花は語らない

ハスノ アカツキ

花は語らない

「このバラ、花言葉は?」


 彼女は店内のバラを指差し、僕を見遣る。


「自分で調べろ」

「店員がそんな態度とっていいわけ?」


 こんなときだけ客の立場を大いに利用してくる。

 僕は大変不愉快だ。


「赤いバラは、告白」


 へえ、と言いつつバケツから1本抜き取る。


「じゃあ、このバラは?」

「僕、忙しいんだけど」


 メールで注文された花束を仕上げたいのだが。

 お客様がいないことを良いことに、勝手に雑談相手にされてしまうのは困る。


 彼女は大学の同期であり、ここの花屋の常連だ。

 花を買っていくこともあるが、こうして雑談だけをしに来ることもある。


 初めて花屋で会ったときは「その無愛想顔でよくバイト受かったな」と爆笑されてしまった。失敬な。


 だが、その雪辱を果たすべく営業スマイルの猛練習ができたとも言える。

 今では僕の営業スマイル目当てにお客様が来るまでになった。と、僕は思うことにしている。


 そもそも向こうだって花を買うような女には思えない。

 顔は悪くないから言い寄る男も多いようだが、日頃からの無礼な態度を知っている僕は騙されない。


「はい、持ってきてあげた」


 と、彼女は色の濃さの違うピンク色のバラを2本持ってきた。

 バラの花に彩られた彼女は意地悪そうに微笑む。


「『愛を誓います』と『私を射止めて』」


 ふうん、と唸りながら先程の赤いバラと合わせて3本にまとめる。


「じゃ、これ買うよ」

「なんだ? 花言葉で買うなんて告白でもしに行くのか?」


 と茶化すが、言い返してこない。

 ちらと見ると心なしか頬もバラ色に染まっているような気もする。

 ほ、本当に?


「バラってさ、色とか難しいし花言葉も沢山あってよく分かんないから」

「ああ、スマホで調べるといろんなこと書いてあるからな」


 そうか、それで花屋の僕に聞いたのか。


「だから、本人に聞いた方がいいかなって」

「ん?」


 彼女は花を置いたまま店を出ていった。

 慌てて戻ってきて「それ、あんたに」と言い残した彼女はいつもより綺麗に見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花は語らない ハスノ アカツキ @shefiroth7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ