桜の色

ふさふさしっぽ

本文

 見上げると、薄いピンクの桜色。桜の花びらの間から、水色の空の色が見えるの。それがわたしのお気に入り。

 春休みのあいだ、いつも見上げてた。

 綺麗だなって思った。

 綺麗な色って、今まで生きてきた七年間いろいろあるけど、今までで一番綺麗だなって思ったの。薄いピンクの桜色と、水色の空が。


「ソメイヨシノの花は色が薄くなったよな」


 ある日の朝、パパが欠伸しながらそう言った。スマートフォンをいじっている。


「そうよね、私が子供のころはもっと濃いピンク色だったよ」


 ママが言った。パパもママも子供のころからこの家に住んでいるから、川沿いに沿って植えられた桜並木をずっと見てきている。


「でもね、わたしは、今のソメイヨシノが好きだよ」


 わたしはすかさず言った。パパがそれに返す。


「へえ、マリは、ソメイヨシノなんて名前を知っているんだね。すごいな」


 わたしはもう、二年生だもん。


「けどな、ソメイヨシノは僕が子供のころのほうが、花びらの色が濃くて、綺麗だったんだよ。今よりずっと」


「そうよね、私も昔の色のほうが好きだった」


「なんで? 今でも綺麗じゃない。わたしは、今のソメイヨシノが一番綺麗だと思うな」


 パパとママに逆らって、わたしはそう言った。ママはぷっと笑って、


「あら、マリちゃん、あんたにそんなこと分かるの」


 わたしを馬鹿にした。分かるもん。今のソメイヨシノが綺麗だもん。

 昔なんか、知らないもん。


「マリ、ソメイヨシノはもうおばあちゃんなんだよ。寿命が六十年なんだって。パパは調べてみたけど、インターネットに載ってたよ。若いころは、もっと綺麗だったんだよ」


 わたしが何を言ってもパパとママは「昔のほうがソメイヨシノは綺麗だった」だ。もう無駄だ。やれやれだ。わたしが大人になって、諦めよう。


 わたしが小学校に入学するとき、桜が満開だった。

 いつもより、遅く咲いたんだって、大人は言う。

 白いようで、白じゃない、みんな集まるとピンクの桜が、わたしに「入学おめでとう」と言ってくれているようだった。そのときは一緒に歩いていたパパとママだって「綺麗だ」って言っていたはずなのに。


 桜を見上げて、その隙間に、水色の空が見えた。あのとき、雲はひとつもなかった。ちゃんと覚えてる。

 おもちゃの指輪とか、マニキュアとか、友達が見せてくれたゲームのCGとかより、ずっと綺麗。


 わたしにとっては、一番綺麗な桜の色なんだよ。


 

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