第12話 秋の迷子

 だんだんと気温が下がって、冬に近づいていくのが分かる季節。持留は、学部の友人が昼食を買っているのを、建物の外で待っていた。既に大学の外で食事を調達していたから、持留本人は昼休みの混んだ売店にわざわざ入る必要はなかった。

 建物の外は、結構寒くて長袖のパーカーを着てきて正解だった。昨日、衣替えをしたのだ。と言っても、急に暑くなる日もあるから半袖も残したいし、一人暮らしで大して服もないし、でクローゼットを簡単にかき回す程度で終わった。

 ガラス扉越しに店内を窺うと、レジ前に長蛇の列が出来ている。まだまだ時間がかかりそうだ。友人に、座って待っていると連絡をして、売店が入っている建物の近くにあるベンチへ向かった。

 その途中、ふと金木犀の香りが立った。秋を感じてなんだか嬉しくなる。持留はこの匂いが好きだった。

 どこに木があるんだろう、ときょろきょろしながら歩く。小刻みに匂いを嗅ぐと確かにいい香りはするのに、その源は見つからなかった。

「おーい、もち」

 突然後ろから話しかけられた。人がいない小道で周りの目を気にしていなかったから、心臓が跳ねた。

「なーにしてんの」

 声の主は山口だった。とその横に斉賀。その他知らない人たちもいたが、彼らは先に行くと言って、歩いていった。

「人でも探してたのか」

 斉賀に真顔で聞かれて、とてつもなく恥ずかしくなる。何も無いところで、何かを探しながら歩いている奇人になってしまった。

「や、えっと」

「うん」

「ここ、金木犀の香りするから……どこにあるのかなって」

「金木犀? 」

 斉賀と山口が鼻を鳴らす。

「確かに、なんかいい匂いするな」

「可愛い女の子の匂いだな」

「うん、でも木が見当たらなくて」

「お花探してたのか、もち」

 山口にからかわれる。そりゃ馬鹿にするだろうと思うが、斉賀は一言窘めた。そして、言う。

「一緒に探そうか」

「えっ!? いや、いいよ。大丈夫だよ」

 彼の台詞で、鍵を無くした時のことを思い出す。優しすぎて、なんだか胸が苦しくなった。

「そうか? 気になるんだろ」

「いやいや、友だち待ってて暇だから探してただけ。いいから、早くいかないと次も授業だよね」

 こんなことで時間を使わせるわけにはいかなかった。斉賀はまだ納得していないという顔をしていたが、持留の勢いに押されて頷いた。

「分かった。じゃあまた木曜な」

「うん、またね」

 斉賀と山口を見送る。ちょうどスマートフォンが鳴って、友人から店を出たという連絡が入った。売店入口に立つ友の姿が見えたので、そちらに向かった。

 海に行った夏のあの日、彼の口から『好きな女の子ができたら』という言葉を聞いた。

 心の片隅に抱いていた、もし斉賀がゲイで自分のことを好きになってくれたならば、という愚かな期待に大きくバツがついた。性的指向はそう簡単に変わるものではないと自分の身を持って知っていた。

 元々叶うはずもない恋の、諦めるきっかけを手に入れたのだと考えた。ただ、彼を好きな気持ちは消えない。バイトをして、忙しくしている間は気が紛れたが、手が空くと心の隙間に彼が浮かぶ。誘いを断って会わないように、忘れようとしたけれど無駄だった。

 夏の間中、彼のことを考え続けた。そして、夏休みが終わりかけるある日、家に西日が射し込む中、何があったというわけではないが、ふと諦めがついた。

 自分でもコントロールできないのだから、もう飽きるまで好きでいよう。友人として側にいたらいい。

 少しだけ楽になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る