あなたの思い出を動画にします。
成井露丸
📺️
思い出は色褪せない。
そんな定型的なフレーズがある。
だけど、もともとの思い出が色褪せていた場合にはどうすればいいんですかね?
網膜には錐体細胞と桿体細胞が並んでいる。
錐体細胞は色を見分けられて、桿体細胞は細やかな明暗の識別がお得意だ。
別に色盲なわけじゃないけれど、青春時代の桿体細胞は死んでいたと思う。
何一つ青春めいた記憶なんてない。
静止画みたいに過ぎていく授業に、一人で歩く帰路。
スマホの画面はカラフルだったけど、人生はモノクロだった。
それでもなんとか職を見つけて働くようになった。
学校を卒業して、社会に出れば世界は、色づいていた――なんてことはもちろんなくて、新しいタイプのグレースケールがそこには待っていただけだった。
「あなたの思い出を動画にします」
なんてキャッチコピーが目に入ったのは、勤務先の工場から、顧客の事業所まで車を走らせている時だった。
なんだか気になって、就業時間中に検索してサイトを確認してから、その店舗まで行ってみた。今どき、この手のサービスで、店舗を構えるなんて珍しすぎるけれど、その店舗に行った方がフルスペックのサービスを受けられるらしい。
「いらっしゃいませ。――はいそうです。――ええ、あなたの思い出を動画にするんですよ。――はい、フルカラーですよ。もちろん生成AIの技術に基づく動画生成なんですが、あなたの思い出に関わる記録や写真、それから脳内の情報――あ、ここに用いるブレイン・マシン・インターフェースが店舗でしか使用できないわけなのですが、――ええ、そうです。当サービスの売りはテキストプロンプトと写真データだけじゃなくて、ありとあらゆるモダリティ情報を入力として受け付けて、大変再現性の高い、また芸術性の高い思い出動画をお作りすることにあります」
店舗の責任者――珍しいことにちゃんと人間の技術者だった――はそう言って説明した。
興が乗って、早速、自分のクラウドストレージからありったけの写真と、ブログ、SNSのテキスト情報なんかを提供する。さらに専用の機械で脳をスキャンしてもらった。
待合室でコーヒーを飲みながら待っていると三十分もしないうちに「生成が終わりました」と連絡を受けた。
「まずこれが自動生成された動画になります。もし希望があれば自由に追加のプロンプトを打ち込んでください」
言われるがまま画面をクリックすると、動画の再生が始まった。
両親の笑顔。その愛を一身に受けて育つ僕。
青春の教室。文化祭。友人と笑い合う修学旅行。
初めての恋人との出会い。卒業式。入社。
会社の上司や同僚から教育を受けながら、顧客のために一生懸命に働く、僕。
まるでドラマのワンシーンみたいに、僕の思い出が流れていった。
僕の人生がとても輝いていたみたいに。
実は本当のところは充実した人生だったとでも言うように。
ふ・ざ・け・ん・な。
写真は真実を写す、書くけれど、本物なんかじゃない。
そもそも写真という記号になった時点で偽物だし、今や、加工されていない画像、生成されたものでない画像なんて、デジタルデータにどれだけあるんだ。
動画だって然りだ。
動画のくせに「これが真実だ」みたいに言ってくるのに腹が立つ。
人間の記憶が操作可能なものだとしても、僕の思い出は僕のもので、それが真実なのだ。
僕は苛立ちを隠さないままプロンプトを打ち込んでいく。
・父親はアル中。母親は共依存。兄は引きこもり。
・中学校ではいじめにあう。高校は保健室登校。
・性同一性障害。リストカットを繰り返す。
・初めての恋人に「気持ち悪い」と言われる。
・卒業式の日に浮かれていたら甘い言葉で家に連れ込まれてレイプされる。
・上司からはセクハラを受ける。残業は毎週30時間。
こんなプロンプトを片っ端から狂ったように打ち込んでいく。
入力する度に、うまく行けば30秒ほど待つと動画が更新された。
だけど、そのほとんどで、エラーメッセージが返ってきた。
「性的な表現や暴力的な表現は倫理規定により禁止されています。異なる表現を用いてください」
これだから生成AIサービスってやつはだめなんだ。
AIアラインメントだか知らないけれど、各国の法規制とかに縛られるから、すぐに出来ないっていいやがる。
現実は性的なことや暴力で溢れているっていうのにさ。
「――お客様、いかがでしょうか? ――え? ――ああ、それは申し訳ありません。どうしても国際的な法規制がありまして、――はい。やむなしですね」
フルカラー動画で作ってもらったけれど、僕にはモノクロ動画で十分だ。
それでも僕の記憶より、ずっと色づいて見える。
思い出は色褪せない。
そんなわけはない。
人の記憶はいつも色褪せる。
だからただ感傷に浸って思い出す時に、色づけているだけなんだろう。
自分勝手に、恣意的に、虚構じみて。
最終的に生成された動画を見直す。
僕は途中で一時停止をかけた。
そこに映っていたのは「おばあちゃん」だった。
近所の駄菓子屋にいたおばあちゃん。
いじめれて一人で家に帰る途中の道で、 泣いている僕に、おばあちゃんが手招きをしてくれた。
話を聞いてくれて、チョコレートの駄菓子をいくつかくれた。
「お金を持ってないないし悪いよ」と言うと、「実は全部賞味期限切れなのよ、ふぉっふぉっふぉ」と、笑っていた。
そんなことを思い出した。
思い出は色づいてなんていなかったけれど、
グレースケールでさえなかったけれど、
おばあちゃんはもう死んでしまったけれど、
あの駄菓子屋は潰れてコインパーキングになっているけれど、
それはどこか振り返るに足る「思い出」みたいに思えた。
店を出て看板を見上げる。
「あなたの思い出を動画にします」
色味もないくだらない毎日だけど、とりあえず今を生きておこうと思った。
天国にいるおばあちゃんに、いつか思い出話くらいできる程度には。
あなたの思い出を動画にします。 成井露丸 @tsuyumaru_n
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