夢魔狩りロゼは夢見れなくとも

神白ジュン

第1話 楽園にて

 どさりどさりと、悪夢の死骸が瞬く間に積み上がっていく。

 月が天辺に差し掛かる美しい夜にも関わらず、黒や緑、赤色といった様々な色付きの魔物達に囲まれながらも、少女はただ一人、戦っていた。

 

 「……あの人、放置しすぎ」

 艶やかな銀髪を掻き上げながらも、少女は気怠げに魔法を放ち、剣を振るう。魔法に身体を穿たれた魔物が次々とその場に崩れ落ちていき、剣によって両断された魔物は形を留めることすら出来ず消滅していく。

 

 見慣れた光景。見慣れた相手。何度太陽が上ろうと、何度月が上ろうと、半ば永遠と感じられるほどに繰り返してきた日常。今日もロゼ・リベルジュは徘徊する魔物と戦い続ける。


 ふと、はるか前方を見上げればそれまでの敵とは体格が大きく異なる魔物が現れており、大口を開けていた。


 ────グゥァァァァァァア!!!!!!!


 「……赤色の浮遊型か……」


 その威圧力も図体も、おそらく強さもそこら辺の魔物と桁一つ違うだろう。けれど、幾つもの修羅場を潜り抜けてきた彼女にとって、その程度ではもはや敵では無かった。


 「いつ見ても動きが鈍すぎる……【炎熱砲フレアブラスト】

 ロゼの掌から放たれた炎の弾丸が何十発も命中し魔物は大きくのけ反る。その間に一気に距離を詰め、狙ったのは、その巨大な頭。


 「七星剣・初陣──【カグツチ】」

 魔物の口目掛けて大きく跳躍したかと思えば、紅く染まった剣を頭へと真っ直ぐに振り下ろした。直撃の衝撃を上手く利用して大きく離脱。その直後、熱波が辺り一面を薙ぎ払った。そして、真っ赤な魔物の身体をより濃い紅で塗りつぶすかのように、その焔は魔物を覆い潰した。


 

 「七星剣・第五幕──【コルド】」

 側面より再度接近したロゼが跳躍し、今度はその巨大な身体目掛けて一閃。先程とは対照的に青く光ったその剣から放たれた一撃。それは、瞬く間に魔物の皮膚を切り裂き──直後、魔物は大きな呻き声と共に霧散した。



 「……次は────────」

 消えゆく魔物に向けて囁かれた餞とも取れる言葉は風に流され、誰の耳に入ることもなくどこか遠くへ消えていった。



 ────ぱちぱちぱちぱち。

 

 後方からの手を叩く音に反応して振り返ると、女性がロゼへと向かって歩いてきていた。身長百七十センチ程の、とても細身の身体つきをした彼女の名は、セラフィール。やや乱雑に後ろで結ばれた亜麻色の長髪をだらんと垂れ流し、蒼海のように青い瞳でこちらの心中を覗き込んでくるように見つめている。細長い長剣を二本背負っている割には、全身を戦いには似合わないような白いドレスを身にまとっている。


 彼女はロゼと同じく、この街に出現する魔物──通称『夢魔メリア』を狩ることのできる『執行人リメリオン』の一人である。


 「さすがね〜、ロゼ。心配して見に来たけど無駄足だったみたいね」

 「…………」

 「相変わらずの仏頂面、どうにかならないの?」

 「これは生まれつき」

 「あら……」

 この世界で戦い抜くのに、無駄な感情は要らない。ロゼはそう考えているのだが、どうもセラフィールの考え方とは違うようだった。彼女は喜怒哀楽を全面に出すし、戦いの最中であっても感情の起伏が明らかに激しい。ひとたびスイッチが入れば、彼女より強い者を私は知らない。ただそれは、天使の名を持つにはやや戦少女すぎるのだが。

 

 「……ところでセラ、この魔物の数、明らかに数日放置したでしょ」

 「…………さぁて?なんのことかしら?」


 とぼける彼女を前に、ロゼはおもむろに剣の柄へと手を伸ばす。けれどもセラフィールは、微動だにしない。それだけ、自分の実力に絶対的な自信があるのだろう。



 仕方なく、大きなため息をつきながら帰路へつく。それを見て満足そうな笑みを浮かべるセラフィールもまた、ロゼの数歩後ろから付いてくる。

 

 これもまた、よくある日常の一つだった。


 

 




 「────第一関門を突破されたッ!!逃げろォォ!!」

 「おいっ!執行人リメリオンたちは一体何をしているんだ!!!」

 「急げ!!死にたくない奴は走れ!!」


 人々が賑わう朝の商店街に、突如怒号や悲鳴が響き渡る。二体の青い体色をした歪な形をした魔物が、手当たり次第に人々に襲いかかろうとしていた。


 魔法を使える人々がどうにか食い止めようと複数の攻撃魔法を放つも、魔物は動きを止める気配すらなかった。


 

 「……青の浮遊型夢魔か、やれこの色は面倒だな」

 逃げ惑う人々とは真反対に駆ける人影が一つ。亜麻色の髪を靡かせながら颯爽と疾駆するセラフィールだった。

 

 背中に背負った長剣を抜刀した勢いのまま一閃。それはただの剣ではない、魔力の籠った一刀。その威力は凄まじく、それまで民間人の魔法を当てられてもびくともしなかった夢魔が綺麗に一刀両断され、跡形もなく霧散した。



 ビィェェェェェェ!!!!



 その消滅を悟ったかのように、もう一体の魔物がまるで喚き泣くかのような叫び声を上げた。その声量に逃げ惑う人々も思わず耳を塞いでしまい、動きが遅くなる。


 「──ちょっと待ってな、今、楽にしてやる」

 セラフィールはそう呟くと同時に、魔物めがけて大きく跳躍する。魔物もようやく彼女を標的と見なしたのか、口を大きく変形させ、一飲みにしようと接近する。


 ドーン!!!!!


 両者が交錯しようとする瞬間、遠くで爆発音が響き渡る。魔物を蹴り上げ隙を作り、一度距離を取ったセラフィールは、思わず絶句してしまった。


 「……大型……それも、赤の陸上型かよ……」


 だが考えをまとめる余裕もなく、青色の魔物は再びセラフィールを喰らわんと大きな口を開けて迫っていた。

 

 「──【極彩】!!」

 だが魔物は、凄まじい速さで振るわれた剣によって、四等分に断ち切られ、消滅した。

 

 汗を拭い、先ほど現れた魔物へとセラフィールは再び向き直る。幸いにも魔物はまだ、であり、被害は出ていないように思えたため少し安堵するにいたった。



 楽園に度々現れる魔物──『夢魔メリア』は、様々な体色をしている。

 先ほど現れた青色は、悲哀に満ちて魔物化してしまった成れの果て。今現れた赤色は、憤怒の感情を持って魔物化してしまった。そしてこの大きさは、相応の感情の強さを持ち合わせて魔物化してしまったと推測することが可能だ。だが未だ謎が多く、感情と色が結びつけられると考えられたのもつい最近のことだった。



 そして奴らは時折、ゲートを通じて人々が住まうこちらの区域にやってきてしまう。そうならないために定期的にロゼとセラフィールで楽園の駆除を行なっているのだが、どうしても二人だけではカバーしきれない時もある。


 

 かつては彼女ら以外にも戦える執行人リメリオンがいたのだが、今はもう、何処にもいない。



 「【魔装展開】!!」

 魔物の元へとたどり着いたセラフィールが、自身の身体に魔力を激らせた。と、同時に魔物も雄叫びをあげる。凄まじいエネルギーがぶつかり合い辺りに放出され、木々や家屋が軋み不快音を一斉に奏でる。


 「【悪食】──ッ!?」


 「七星剣・第三節──【ルイン】」


 彼女が剣を振おうとした瞬間、ソレは遍く光を纏って舞い降りた。その人物はやはりというか、見知った顔だった。


 「ロゼ!?」

 魔物に着地したロゼは、その勢いを利用して頭部に深々と剣を突き立てていた。驚き戸惑うセラフィールを他所に、彼女は流れるように高速の斬撃を振るい、魔物は呻き声と共に霧散した。

 圧倒的な力を眼前でまじまじと見せられ、セラフィールは思わず声が出なくなってしまった。


 「……って、お前は今日は休みのはずじゃ!?」

 慌てて駆け寄り、ロゼに声をかけるセラフィール。だがロゼは彼女を一瞥したのち、呟いた。


 「……夢で師匠に怒られた。お前に休んでいる余裕なんて無いって」

 「そうか……」

 「私には、貴女と違って、こいつらを倒し続けるしか……ないんだよ。それに──」

 

 滅多に感情を出さないはずのロゼの表情が、その一瞬だけセラフィールにはどこか哀しげにも見えた。


 「──楽園から意図的に街へと夢魔を放出している奴がいるかもしれない」


 「……嘘だろおい…………」

 ロゼの言葉に、セラフィールは思わず額に手を当て、天を仰いだ。


 

 


 


 ここは夢想の世界。願望や夢を叶えられぬまま朽ちていった人や獣の成れの果て──『夢魔メリア』を閉じ込めるためだけに作られた、素敵な素敵な楽園。

 街に被害が及ばぬよう、今日も執行人リメリオン』は戦い続ける。

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夢魔狩りロゼは夢見れなくとも 神白ジュン @kamisiroj

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