第11話 お土産の彼
九月が終わり、大学の後期授業が始まった。履修登録等でなんだかんだと大学には足を運んでいたので久しぶりという感じはない。
後期の時間割は以前にも増して忙しい。製図に実験に、と午後の二コマを丸ごと使って履修するような長丁場の講義が盛り沢山だった。
ただ、そんな中でも持留と会う時間は作りたかった。
「久しぶり」
「ほんと、久しぶりだな」
前期の最後、落ち合ったカフェでまた待ち合わせた。今は放課後の時間だ。随分日が落ちるのが早くなった。既に外は薄暗く、カフェ内に人はチラホラとしかいない。
彼と会うのは海以来だった。海水浴の後、一度、遊びに誘ったのだがバイトがあると断られてしまい、斉賀はめげた。それで学期が始まるまで連絡すら取っていなかったが、新学期が始まり、斉賀からメッセージを送った。
持留は少し髪の毛が伸びていた。肩にはつかないくらいの襟足がふわふわと首筋を隠していて、レジで飲み物を頼む後ろ姿の、そこばかりを目で追う。斉賀はコーヒー、持留はカフェラテを買って、窓際の席を選んで対面で腰掛ける。
「夏休みめっちゃバイト入れちゃって忙しかったんだよね。僕から遊び誘いたかったんだけど、ごめんね」
「ああ、いや。仕方ないだろ」
久しぶりに会ったから、話すだけで高揚感があった。自然と頬が緩んでしまう。持留も明るい様子で、同じような気持ちだということが感じられる。元気そうで安心する。
お互いの時間割を見せあって、お昼ご飯を一緒に食べる日を決めた。今回は木曜日になった。
「理系、忙しすぎじゃない? 」
持留は斉賀の時間割を見て、顔を青ざめた。確かにコマの密度が違った。斉賀も初めて文系の学科の時間割を見たから若干驚いた。
「課題提出とか、色々あるだろうし、きつい時は昼ご飯無理しないで断ってくれて大丈夫だからね」
心配そうな顔で言われるが、持留と話せた方が気分転換になって頑張れると、思いを口にした。
「いや、俺は一週間に一回は絶対会いたい」
「そ……そんな。そんなこと言ってくれて、ありがとう」
彼が視線を机に落として、顔を隠すように片手で覆う。その動作で照れているのが分かって、斉賀も恥ずかしくなった。
こそばゆい気持ちを隠すために、鞄から長崎土産の中華菓子を取り出して机に置いた。
「これ、旅行行ったからお土産」
「え、わざわざありがと。これ、好きだから嬉しい。長崎行ったんだ」
「ああ、同じ学科のやつらと一緒に行って、軍艦島とか見に行ったんだけど全員二日酔いで具合悪くて大変だった」
持留は相槌を打ちながら、少しだけ微笑って見せた。
「でも楽しかったんだね」
小さな子に言うみたいな話し方で聞かれて、頷いた。そしてハッとした。そうだ、楽しかった。愚痴を言って終わりになるはずなのに、トラブルも含めてなんだかんだ楽しんでいたのだと気づく。持留のこういうところも、斉賀にとって特別だった。
入った時間が遅かったこともあり、少し話しただけであっという間に閉店の時間になった。飲み終えたカップを返却し、カフェを出る。
「僕、あっちだから」
自動扉の前で、持留は斉賀の向かう駐車場と、反対の方向を指さした。ここでお別れ。何だか離れがたくて、提案する。
「車で送っていこうか」
「いやいや、大丈夫だよ。自転車だし……、でも優しくしてくれてありがと」
微笑んで、彼は小さく手を振った。頷いて、手を上げて応える。
お互い背を向けて、歩いていく。しばらく進むと、顔を合わせていた時には考えなかったことが頭に浮かぶ。
例えば、彼は夏休みの間バイトで忙しかったと言っていたけれど、本当は恋人との予定が詰まっていたのではないか、とか。
とりとめもなく考えて、車に乗って走り出す頃には、明日の講義の予習範囲を思い返していた。帰ったら早速取り組まねばならない。今度ある実験の事前レポートも書かないといけない。聞くに聞けない質問は忙しさにかき消されつつ、ふとした時に現れる。
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