第52話

 キョウト、ナラ。古都のミニチュアに狭い鹿の公園。

 ワカヤマ、ミエ。僕は駆け足で巡った。

 キヨミズ、トウダイジ、コウヤサン、イセジングウ。「ちょっと、もっとゆっくりみたいよー」離れると小走りで追いかけてくるまあの気配。きっとほっぺ膨らませてる。

 かわいいだろうな。そう思う程振り返らず、早足になった。願わくばはぐれてしまいたい。

 そしたらまあも旅を諦めてナゴヤへ帰るだろう。それでひとりで元彼探しに出掛けるだろう。その方が良いよ。ん?待てよ、まあちゃんの事だ。もしかしたら僕をあのマンションで待って、ひとりかなしく萎れていっちゃうかもしれない。やっぱりだめだ。僕が元彼に引き合わせるんだ。僕が不能ならばすんなり行くじゃないか。なんだ、自分の辛さばっかり。性欲ばかりで。まあちゃん良くしてくれたじゃないか。僕と恋してくれたじゃないか。逃げるな。くるしみを生きて、彼女の役に立て。彼女を幸せそうに笑わせろ。あれ?まあちゃん?

 おイセ参りの人波の中、慌てて立ち止まり振り返ると彼女は居なかった。

 まるで最初からそうだったみたいにたくさんの人の流れにぽつんとひとり。

 見つけ出してくれるのを期待して待った数十秒が一生みたいに長くて、目立つ様に背伸びした爪先、伸ばした首、あちこち探す眼玉、全部が痛くて意識が遠退いた。

 がくり膝を付いて崩れる寸前、「きゃっ、どうしたの?シメイくん」

 僕を見つけて人波泳いで来たまあの体にもたれた。

 「大丈夫?気をつけてね、こぼれちゃう」

 両手に大事そうにイセうどん抱えて、口にはすすりかけの二本たらしてさ。いつもの呑気な顔。


 そっちこそ、気をつけて。涙がこぼれちゃう。


 うどんを取り上げ近くの地べたに置くと、ギュッと抱きしめ、人目も憚らずわんわん泣いた。

 まあは困った顔してたけど、そのうちに一緒になってわんわん泣いた。

 それから近くのベンチに腰掛けてうどんを啜った。

 うまかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る