第54話
それからナゴヤまで、酷い二日酔いもあって僕は無言だった。薄目を開けて、景色すら見なかった。どうせ無機質な、変わり映えしない街並み。もうどこにも立ち寄りたくなかった。
まあはすっかり困り果て、半べそみたいな顔のぜんぶをへの字にしたみたいな顔で、さほど必要のない「運転」に集中していた。
早くこの気まずさから解放されたい、そんな彼女の想念が高度を高速域まで上げた。
まあのマンションへ着くと、早速まあの末娘が訪ねて来た。
少し待たせてどうするか相談。僕の見た目の年は娘とそう変わらない。
「やっぱり変に思われるかな?」それをまあが言い終わる前に僕はベランダに出た。
「もう、ママ、一ヶ月も何してたのー?」
「ごめん、ごめん、気晴らしに、ひとり旅だよ」会話に聞き耳を立てた。
ひとり旅。
まあ、説明面倒くさいだろうし、事実を伝えたところで信じてもらえるかどうか。
「きゃあ、何それー!かわいいー!」娘のiから白い壁に魚のイラストが映写されてぴちぴち跳ねていた。
「サカバンバスピスだよ。古代の魚なんだ」
「へえ、ママにも送ってー!」「良いよ」
「名前、なんだっけ?スケバンデカデス?」
「サカバンバスピスだよ」
「サカバン…ぱすぴす?」
「ば す ぴ すっ!」
「むつかしいわね、サカバン、バスピス、か」
笑い声。
「ねえ、ママ?」「んー?」「いつかひとり旅じゃなくってさ、一緒にパパに会いに行こうよ」「そうだね、いつか、そのうち…」
「のんきだなあ。ママもいつまでも元気じゃないんだよ!」「うん。そうだね」
「でさっ、パスピスちゃんの…」「バ!バスピスだよっ!痴呆かー?」
また笑い声。
ああ、なんだ。さみしくなんか、ないじゃないか。消えてしまいたい。このまま。そうだ、消えよう。いつまにか僕は七階のベランダに足を掛けていた。
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