされていなかったし、こちらからも聞いたりはしていなかったが、薬草を売った値段が既に相応に入っているようで、それが信用になっていたようだ。
なお、ギルドカード自体に口座の残高を確認する機能が入っている他、自宅の鍵の機能も紐づけられるようになっているとのことで、この契約でもギルドカードにより開錠できるようになった。
最後に、ポーション本が届いた際の連絡先が、宿から契約した家に変更になったことをギルマスへ伝えるようお願いして、ギルドを後にした。
──翌日、朝一番に街を発って
山の斜面にあった入口はクロエによって上部ごと崩されており、重機でも持ち込まなければ作業は難しそうなほどの砕石で埋もれている。
裏を返せば、普通の手段では誰も入って来れそうにない、アジトを作るには都合のいい場所ということでもある。
格納門は一度行ったことがある場所であれば再度同じ場所に出すことが出来るため、中の部屋を思い浮かべて門を出せるか試したところ、問題なく中の様子を確認することができた。
そこからさらに、覗き穴ほどだった格納門を広げていき、全身が入るほどの大きさになったところで、そのまま中へと身体を突っ込んでいく。
向こう側へと身体が入ると同時に一気に魔力が抜ける感覚はあったが、無事にそのまま野盗の塒だった洞窟の中への潜入は成功した。
──きっかけは、野盗騒動の際に何度か片手だけ突っ込んで向こう側のものに触れたり掴んだりした経験だったものの、その際にも可能性は感じていた。
しかし、その時も片手だけでもそれなりにMP減少があることを体感していたので、MP切れの際の挙動を保証できないこともあって、あくまで可能性に留めることにした。
その後、スキルを他人に見られることのない拠点という場が手に入ったので、昨日の講習会の前に1階から2階に格納門で移動できるかを実証し、成功していた。
しかし、今回の塒への潜入成功により、完全に入口が封鎖された洞窟の中でも入れることも実証されたわけだ。
行ったことのある場所という条件はつくものの、一種の『
また、塒へと入れた際に空間収納レベルが上昇しLv.11になったので、成長ポイントを【距離延長】に振ってLv.6とした。これで格納門は60kmほど先に出せるようになった。
これは、後にムルタクア川を山まで遡って魔力草を探すための布石であり、
ひとまず塒へと無事潜入できたところで、アジト作りの他にもやりたいことがあった。それは、この洞窟が元は廃坑の跡だったことに由来している。
要は、前世でやっていた
リナたちのいた捕虜部屋の先がちょうど崩落した坑道のようたったので、まずはそこを探ってみることにする。
ラビット氏の魔法袋に入っていたランタンの魔道具で照らしながら、岩が積み重なった隙間へ格納門を進めていく。
──崩落は結構な距離を埋めており、それを少しずつ格納門を先に置いてはランタンを照らすことを繰り返し、なんとか坑道の先へと辿り着くことができた。
元は坑道だったものの当然ながら暗く、しかし坑道だった名残りで壁に据え付けられた明かりの魔道具があったので、魔石を置いて中を照らすことにする。
明るく照らされたところで、周りを見回して最初に発見したのは……すっかり白骨化した死体だった。
帰りにでも回収して埋葬しようと思い、ひとつ合掌したところで、右曲がりの坂になっている坑道を奥へと進むことにした。
──しかし、数歩と行かないうちに、あることに気がついた。
『2時間経過すると遺体は神のもとに還る』
……であれば、なぜ骨が残っていたのか?
嫌な予感がして、すぐにラビット氏の魔法袋に入っていた盾と剣を取り出し、足音を立てないように引き返す。
意を決してカーブの先へと飛び出すと、その先にあったのは上半身を起き上がらせた骸骨の姿……つまり、先ほど発見した白骨死体は、いわゆる『スケルトン』と呼ばれる魔物だった。
『魔物はダンジョンにしか現れない』とは、ベルトから聞いた話だっただろうか。
即ち、この坑道から先の部分が『ダンジョン化』していたことを示唆している。
予想だにしない事態に、咄嗟の判断ができずにいたが、
しかし、次の瞬間に思わぬ展開へと発展した。
骸骨が、喋り出したのだ。
『人やぁ!』と向こうもまた驚いた様子を見せて、一気に空気が弛緩する。
──その骸骨は、随分と嬉しそうに話し出した。
名前をカサニタスと言うそうで、元は人間だったが空腹で脱出できないまま力尽き、気がついた時にはこの骸骨化した身体になっていたそうな。
そのため、死んで(?)からも、骸骨となってからも、どれぐらい経っているかも分からないとのこと。
色々と疑問はありつつ、話の中でちょうど喋ることに触れたので、なぜ骸骨で声帯も無いのに喋れているのかを質問した。
曰く、彼は生前に天才とか救世主とか呼ばれており、魔力操作も一流なため、喉や口の中を丸ごと魔力で再現することで声を作っているらしい。
しかし、果たして閉じ込められた
すぐさまその『話し相手』とやらの元へと案内されそうになったのを一旦押し留め、事実確認を行った。
残念なことに、この先にあるのはダンジョンで間違いなく、魔物も山ほどいるらしい。
話している中で、カサニタスという呼称が長いので愛称で呼ぶことになり、
すると、スケさんはその名前ならば『カクさんも必要になるな』と言い出した。
明らかに日本の昔のテレビ番組を知っている反応であり、自分と同じ異世界からやってきたことを確信して訊ねると、それどころか
こちらも日本人だったことを明かしたところで、そんな勇者が力尽きたようなダンジョンに踏み入れることは無理だと告げると、ダンジョン自体はそんなに難易度が高いものではないそうだ。
どうやらスケさんが力尽きた理由は『空腹』にあったそうで、【暴食】というスキルが空腹では発動できなかったがために、脱出も叶わなかったらしい。
……スケさんの当時の状況を聞くに、食料が手元に無かったり、偶然にも崩落が発生したりと、色々と条件が整い過ぎていた。
どうやら魔王討伐後に勇者が貴族により謀殺されるという、定番の展開が起こった気配があったが、それは一旦置いておくことにする。
スケさんはロブの魔力がそれなりにあることを見抜いて、それにしては度胸がないと指摘してきた。
そうは言っても、確かにMPこそ多いものの、与えられたスキルは【空間収納】であり、非戦闘系なのだから仕方ない。
ただ、先日発見した格納門を経由した遠隔操作は、主に斥候系での性能が高いものの攻撃にも使えるということで、試しに後ろからスケさんの肩を叩こうとしてみた。
すると、実際に手を突き出すより先にスケさんに反応され、不意打ちは失敗してしまう。
どうやら格納門の位置は魔力感知によって気付かれるらしく、高ランクの魔物からは同様に反応されてしまう可能性が高いらしい。
とはいえ、それも魔力操作が上達すれば気付かれにくくする方法があるとの
どうやら当人が自ら『天才』と言っていたのも見栄や誇張ではなく、軽く噂に聞いた救世主そのものの勇者伝が、真実味を帯びてきた。
こちらの技術や経験の不足を感じ取ったのか、スケさんの方から指導に誘ってくれた。どうやら他にも教えている相手がいるとのことで、一緒にどうかとのこと。
勇者から受けられる指導とか最高かと思ったのも束の間、教えている相手とやらが
しかし今度は押し留めることも叶わず、ダンジョンの中へと強引に押し込まれてしまった。
──しばらくの通路の後、開けた場所へと足を踏み入れた。
いわゆる
続いてスケさんから安全地帯に接続された
転移部屋は一定階層ごとの安全地帯に配置されているそうで、このダンジョンでは5階層ごとに置かれているらしい。
それぞれの転移部屋にある水晶に触れておくと、それぞれの転移部屋を行き来できるようになるとのこと。
ただし、行き先として選べるのは自力で到達した階層のみであり、複数人が転移する場合には全員が行ったことのある層しか選択できない。
当然ながら、まだ入ったことのないロブがいる状況では、選択できる移動先が無かったようだ。
そのため、今日のところは戦闘能力を確認しながら行けるところまで行くという話になり、安全地帯からダンジョンの中へと潜っていくことになった。
──ダンジョンの中は坑道がそのまま続いているような内装で、基本的に通路と部屋で構成されていて、特定の部屋に次の階層に通じる階段を持つ構造だった。
道中に出現するネズミの魔物を5匹倒したところで『成長』の通知が飛んできた。Lv.2になったようだ。
以降も片手剣での物理攻撃や格納門を使った奇襲、地面を掘って罠を作る実験などを交えながら5層まで踏破したところで、『成長』はLv.5に達していた。
この短期間の『成長』だけでもステータスは4〜5割ほど上昇しており、ダンジョンに潜る意義というのを理解する。
もっとも、治安が悪いのもまた犯罪者が『成長』している冒険者崩れであることによる可能性もありそうだけれど。
6層の手前にある安全地帯に到着して、転移部屋を開通させながら休憩する。
その際に、スケさんから戦闘を見た感想として、身体強化と格納門の不意打ちは良いものの、近接スピード技と大ダメージ技を持っていないのが弱点だと指摘を受けた。
ここまで『成長』での伸びを見る限り、【空間収納】の影響なのか
そして、
しばらくあれこれと考えた後、前世の『運動量=質量×速度』という式を思い出し、【空間収納】で出来ることの範囲の中で、ある可能性に思い当たる。
そこで、スケさんに近くの開けた場所を紹介してもらって、早速その方法で火力が出るのか試してみることにした。
──6層へと移動して、早速準備に取りかかる。
質量はなるべく重いものを、ということで、落とし穴の罠を作ろうとした時に削った床の岩を利用する。
しかしこの【空間収納】で『???岩』と表示された素材は、ダンジョンそのものが素材になっており、削り取る時にも相当なMPを消耗したため深い穴が掘れず、トラップ作成を断念したという経緯があった。
そのため、1cmほどの球に加工しようとすると、相当MPを消耗することになった。
『質量』の方はその『???弾』で準備が出来たので、続いて試し撃ちの
的は【空間収納】に入れてあった土を一辺2mの立方体で5つ並べた。
『速度』の方はLv.3だった【格納門移動】をLv.5に上げた。どうやら【格納門移動】はLv.5で『MAX』らしい。
さて、準備が整ったところでスケさんにお披露目……となったところで格好良くキメられればよかったが、ラノベのように思いついたものが一発でキメられるわけもなく、勢いの無い弾が土壁に当たるばかりとなってしまった。
数回失敗した辺りで、スケさんには既に『スリングショットのように格納門を加速して撃ち出す』という意図は見破られていた。
その上で、魔力操作の達人として『魔法なんて無茶振りしてナンボ』とアドバイスをくれた。過程を定義するのではなく、結果を前提に現象をイメージするのが重要だとのこと。
そこで、イメージをそのままスリングショットにあわせて、左手を突き出して右手を引いて、手を離す動作をしてみた。
すると、先ほどまで格納門から転がり落ちるばかりだった弾は、勢いよく土壁へと射出され、派手に飛び散った。成功だ。
後に『
試しに、ボーリング用ほどの球を作って射出したところ、運動量が上がって10mほどあった土を突き抜ける破壊力となった。
これで大ダメージ技については達成できたものの、今後を考えると『物理』だけではなく『魔法』の技も必要だと思われる。
これについてはスケさんから、かつて『対魔王軍兵器』として魔道具に付与する魔法陣があるはずだとアドバイスを貰った。
かつてのラノベ記憶からすると、学園や王宮の禁書庫行きな技術の予感はあるものの、簡単な魔道具や魔法陣については魔道具が割と街中に普及している様子から、ある程度は手に入りそうな予感はあるので、後ほど調べてみることにした。
──しばらく試し撃ちした結果、ライフルのスコープのように格納門の視界を使うことで、好きな位置から任意の角度で遠隔射撃できるようになった。
つまり、10km離れた位置からでも、的の至近距離で視界と射出口を用意することすら可能ということだ。
ある程度小慣れたところで、スケさんから後は実践だと言われ、周りの飛び散った土や弾を格納門で回収して後片付けして先に進むことにした。
──その後、犬やコウモリ、スライムなどを倒しながら進み、9層も半ばというところで『成長』はLv.8に達した。
道中では魔物の素早い動きに対抗するため、複数の弾を射出する『
途中、スケさんの剣術を一度見てみたくて要望したところ快諾してくれたので、見学させてもらった。
……居合風に一瞬で飛び上がったスライムが斬られ、ただの水分と真っ二つの核に変わってしまい、正直目では追えずに参考にもならなかった。
──Lv.8になって、ステータスはダンジョンの前と比較すると2倍近い数値になっていたが、多少の
成長と言えば、先ほどMAXにした【格納門移動】について何か
これは、特定の位置から相対距離を保って格納門が追尾してくれる機能のようだ。
例えば三人称視点のように使ったり、尾行の目印としたり、右目の前に置くことで移動していても別の場所を監視し続けたり、と色々な用途がありそうだった。
ただ、【自動追尾】のまま敵の後ろから散弾銃を撃った際などに、その方向に自分がいて
──しばらく進み、10層の階段が見えたところで、スケさんからこの先に喋り相手とやらがいることを聞く。
10層と言えばボスがいると言っていたわけで、つまりは喋り相手とイコールということになる。種族としてはゴブリンで、スケさんの
階段を降りた先には、緑の肌に尖った耳、腰に下げた棍棒という姿の『ゴブさん』──後に『ゴブ師匠』と呼ぶことになるゴブリンがいた。
スケさんはゴブ師匠を相手に近接物理の戦闘訓練をさせるつもりだったようで、まずは魔法無しで始めることになった。
しかし、流石は
一度も有効打を与えられないまま、とうとう床に
──『魔法』攻撃、こと
左手の照準に合わせて右手を引くというスリングショットの形を真似た発動でイメージは固まったものの、右手で引くのに剣を【空間収納】で出し入れするのも煩雑だし、とはいえ剣を持ちながらでは邪魔にしかならない。
そこでスケさんから提案された方法は、片手剣を短剣に持ち変えることだった。
短剣を逆手に持った右手側を照準として、引き手を左手に入れ替えると、ちょうど相手からの攻撃をガードする体勢のまま格納門砲を撃てる、攻防一体の構えが取れるようになった。
しかも【自動追尾】により常に相手へと照準が向いた状態が保たれるので、命中させることが容易い。
しかし、解禁したことで明らかに形成が変わってしまったことを察したスケさんから、魔力感知で門の位置を特定できることをバラされ、位置が捕捉されることが多くなった。
しかし、撃ち方を偏らせたり、2方向から同時に射出させたりといった方向で気を逸らすことによって、ゴブ師匠の持つ棍棒を飛ばして、ようやく念願の一本を取ることに成功した。
──その後も一本取ったり取られたりを繰り返しながら楽しい時間を過ごして、体力の限界となったところで打ち止めにした。
また手合わせすることをゴブ師匠と約束して、11層の手前にある転移部屋へと向かう。
1層に戻り、スケさんと次にまた来る時の待ち合わせ時間などを決めようと思ったものの、太陽も月も昇らない洞窟の中では『明日の朝』という概念が無いのでは、という問題に思い当たった。
スケさんもステータス画面の時計表示があればと思ったが、ステータス自体は使用可能なものの、時間表示が出ないそうだ。
また、スケさんのステータス画面では、原因不明ながら詳細表示が開かないといった不具合があるらしい。
ただ、ステータス画面で時間を確認出来なくても、どうやら20層以降は洞窟では無く外のある階層となっているらしく、それでおおよその時間が測れるのだそうな。
待ち合わせの日程や連絡方法については、スケさんと出会ったあの崩落した入口付近にメモを残すことになった。
また1週間後ぐらいに来る予定を告げて、そのままヨンキーファの拠点へと格納門を繋げて、ダンジョンになっていた坑道から脱出した。
──なんとか身体を動かして風呂や飯、日課を済ませてベッドに横になったところで、あることに気づいた。
最終目標『ラビット氏の蘇生』の一歩手前となる『ダンジョンへ行く』が、既に達成されてしまったのだ。
当分の目標となる予定だった、
こうなると、急いで薬草を納品して目立つ危険を冒す必要も無くなり、急なランクアップも必要なくなる。
計画の大幅な見直しの必要を感じながら、しかしダンジョンでの疲労で体力の限界が来て、そのまま意識を手放すこととなった。
◆ステータス
ロビンソン
空間収納 Lv.11
成長ポイント:0
・容量拡大 Lv.3
・時間経過 Lv.3
・距離延長 Lv.6
・空間切削 Lv.3
・格納門増加 Lv.3
・格納門移動 Lv.5(MAX)
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