運び屋ロブ〜プレイヤーノート〜

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第1章 運び屋ロブと怪しい破落戸たち

仮想通貨のFXで莫大な借金を負ってしまったコンビニバイトの渡部わたべは、連行された雑居ビルの事務所にいたインテリヤクザの勧めにより『異世界転生コース』という返済方法を選択することになった。


契約書に名前を書いた直後、投げ込まれた部屋にあった魔法陣により異世界へと転送され、気付いた時には見知らぬ森の中へ12才の縮んだ身体で放り出されていた。


想像通りな異世界転生らしい鬱蒼とした森という現在地と、また異世界転生では定番ともなるステータスを確認しながら、今後の方針を決めることにする。


前世前の世界における知能や技能はといえば、義務教育の範囲で平凡なもの。ネグレクト環境のため習い事なんて皆無、バイトで食い繋いでいたため部活も無し……と、戦闘などの特筆するべき能力は持ち合わせて無い。


趣味は動画鑑賞と、小説投稿サイトのラノベ読書、あとは家にあったタブレットPCに唯一入っていた『ビルド』ビルドアンドクラフトというボクセル建築ゲームをやり込んだことぐらいだった。


期待した異世界転生にはつきもの・・・・の『ギフト』は【空間収納】だ。当たりに類するスキルという印象を持ちつつ、しかしながら目下の状況を打開できるものではないため、森を出る方法を模索することに。


木に登って大まかな地形と平地の方向を確認したところで、森へと足を踏み入れていく。そして、1時間ほど歩いたところで、運良く馬車の通ったと見られる轍のある道を発見する。


先程木の上で見た地形を元に、森を抜ける方向へと向かうことにしたが、その目線のすぐ先に停留した馬車を発見することになる。


近付いてみると、そこにあったのは馬の取り外された幌馬車と、背中を斬られた行商人と思しき男の遺体だった。


襲ったのが魔物なのか野盗なのかは、残された状況からは判断がつかない。馬車自体は綺麗なままだったが、荷台は荒らされており、荷物は残っていない。


しばらく思案した後、これは一種のクエストだとゲーム的な捉え方をすることに決め、この遺体を遺族の元に送り届けることにした。


せっかくのスキルであるので【空間収納】により全てを回収しようとしたものの、しかし遺体が入らないという現象に遭遇する。


原因を探ると、どうやら遺体が着用していた革鎧に隠しポケットがあり、そこにあった皮袋がつっかえて・・・・・いたことが判明する。


ところが、皮袋は手にとってみたものの軽く、見るからに何も入っていない。実際に中身を調べても空っぽだった。


前世前の世界の記憶から、その皮袋の正体を『魔法袋』であると推測して調べたところ、記憶にあったそれと同様に、革紐に付いていた石に触れることで、所有者権限の書き換えに成功する。


その際、ステータス画面が開いて通知が来たことに驚かされるが、その内容は権限書き換えの手続きの案内だった。


書き換えの手続きが完了時すると再び通知が入り、【空間収納】スキルのレベルがLv.2になったことが表示される。あまりの親切さに感心する。


表示からスキルのレベルが上昇すると成長ポイントというものが付与されることが分かり、そのポイントを振る成長スキルを確認すると、以下の6つが表示されていた。


・容量拡大

・時間経過

・距離延長

・空間切削

・格納門増加

・格納門移動


現時点では『容量拡大』と『時間経過』だけにポイントを振ることができるようになっており、他は反応しないようだ。


遺体を収納する予定がある都合で【時間経過】に振ることにして、早速ながら男の遺体を収納した。


つっかえて収納できなかった魔法袋を手に取って、男の身元が分かりそうなものを探ったところ、羊皮紙のメモを発見する。


そこから、男の名前がラビットであることと、職業が運び屋であること、また依頼者と思しきサミュエルという名前が判明した。


ひとまず依頼者を街で探し、荷物を届けて男の身元をたずねることを次の目標にする。


その場にあったものを馬車も含めて全て【空間収納】に納めて、再び森を抜けるべく轍道を辿り始めた。


──3時間ほど歩いたところで、森を抜けたことに安堵する。そして、この世界にいる冒険者の存在に期待して、声が聞こえてこないか耳をそば立てつつ、草原の中に伸びる轍道を引き続き歩く。


間もなくして、探し求めていた声が聞こえたため、草むらに向かって飛びつくように駆け寄っていくと、そこにあったのは破落戸ごろつき3人が子供3人を囲む姿だった。


子供3人のうち、1人は負傷したのか倒れている少年、1人は気弱そうな修道服と思しき衣装を着た少女。残り1人は革鎧を着た少女となっていて、実質少女1人対破落戸3人だ。


すぐに逃走するという選択肢もあったが、ゲーム的な世界で善良でありたいという考えのもと、ここまでの道中で操作を試していた【空間収納】で手助けすることにした。


3時間の道中で色々と性能を試してみているうちに【空間収納】はLv.4に達しており、既に出ていた【容量拡大】の他、新たに操作できるようになった【距離延長】と【空間切削】にも成長ポイントを振って、使えるようになっていた。


このうち【空間切削】は空間から素材を切り出すスキルであり、この性能を使って地中の土を削り出すことで、落とし穴の罠を密かに作成。


空間上を立方体で敷き詰めて建築物を作り上げる、ボクセル系の建築ゲーム『ビルド』ビルドアンドクラフトをやり込んだ経験が活かされていた。


逃げる素振りをしたところで、それに気を取られた破落戸たちが一歩足を踏み出し、深さ4mの穴へと落下していった。


破落戸たちが落とし穴の底で失神している様子を確認しつつ、他に仲間が来て回収されないよう追加の木の板で穴を塞ぎ、土をかけて隠す。


そして、もう1枚出した木の板に倒れていた少年を乗せ、少女2人に持ってもらいつつ運び出し、その場を退散することにした。


──革鎧の少女から、街への距離やギルドに関してなど聞きながら轍道を町に向かって歩くが、会話する内容も尽きてしばらく経った頃に、疑心をつのらせた彼女から、何の目的があるのか問われる。


危機的な状況で偶発的に現れ、しかも子供の見た目なのに状況を打破してしまったことが、あまりに話として出来すぎていると感じたことに起因していた。


しかし、今回の件は全て本当に偶発的であり、助けた側からすればせっかくの厚意を無碍にされた気分だった。


穴を掘るための【空間切削】によるMPの大量消費など、それなりにリスクを伴う救援にも関わらずあんまりな反応をされて、親切にする気持ちが皆無になってしまったため、文句を言う気力も無く少年を乗せた板を下ろして、そのまま立ち去ることにした。


轍道を道なりに進めば街に着く、という欲しい情報は得られていたので、気持ちを切り替えていく。


──しばらく進むと、石畳で舗装された道路と合流し、その先に高い城壁のようなものが見えてきて、無事に街へ到達できそうなことに安堵する。


町に入るに当たって審査のようなものがあるのかとか、身分証が必要なのかとかを危惧したものの、ギルドカード等が無い場合は大銅貨3枚の支払いのみで問題なく、水晶玉による鑑定なども無かった。


魔法袋にあった硬貨を拝借しつつ、無事このヨンキーファという街の中へと入ることができたので、早速身分証となるカードの作成とサミュエル氏の捜索に手をつけることにした。


カードを作るにあたって、冒険者ギルドか商業ギルドか迷ったが、夕方ともあって報告者で混雑してそうな冒険者ギルドを避けて、商業ギルドへ向かう。


もっとも、【空間収納】が活かせそうということで、ラビット氏にならって登録は『運び屋ポーター』にしようと考えていたので、どちらでも問題は無かったのだが。


役所のような外観で想像より地味だった商業ギルドの建物へと到着し、窓口で早速ギルドへの登録を依頼する。


ロブロビンソンという名前で書類を申請し、新規の発行手数料は銀貨1枚とのことなので支払いを済ませると、窓口のお姉さんから税や商売上の規則など規則関連について説明を受けることになった。


対応の丁寧さに感銘を受けつつ、続いてラビット氏への依頼人であるサミュエル氏について知らないか、そのまま窓口でたずねることにした。


すると2階の商談室に通されて、唐突にもギルドマスターが面会することになると告げられた。


間も無くしてギルドマスターが部屋へと来るが、その低く唸るような声質と、一瞥いちべつしただけでわかる服の下の筋肉に圧倒される。


内心で怯えつつも、早速サミュエル氏について訊ねると、このギルドマスターがサミュエル氏本人だった。


ラビット氏の羊皮紙の依頼書を見せると、ギルマスは他人がそれを所持していることの意味を察して、死亡したのかをいてきた。


こちらが本人確認のためにやってきたことを告げると、遺品の回収の手筈を進めようとするギルマス。


しかし、【空間収納】で遺体を含めて一式全て持ってきているため、そのことを伝えることにした。


──荷下ろしを行う地下の車庫の一室へと通されたので、【空間収納】からラビット氏の遺体を取り出す。


ギルマスはここで、特殊なスキルを持っていることから、目の前にいるのが迷い人異世界人であると確信し、『チキュウという言葉に聞き覚えがあるな?』と問うてきた。


そもそも、元の世界における丁寧語は、こちらの世界で貴族の言葉として扱われており、受付からの報告があった時点である程度の推測を立てていたらしい。


また、ステラワルトと呼ばれるあの森は迷い人異世界人が過去にも現れた場所であり、実はラビット氏もその1人だった。


そういった確信に至る背景を明かしてくれたギルマスに対し、ここは認めておいた方がよさそうだと判断する。


ギルマスは、過去にラビット氏とパーティを組んでいたそうで、彼が料理人シェフ運び屋ポーターとして名の知られる存在だったことなどを語った。


ギルマスが冒険者を引退し、実家のあるこのヨンキーファに戻って働き出し、商業ギルドで副ギルマスとなっていた頃、ラビット氏もまた冒険者を引退して戻ってきて、荷運び仕事の紹介を頼んできたそうな。


どうやら、迷い人異世界人が今後も現れることを予測して、あの森を通る仕事をしながら保護ができればと考えていたらしい。


そうして荷運びをしていたことが、結果として今回、何者かに襲われたことに繋がったのだろう。


一方で、ラビット氏の魔法袋に入っていた大量のインゴットや宝石などの武器に関わる素材を領主からの依頼で集めていたことや、流れ者が野盗となっている噂などから、隣国とのきな臭さを感じ取る。


森を出たところで冒険者が破落戸たちに襲われていたことについて、無関係ではなさそうだったので念のため報告しておいた。


すると、ギルマスからも冒険者ギルドの方に報告を入れてくれるようで、羊皮紙のメモを廊下のギルド員に渡していた。


既に夕方過ぎで宿を取らなければいけない時間なことを思い出し、荷物の受け渡しなど残りの話はまた明日ということで話を切り上げさせてもらう。明日の10時にまた来ることを確認し、その場を後にした。


──地下の倉庫から上の窓口に戻って宿を紹介してもらい、素泊まりの安宿に無事泊まることができた。


湯船こそ無いが、お湯で汗を流す設備があったり、独自な乾燥用魔道具があったりと、独自だったり意外だったりする生活様式を確認する。


食事を露店で買った食いかけのパンの残りで済まそうとした際、料理人だったというラビット氏の話を思い出す。


そして、魔法袋にあったコンソメスープを貰い、その腕が最上級なことを体感することになった。


その他にも料理は数多く作り置きされていたので、これらの扱いについても明日ギルマスに確認しようと心に留めた。


さて寝るかとなったところで、異世界あるあるとしてMPが尽きるまでスキルの訓練をしておくことにした。


魔法袋内にあった大量の素材を【空間収納】へ出し入れする。


その際、ステータス画面でMPを確認したところで、【空間収納】スキルの上昇について、めっきり通知が来ていないことに気がついた。


どうやら何かの節に通知を切ってしまっていたようで、既にLv.7になっていた。


ポイントはまだ4つの解放に留まっていたので、15あった成長ポイントをほぼ均等に振り分けて成長スキルのレベルを上げておくことにする。


【空間切削】で木材を加工すると結構なMP消費になるようだったので、【空間収納】に入れておいた木材を様々な形状に加工していると、MPが2割を切った辺りでさらにスキルが上がってLv.8になった。


これにより、現在選択できる成長方向は全て一律Lv.3にまで上げることができた。


Lv.3になったことで、それぞれの成長方向ごとに【仕分け】や【連続体削り出し】といった副次効果のスキルも得られたようだ。


MPが2割を切ったことでMP枯渇の初期症状が出始めていたので、その日は訓練を終えて休むことにした。


──8時間睡眠を経た翌日、一晩寝ればMPが前回することを確認できた。


ラビット氏の魔法袋に入っていたものを一通り眺めつつ、サンドイッチとスープを貰って朝食を済ませた。


その後『雑貨屋』や『薬屋』など街の店舗を回って時間を潰し、面会の時間になったところで商業ギルドに向かうと、再び地下の倉庫に通される。


ややあってギルマスが入ってきたので、昨日の話の続きで納品物の受け渡しを進めることになった。


発注書で個数を確認し、早速青銅から積んでいく。しかし、ここでギルマスから待ったがかかった。


当然ながら馬車に積める重さには馬が牽引できる限界があるので、たとえそれが魔馬であっても目の前に積まれた2000kgは無理らしい。


前世のコンビニバイトのトラックの荷下ろし感覚だったため、この世界の物流の常識を認識できていなかったようだ。


また、ラビット氏は魔法袋のことを内緒にしていたようで、ギルマスは一気に運んでこれるとは思ってなかったようだ。


とりあえずその話はさておき、他の素材についても一通り積み上げ、『あるだけ欲しい』と正確な個数が分からない聖銀ミスリル聖金オリハルコンを除いて、納品が完了した。


ラビット氏の魔法袋については、この世界において拾得物の権利は強盗などの犯罪によるものでもない限りは拾得者のものとのことなので、貰い受けることになった。


ラビット氏が持つ魔法袋は、所有者権限ありな上に容量が大きいもので、実は冒険者を引退した理由も魔法袋を紛失したからだとギルマスに説明していたんだという。


ギルマスは所持の危険性について説明し、所持を公開するのは避けるべきだと助言してきた。


ラビット氏が冒険者を引退したのも、ギルマスへも内緒にしていたのも、魔法袋を守り続けるのに疲れたのが理由かもしれない、とのこと。


納品については、本来は盗られていて捜索依頼を出すはずだったものを届けてくれたということで、運び賃として大銀貨15枚を押し付けられることになった。


ならば、この金でラビット氏を弔うかとなったところで、ふと『蘇生は出来るのか』という可能性に思い当たる。


ギルマスに訊ねると、訊かれるまでギルマス本人も気付いてなかったものの、条件を揃えれば可能だとのこと。


その条件とは、ダンジョンで入手できる蘇生薬を使うか、【蘇生】の使える聖職者クレリックを呼ぶか、だそうだ。いずれもダンジョン内で行うことになるとのこと。


ただしダンジョンに入るには条件があり、冒険者としてアイアンDランクになるか、護衛としてゴールドAランクを雇うかとのこと。


だが、スキルを明かす危険性から考えると、前者が望ましい。


幸いにも【空間収納】の成長スキルである【時間遅延】がLv.3となり、副次効果で【時間停止】になった都合で、制限時間は実質的に無いようなものだ。


現在、蘇生薬は国の買い上げで流通が途絶えていて、聖職者も出払っているらしい。


ギルマスの方でも蘇生薬や聖職者については探してくれるとのことなので、ひとまず冒険者ギルドへ登録してアイアンDランクを目指すことになった。


なお、聖銀ミスリルの納品数については宿の方に連絡を入れてくれるとのことなので、後日また納品しに来ることになるようだ。


──時間は昼前、目下の予定は済んでしまったので、冒険者ギルドへ向かうことにした。


そういえば。と、あの森を出たところで出会った少女たちの中に、修道服らしい聖職者クレリック風の少女がいたことを思い出す。


彼女らが戻ってきていたら、多少は恩着せがましくなってもいいから、連絡して話をしてみようかと考えた。


冒険者ギルドの窓口で登録を済ませ、ウッドFランの冒険者証を受け取ったところで、彼女たちが破落戸について報告しているかを確認する。


しかし、窓口の女性から返ってきたのは、そもそも彼女たちが戻って来ていないという答えだった。


あの破落戸たちの復讐や仲間を呼ばれた可能性などが頭に浮かび、前日に商業ギルドのギルマスからこちらに連絡が来ているはずなので確認すると、ちょうど発ったのは今朝だったそうな。


──情報に感謝を伝えてその場を離れるが、やはりあの3人がどうなったのかを無視することは出来そうになかった。


街を回って必要なもの買い込んで、ギルマス宛の伝言として『3人の冒険者が戻っていないため探しに行く』という旨のメモを窓口のお姉さんにお願いすると、街を発って道を森に向かって走り出した。


石畳の道から分岐し、轍道へと逸れて道なりに進んでいってしばらく経った頃、道を逸れた辺りに嫌な予感がするものが目に入った。倒れていた少年を運んでいた、木の板だ。


その側には、ちょうど人が着たままに並べられた、どこか見覚えのある鎧があった。


『2時間経過すると遺体は神のもとに還る』とギルマスが言っていたのを思い出す。


これが本当に遺されたものなのか、置いていったものなのかは判断できなかった。


ひとまず回収すると、その中にあった木製の会員証から、彼の名前がオットーだったことだけは判明した。


──轍道に戻って再び歩き続け、目印として立てておいた木の枝を発見した。


近付くにつれて、チンピラを穴から引き上げる作業が難航していることをぼやく声が聞こえてきた。依頼を受けた冒険者たちのようだ。


ギルマスへ報告した時、深い穴のためロープが必要なことを伝えるべきだったと反省する。きっと3人組が詳細を伝えるだろうと任せてしまった結果だ。


ここまで来る途中に残りの女子2人について見かけてないか確認すべく、草むらの先へと入っていくと、そこには戦士職の男とエルフと思われる女の2人がいた。


こちらに振り返った男の冒険者の方から、現在この辺りは冒険者でもストーンEランク以下は入れないはずだったろうと咎められた。


どうやら、ここ最近この辺りに破落戸が出るという情報が出回って、周辺の依頼のランクが引き上げられたとのことで、後で街まで連れて行くから待っているように言われる。


実はこの落とし穴を作って、ギルドに報告したのが自分であると伝えると、冒険者たちはそれが【土魔法】によるものだろうと勝手に解釈し、魔法の腕に驚いていた。


都合がいいので話を合わせ、【空間切削】により穴から地上に向けて階段を作り出す。


その操作で【土魔法】の使い手であると改めて誤解してもらえたが、これは落とし穴を作った時と同様に、ゲームビルドで何度となく崖から落下してしまい地上に戻った経験が活かされた結果だった。


階段が出来た穴から、斥候職の男と盾職の男の歓声が上がる中、残り2人もついでにと思って穴の中を覗きこんだ。


……しかし、片方の穴には鎧しか残っていなかった。どうやら中で火を焚いた跡が残っていたとのことで、酸欠になったようだ。


残る穴にも階段を作って、引き上げ作業は続けられた。そこで斥候職の男から、亡くなったと思われる男の残した鎧から妙なものが見つかった報告があった。


それは、東の隣国であるルーデミリュの冒険者証だった。


材質がブロンズではあったが、ルーデミリュの評価はこの国におけるシルバーBランクに相当するらしい。


──運び出しがひと通り終わったところで、ここまで来た目的について問われることになった。


その際、互いに名前も知らなかったということで、この世界で名乗ることにしたロブという名前を伝え、4人はそれぞれベルト戦士職クロエ魔法職ファルコ斥候職グスタフ盾職だと紹介を受けた。


そして、昨日会った女子2人が町に戻らなかったことについて、この依頼の道中に見かけなかったか訊ねると、2人がアイアンDランクということもあって知っていたようで、リナ革鎧クララ修道服という名前と、昨日の朝に同年代の男と出るところ見たという目撃証言が得られた。


破落戸がこの辺りに流れてきた野盗である可能性と、そいつらから何か情報が得られないかと思ったと話すと、ここ最近に轍道との合流付近に野盗が出ている情報があったり、普段より高めのランクの護衛依頼があったりと、彼らとしても腑に落ちる点があったようだ。


本来であれば、尋問で逃がさないようにするため街に運んで設備を使う手筈だったが、緊急度を理解してくれたのかこの場で行うことになった。


どこか縛りつける必要があるとの話なので、穴を掘って【空間収納】から2mほどの柱を生やすと、ウッドFランなのに魔法袋を持っていたのかと驚かれる。


うっかり【空間収納】を使ってしまったことを反省しつつ、魔法袋だったと話を合わせたところで、破落戸のリーダー格と思しき男を柱に縛りつけて、クロエの【精霊魔法】で目覚めさせた。


しかし、目覚めた途端に破落戸は悪態をつき始め、ベルトからの質問に答える様子もなく、全く話が進まない。


その間、尋問するに当たって思いついたことがあったので、クロエが魔法で出来ることを確認する。彼女は魔法での自白や、骨折の治療などについて、可能だと返答した。


そこで、昨日【空間切削】で実験的に作っていた、ギザギザになった木材を取り出して、ひとつ提案することにした。


──前の世界に古来からあった拷問具『石抱』で何度も足を折られては、クロエの【精霊魔法】で回復するという流れにより、心も体もバキバキに折られた破落戸は、素直に野盗たちのねぐらについて話してくれた。


塒は森の西側の山際にある洞窟、人数は彼らを除いて10人ほど。構成としてはブロンズ実質Bランクが1パーティ、アイアン実質Cランクストーン実質Dランク以下が数名とのこと。


情報も手に入ったのであとは塒に向かうだけだが、破落戸にこの穴に住まれたり隠れられたりしても嫌なので、【空間収納】に入ったままになっていた土を穴に戻して、埋めてしまうことにした。


【距離延長】のLv.3副次効果として出ていた【方向ベクトル指定】により土の排出を工夫しつつ作業を進めていると、ここで【空間収納】がLv.10に達する。


Lvの到達ボーナスとして成長ポイント5ptが追加されると同時に、新たに【格納門増加】と【格納門移動】が成長方向として選択できるようになったので、それぞれポイントを振ってLv.1にして、性能を確認する。


【格納門増加】は出し入れする穴が増えるようで、【格納門移動】はその穴を動かせる様子。


一見して有用性が感じられない2つのスキルだったが、土の排出中に試しに2つ目の格納門を出したり動かしたりしている最中、奇妙な現象を観測したことにより、重要な用途の糸口を掴むことになった。


土の排出が終わったところでベルトから声がかかり、彼等は街に引き上げて報告するつもりだと伝えてきた。


一方、こちらはこのまま野盗たちの塒だという洞窟に向かうつもりだったのだが、当然のように全員に止められる。


無謀であることは自覚しつつ、彼女らが拐われている状況を放っておけないため、なんとか塒の場所だけでも調べたいと粘ってみた。


すると、ファルコが偵察だけで気が済むならと、彼の同行を条件に許可を出す。


結果、ファルコと森へと向かうことになり、残りの面子は街に戻ることになった。


その際、破落戸たちの見張りとしてグスタフをその場に残すことになりそうだったため、【空間収納】にあった幌馬車を出して、破落戸たちを積んでいくことを提案する。


そして馬の代わりに幌馬車を牽引することになったベルトから改めて無茶をするなと注意され、街へと走り去るのを見送った。


──ファルコと森に入る道中で安全のために取り決めを交わし、塒を探して進んでいく。


足跡などの痕跡をファルコが探し出して辿っていき、ラビット氏の馬車から盗られたと思われる馬の鳴き声が聞こえたことにより、塒の場所を突き止めることになった。


野盗らの声が聞こえるところまで来て、草陰に2人で身を隠すと、単に場所を突き止めるだけではないと見破っていたファルコから、本当は何をするつもりなのかを問われた。


人数減らしが出来ればと考えてはいたが、同行してくれた彼に申し訳ないということで、そちらは止めておく。


しかし、【空間収納】がLv.10になった際に、ポイントを振って得られた2つの新たな成長スキル【格納門増加】と【格納門移動】で、試してみたいことが出てきたのだ。


【空間収納】に2つの格納門が外部から接続された状態で、その穴の内側を移動させていき、2つの内側の距離を無くす。


その結果、外側の離れた2つの穴が、格納空間を介して接続できるようになったのだ。


これは実質的な『遠距離接続』が出来るようになったことを意味していて、片方の穴に手を伸ばせば、空間を超えてもう1つの穴から手が突き出ることになる。


これにより、片方の格納門を目的の場所へと潜入させることで、目の前にもう1つの格納門を開くことで視界だけ中へと接続させたことになり、安全に偵察できるようになったわけだ。


──塒の中へと格納門を移動させていくと、廃坑と思われる通路に掘られたいくつかの部屋のうち、最奥に昨日会った女子2人を含む捕虜たちがいることを確認した。


捕虜は女性や子供ばかりで、大人の男はいなかった。恐らく始末されたものだと推測する。


野盗たちの配置も確認したところで、ファルコから幹部と思われる3人の会話を探るよう言われる。


1人の貴族らしき男がブロンズ実質Bランクと思われる冒険者2人を詰問し、リナたちに絡んでいた破落戸たちが戻らないことを責めている様子だった。


それに加えて、ヨンキーファの街に潜入して探れる人員だったガキオットーを殺してしまい、調べることができなくなったことに腹を立てているようだ。


結局のところ彼らは街に入る手段を失ったため、明日まであの破落戸たちがいないか森を探し、見つからなければ商隊を襲って成りすますことになったようだ。


会議らしきものが解散となると、冒険者2人はラビット氏を襲ったことについて語り始めた。荷馬車がまだ残っているだろうと見込んで、片方が取りに行くつもりらしい。


敵が単独行動するのを好機と見て、ファルコに無力化できないか相談してみることにした。


手を出さないことを条件にしていたのでダメ元だったが、意外にもファルコは前向きな反応を示す。


結果、ファルコが洞窟を出ていく冒険者を追うのを、格納門でついていくことになった。


街で買っておいた麻痺毒と、加工して作った吹き矢で準備しておいた『麻痺吹き矢』を構え、格納門越しに狙いを定める。


そして、ファルコが物音で冒険者の気を逸らさせた隙に、冒険者の首筋に撃ち込んだ。


麻痺した冒険者は捕縛した上で【空間切削】で掘った穴に入れ、上を板で塞いで隠しておくことになった。


ファルコが戻ってきたところで、これからどうするか相談したところ、一気に終わらせてしまうことになった。


ただし、ブロンズ実質Bランクの冒険者残り1人に仕掛けるのは、最後の方がいいとのこと。一般に前衛で『成長レベル』が高いほど麻痺や睡眠といった状態異常に耐性があるらしい。


そのため、相対的に貴族かぶれや他の面子の方が対処が楽なため、ブロンズ実質Bランクを監視しながら最後に回すことにして、他を対処していくことになった。


この際、穴を掘ったり複数位置を監視するために、成長ポイントを【格納門増加】に振って、格納門の数を4つに増やす。


これにより、2カ所を同時に遠隔接続できるようになった。


ファルコにフォローしてもらいながら順調に寝かせていくが、残り2人となったところで、書類を書いていたブロンズ実質Bランクが作業を終えた様子で、動き出してしまう。


すぐにファルコに伝えると、足早に洞窟へと向かってくれたので、捕虜部屋前にいた残り1人を急いで寝かせて、残りはブロンズ実質Bランクだけとなった。


ファルコが商人の声色を装って中に入っていき、ブロンズ実質Bランクの気を引いたところで合図を送ってきたので、麻痺の吹き矢を背後から撃つ。


さらに、ファルコが麻痺毒を塗ったナイフで切り付けることで追い討ちをかけて倒し、洞窟内の制圧は無事完了した。


──その後、ベルトらが馬車や手伝いの冒険者たちを引き連れて到着して、捕虜を含めて回収が完了したところで、街へと帰還することになった。


野盗や捕虜は冒険者ギルドの預かりとなり、詳しい話は明日改めてするとのことだ。


さて帰ろう……としたところをベルトらに捕まり、個室のある馴染みの酒場へと連行されて、偵察だけだったはずが既に制圧されていた件について白状させられる。


結果として、ロブ自身の掟破りチートなスキルについても話すことになり、驚きと共に呆れられる。


ただ、今回の成功はファルコに助けられた部分が大いにあり、冒険者ギルドで行っているウッドFラン向けの講習などを受けて、冒険者としての経験を積む必要性について説かれた。


それを踏まえて、【空間収納】のことを隠すかどうかを問われる。


隠すのであれば、【透過】のスクロールを使ったとかで辻褄を合わせることは可能だと説明され、一方でスキルを明かした際に貴族らから目をつけられる危険性を挙げられたことが決め手となり、『貸し』にしておいてもらうようお願いすることになった。


その後は野盗討伐の打ち上げとして飲み食いしつつ、彼らのことやこちらの世界における常識など様々な情報を聞くことになった。


ベルトらはウォルウォレンというパーティ名で、近くのフィファウデというダンジョン街で主に活動しているらしい。


ダンジョンでは、魔物を討伐して得られる『成長』というものがあり、STR防御VITといったステータスを上昇させ、その有無が歴然とした差を生むという。


一方、ダンジョンの外には魔物は出ないそうで、これはかつて勇者が魔王を倒し、地上にいる魔物を駆逐したことによって、世界が平和になったためだと伝えられているそうな。


例外的に、ダンジョンから地上に魔物が溢れ出てしまう暴走スタンピードという現象があるものの、この国においては全てのダンジョンが管理下に置かれているので、発生したという話は聞いたことがないらしい。


その後、ファルコが酔い潰れたところでお開きになり、討伐の精算のために明日また冒険者ギルドに来ることを確認して、解散した。


──翌日、冒険者ギルドで昨日の筋書き通りに話を進めて、【空間収納】については隠されたまま『身の程知らずのウッドFラン』ということで処理された。


なお、塒から回収されたものについては、遺品や盗まれた商品の引き渡しを経て討伐した冒険者たちのものになるそうで、それらの精算は1カ月後になるらしい。


なお、野盗討伐の報酬は野盗9人と捕虜8人ということで、大銀貨26枚。


これらの報酬は、ウッドFランであるロブに分配すると無茶をやらかす前例になりかねないため、全額ウォルウォレン側で貰ってもらうことになっている。ただし、時機を見て分配する予定だ。


ウォルウォレンの面々はまた1カ月後に来るとのことで、ダンジョン街へと戻っていった。


──彼らと別れた後、ブロンズ実質Bランクが書いていた書類を念のため回収していたことを思い出した。


諸々の報告がてら、商業ギルドでギルマスに会うが、割とあっさり受け取ってもらえて、箝口令が敷かれた。


ひとまず面倒そうな話は任せてしまうことにして、商業ギルドを退散することにした。


──そんな、異世界へと転生してのたった2日間、様々な出来事を経てひと段落したということで、まずはストーンEランクを目指すべく、運び屋ポーターロブの冒険者としての人生が始まった。


◆ステータス

ロビンソン

空間収納 Lv.10

成長ポイント:19

・容量拡大 Lv.3

・時間経過 Lv.3

・距離延長 Lv.3

・空間切削 Lv.3

・格納門増加 Lv.3

・格納門移動 Lv.1

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