一夜の悪夢
黒蓬
一夜の悪夢
ふと目が覚める。
視界は暗い。まだ夜中のようだ。
体を動かそうとして違和感を覚える。
左手が動かない?・・・違う。右手で確認しようとして気づく。
"左手に触れない"
おかしいと思いつつ何度も確認しようとするとその右手が左腕に当たる。
なぞっていくと左肘から先が無くなっていた。
(なんだ、夢か・・・)
そう、夢だ。現実の俺は左手を失ってなんかいない。昨日も夜遅くまで友人たちと酒盛りで盛り上がって肩を叩きあっていた。
スマホで日時を確認する。翌日の午前4時過ぎだった。
夢であるはずなのにだんだんと意識が冴えてくる。
脳がこれは現実だと告げてくるようだ。
そんなはずはないと思いながらもいつまでも覚めない夢に耐えられず電気を付ける。
明るくなった室内にはビールの空き缶やつまみの袋などが散乱していた。
友人達の姿はない。みんな帰ったのだろうか?
そして・・・左側を見るとやはり左肘から先がなかった。
恐怖がせり上がってくる。見てしまったことでこれが現実なのだという意識が脳を支配する。
「う、うわああああああああああああああぁ!?」
思わず大声で叫び声を上げた。
だが、目の前の光景は変わらない。
叫び続けているとどこからか声が聞こえる。
『不正解だよ。お兄さん』
(え?)
気づくと視界は暗闇を映していた。
(・・・なんだ。やっぱり夢だったのか)
ほっとして左手を見ようとして気づく。
左手は・・・左肘から先は変わらず動かせなかった。
(ひっ!)
先ほどの光景を思い出し悲鳴を上げようとしたが、何故か悲鳴は上がらなかった。
・・・声が出ない。
(え?)
何度も何か喋ろうとしても何も声が出ない。
(おかしい。おかしい。おかしい。何なんだ?何なんだよこれ!?)
訳が分からなくなり声も上げられず恐慌状態に陥った俺は咄嗟に逃げようと玄関に走る。
空き缶を蹴飛ばしたり何かにぶつかって落とすのも構わず玄関に辿り着くと鍵を開けてドアノブを捻る。
ガチャガチャと何度捻ってもドアが開かない。
(な、なんでだよ。開け!開けよ!!)
何度叩いても体当たりしてもドアは開かない。
すると先ほど聞こえた声がまた聞こえてきた。
『不正解だよ。お兄さん』
気づくと視界は暗闇を映していた。
(ゆ、夢?)
咄嗟に左手を確認する・・・左手は無い。声も出ない。
(い、嫌だ。違う。これは夢だ。絶対に夢なんだ)
狂ったように『これは夢だ』と繰り返し、目を閉じて真っ暗な視界の中で覚めない悪夢を否定するように眠りにつこうとする。
どれだけの間そうしていただろうか。
もはや自分が何に恐怖しているのかも分からなくなろうとしていたところで、またあの声が聞こえた気がした。
『正解だよ。お兄さん。夜は静かにね』
その声を最後に俺は意識を失った。
・・・・・・
目が覚めると朝陽が差し込んでいた。
「朝!?」
飛び起きると体はきちんと起き上がる。ちゃんと両手が体を支えている。
朝といった自分の声もしっかり聞こえていた。
「やっぱり夢だったのか。酷い悪夢だった・・・」
そう零しながら左腕を見ているとあることに気づく。
左肘の当たりにうっすらと線の様なものが見える。
またあの恐怖を感じながらも恐る恐るその線に触れようとして見るが、線の部分に触れても何も起きなかった。
寝ている間に変なあざが付いただけかもしれない。そう思い込んで忘れることにした。
顔を洗おうと洗面台に向かう。
洗面台の前に立って鏡を見ると喉元辺りにも同じあざができていた。
「ひっ!」
後ずさって尻もちをつく。
それは昨日の出来事が只の夢ではないのだと訴えかけてくるかのようだった。
そのあと、昨日酒盛りをしていた友人達に電話をしてみたが誰も電話に出ることはなかった。
後日、彼らは自宅で亡くなっているのが発見された。
部屋は荒れていて本人が付けたらしいひっかき傷などが多数見つかったそうだ。
(俺は助かったのか?)
それを信じきれなかった俺は近くの神社に向かい神主さんに事情を説明してお祓いを依頼した。
すると神主さんは納得したような顔である話をしてくれた。
この近所で昔、酒に溺れた男が夜中に暴れた末に自分の息子を手に掛ける事件があったらしい。
そして、俺以外にも同じようにお祓いを依頼しに来た人が居たという話だった。
俺は神主さんにお祓いをして貰い、そのあいだ自分のことではないと思いつつもその子供に謝り続けた。
・・・・・・
あれから数年後、友人達の葬儀にも出席して墓参りにも時々通っていた。
お酒は止めて夜は早めに寝る健康的な日々を過ごしている。
あれからはあの悪夢は見ていない。
だが、俺があの出来事を忘れられる日は来ないだろう。
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※お話の題材としていますが飲酒を非難する意図はありません。
お酒は楽しく、ほどほどに。
一夜の悪夢 黒蓬 @akagami11
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