第8話 スイカと手持ち花火

 斉賀と山口は更衣室で着替えをしていた。置いてあるかごに鞄を入れて、斉賀は水着を取り出す。高校の時、体育で使っていたものは流石に、と考え今回のために新調した。上裸になった後、タオルを腰に巻き、洋服から水着へと履き替えた。着替えたものをしまい、これで準備完了だった。

「はぁ〜? 何お前、いい体しやがってよ」

 シャツを脱ぎつつ、山口が話しかけてくる。

「ジムとか行ってる系なわけ? 俺も二週間前から通いだしたけど」

「いや、そんな言うほどいい体でもないだろ」

 実際、今日もいかにも海が似合う筋肉隆々の男をちらほら見かけていたから、自分の見えるか見えないか微妙な腹筋は誇れない。

 地元の町道場で兄二人と、三兄弟揃って習っていた柔道は、もはや習慣になっていた。週に一度は必ず稽古に参加しなければ落ち着かない。いい体に見えるのなら、そのおかげだろう。先ほど持留に格好いいと言われたのを思い出しながら、見慣れた手の甲を眺めた。

「はー身長高いの羨ましいな〜。俺の横に立つなよまじで」

 山口は半ズボンを脱ぎ捨てた。中に水着を仕込んでいたらしい。小学校の頃してる奴いたな、と妙な懐かしさを覚えた。存外丁寧に脱いだものを畳み、山口も支度を終えた。

「よし、行くぞ。俺が先な」

 更衣室の扉を開き、出ていく背中についていく。それが唐突に止まり、思い出したようにこちらを振り返るので、ぶつかりそうになる。文句を言おうとしたら、人差し指と親指を立てて、銃の形を作って向けてきた。にやりと笑って言った。

「野々垣、押したらいける。ビッグチャンスだ」

「……何か言われてるのかお前」

「やー、まあね、俺も恋のキューピッドになりたいわけよ」

 河田にそう呼ばれたのを思い出し、顔をしかめる。

「そういうのいらないって……ていうか、お前の彼女なんなんだ。合コンの時と感じ違うんだけど」

「恋バナとか好きみたいなんだよな~みく」

「そういう話なのか」

「ま、いいから、夏といえば恋、恋といえば海だろ。がんばっていきましょー」

 斉賀の頭の中の疑問符は消えないまま、山口は再び歩き出す。未だに野々垣とどのように接したらいいのか、距離感を掴めていなかった。

 通って来た短い通路を折り返し戻れば、桟敷席に着いた。持留が先程までは見当たらなかった麦わらを被っている。山口が奇声をあげた。驚いて心臓が止まりそうになる。

「みく、めっちゃかわいい、似合ってる」

「恥ずかしいな……」

 恋人に駆け寄って上から下まで、じっくり眺めていた。

 熱々の二人から目を背けて、持留の横に立った。

「大丈夫だったか」

 聞くと、彼はまっすぐ海を見たまま頷いた。

「何もなかったよ」

「よかった。裕、麦わら帽子持ってきてたんだな」

「これ野々垣さんが貸してくれたんだ、優しいよね」

 持留は、砂浜に立つ野々垣に話を振った。水着に着替えた野々垣は、つばの広い帽子を被っていた。一歩斉賀の方に踏み出す。動揺を悟られない程度に斉賀は身構えた。彼女と話すのに細心の注意を払わなければと考えた。

「斉賀くん、水着似合うね。なんかスポーツしてる? 」

 野々垣は後ろで手を組んで、小首を傾げた。

「ああ、柔道してる」

「えー! かっこいい。だから引き締まってるんだね、体」

 なんて返そうと悩んでいる間に、持留が更衣室に向かっていった。一言も声をかけずに去っていったので違和感があった。そちらが気になり、目で追ってしまい、野々垣との会話に妙な間が空く。

「斉賀くん? 」

「あ、いや。もっと筋肉ある人いるし大した事ない」

「いや〜スタイル超いいよ。てか海見にいかない? あのカップルはまだいちゃいちゃするみたいだし」

 親指で山口と河田を差し、彼女は苦笑いをしてみせた。海に早く入りたい気持ちはあった。斉賀は頷き、ビーチサンダルを履いて砂浜へ一歩踏み出す。日差しがじりじり暑くて今日一番夏を感じる。

 野々垣と二人で砂浜を歩き、海に向かう。平日ではあったが、夏休みの家族連れや自分たちと同じような大学生らしきグループで賑わっていた。

「斉賀くん泳げる? 」

「まあ、クロールくらいはできる」

 砂浜に足が沈んで、砂がサンダルとの間に入り込んでザラザラしていた。

「私もそんなくらい。まあこの水着じゃ一生懸命は泳げないけどね」

 言われて、彼女の水着に目を向ける。確かにバタフライでもしようもんなら流されていってしまいそうな面積の水着だった。励ますつもりで言う。

「波穏やかだし、程々なら泳いでもいいんじゃないか」

「その返答なんかウケる」

 海辺にたどり着くと、波にさらわれない位置にサンダルを脱いで野々垣は海に足をつけた。斉賀も倣う。透明度が高くて、ぬるい水だった。沖に向かって歩を進めると、だんだんと足が沈んでいく。斉賀の膝上くらいまで波が来た時、野々垣がぐらついて倒れそうになり、斉賀の肩に手をついた。もう彼女は太ももの辺りまで浸かっていた。気遣いなしに深くまで来てしまったことに対して、心苦しさを覚えた。

「あ、悪い。こんなとこまで来て。戻るか」

「うん。ちょっと泳ぎたい」

 野々垣は水中に体を沈め、顔は出したまま沖に向かって蹴伸びをした。水の動きに合わせて、体の線が揺れる。ゆっくり砂浜に戻る野々垣のペースに合わせて、斉賀も歩を進める。

「気持ちいいし、海綺麗だね。斉賀くん、この海水浴場来たことあったの」

「福岡にずっと住んでるから、小さい頃、親に連れられて来たことはある気がする。覚えてないが」

「私も福岡出身だけど、ここ初めて来るよ〜。なんかでも記憶にある他の海よりめっちゃ素敵な気がする。連れてきてくれてありがとうね」

「いや、俺は運転しただけだ」

 砂浜に戻ると、麦わらのおかげで、持留が戻ってきているのが辛うじて見えた。最近更に視力が悪くなった気がする。ビーチサンダルを拾い上げて、野々垣と共に海の家に戻る。三人が、こちらに向かって手を振るので、振り返した。

 持留は長袖のラッシュガードを着ていて、暑いのか、ファスナーを胸元まで下ろしていた。

 そして、帽子のつばに隠すようにして顔を伏せている。

「裕、泳ぎいこう」

「うん、でも荷物番も必要だし」

 声をかけても、一向に顔を上げてくれないから表情も分からなかった。心配になる。

「なんか具合悪いのか」

 麦わらが揺れて、彼が首を振ったのが分かった。

「え、持留くん具合悪いの」

 野々垣も心配そうに声をかけた。すると、持留は慌てたように顔を上げて再び首を振る。やっと顔が見えた。けれど野々垣の方を見ていて、目は合わない。

 麦わら帽子は持留によく似合っていた。顔に影がさして、なんともあどけない雰囲気だった。

「変な心配かけてごめん。順番に泳ぎ行こうか」

「貴重品だけ俺の車に乗せて、皆で行かないか。ここの席なら海からでも荷物見えるし離れても大丈夫だろう」

 提案すると、山口が同意して、それぞれハンドバッグの中身を整理したり財布やらスマートフォンやらを取り出したりと用意をする。持留も財布を取り出していた。

 桟敷席を通らずとも駐車場へ向かうことができたから、足の砂を払う必要もなかった。山口と河田から荷物を預かり、その二人を席に残して車へ行った。砂浜からコンクリートの階段が伸びて、その先に駐車場があった。トランクを開けて、持ってきた物を置く。

 なんとなく、持留に距離を取られている気がした。斉賀の横に立たないように位置取りをしているような。

 ここまで歩いて来たときも斉賀と野々垣を先に行かせて、持留は後ろからついてきていたし、今も野々垣を間に挟んだ位置に立っている。気の所為かもしれないが、心がざわついた。

 桟敷席に歩いて戻りつつ、持留の方にそっと視線を向ける。しかし、斉賀と野々垣の後ろにつくので、視野に入らないところに消えてしまった。

「斉賀くんの車、高そう。自分で買ったの? 」

 野々垣が車を振り返りながら、言った。

「父親のお古だよ。車買い替えた時に譲ってもらった」

「へー、なんかそういうのって大人な感じがする」

 持留は二、三歩程度、距離を取ってついてきていた。その動きが気になって、会話に集中できない。たまらなくなって、首を振り向かせて名前を呼んだ。

「裕」

「ん? どした」

 呼んだはいいが何も話が続かない。何か、何かないかと考えて、でてきたのは

「どんな車が好きだ」

だった。自分の聞いたことながら唐突すぎて驚く。

 帽子のつばで目元は隠れて見えないが、考える風に麦わらが傾いだ。

「えっと、車あんま分かんなくて……斉賀の車の形結構好き。なんていうんだろ、タクシーみたいな形」

「セダンだな。俺も一番好きだ」

「そうなんだ」

「親がずっとセダン乗ってたから、車って言ったらこの形がしっくりくる」

 持留がこくんと頷いて、ぶち切りで会話が止まる。やっぱり、様子がおかしかった。いつもはこんなではない。会話を続かせるにはどうしたら、と難しい問題を解くような気持ちで考える。ペンと紙と時間をくれ。切実に思う。

「野々垣さんは? 」

 どうしようもなくなり、絞り出すように聞いた。

「ショベルカーとか好きかも。たまに工事現場で見るとテンションあがる」

「ああ、免許欲しくなるよな」

「え、そこまではない……。工事とかでしか使わないだろうし」

「畑耕したりとか、自分の家で使う人もいる」

「え、そうなの? 個人で買えるの? 」

「買える。中古のミニショベルならネットオークションで50万以下で買えるかもしれん」

「中古とかあるんだ。ミニって何? 」

「バケットが基準より小さいやつ」

「バケットって、あの手みたいな部分? 」

「ああ」

「あんなゴツい機械でミニってかわいいね」

 野々垣との会話が思いの外弾んで、海の家に戻ってきた。山口と河田は砂浜に立っており、斉賀たちが戻ってきたことに気づいた河田が手をあげてみせた。こちらに背を向けていた山口が振り向いて、小型のカメラを向けてくる。

「早く海行こうぜ! 」

「動画撮ってんのか? 」

「おお、これ完全防水だから海にもつけられる」

 軽いノリで突然動画撮影を始める。令和の若者って感じだな、と自分も若者ながら遠い存在のように思った。

 話しながら、自ずと皆で海へ向かった。山口は河田にカメラを向けて、海をバックに彼女の姿をレンズに収め続ける。河田は浮き輪を運びつつ、恥ずかしそうに小さくピースなんかしていたが、野々垣の方へ逃げるように近づいていった。

「愛莉沙さん、一緒に映ってもらえませんか……」

「もちろんいいけど……。てか山口、好きなのは分かるけど彼女だからって遠慮なさ過ぎない」

 河田が同意するように小刻みに頷く。

「えー、でも撮りたい」

「ずっとカメラ向けられるの嫌でしょ」

 啖呵を切るように言われて、山口はいじけた表情をしながらも一旦カメラを下ろして、その後、斉賀と持留に向けてきた。

「なんかして」

 嫌悪感を抱くレベルの無茶苦茶な振りに、斉賀は顔を背けた。持留は困ったみたいにピースをした。

「裕、こいつの相手しなくていいぞ」

「うーん……でも」

 ピースを仕舞いつつ、彼は足元に視線をやる。

「いいじゃん。もち、動画配信してアイドルになろう。俺マネージャーな。お前ならてっぺん狙える」

「何言ってんだよ」

 そう言って、持留は恥ずかしそうに笑う。山口も構ってもらえたのが嬉しかったのか、楽しそうに笑って、大人しくカメラを下げた。

 海辺に着いて、持留と河田が足先を波に晒す。山口は飛び込む。野々垣も先ほど既に泳いでいたその勢いで、深くまで歩を進める。

 斉賀は砂浜から持留の背中を見ていた。話しかけたいのに、釣れない態度を取られるかもと思うと、どうしたらいいのか分からない。

 野々垣が海の彼方を指さして言った。

「ねぇねぇ、足つくぎりぎりまで行ってみようよみんなで」

「浮き輪ないけど、皆さん大丈夫ですか? 」

 一人だけ浮き輪を持つ河田が不安そうに言った。

「平気平気、山口も持留くんも泳げるっしょ? 」

「当然だろ」

「僕も……、足つくとこまでなら大丈夫」

 野々垣と目が合い、斉賀は頷いて返した。のんびりと遠くを目指して歩を進める。泳いでいけそうな距離に防波堤、もっと遠くの方に霞がかったような色合いで山が見えた。そんな景色の中に持留がいた。

 山口が海の水を手柄杓で掬って持留にかけた。持留は慌てて麦わら帽子を庇った。そのため顔に思い切り海水を受けてしまう。うぎゃ、と小さく悲鳴を上げて、顔をラッシュガードの袖で擦った。

「この帽子野々垣さんに借りてるんだからほんとやめて」

「持留くん大丈夫? 顔面もろじゃん」

「麦わら帽子は多分大丈夫……」

「いや、帽子、濡れるのは想定内だから思いっきり遊んでよ」

「晴太くん、やめなよ」

「えー、海っていったらこれだろ」

 遠慮がちに河田にも海水をかける。浮き輪が水を弾いていた。仕返しだ、とばかりに河田が下から掬い上げて作った水しぶきがかかり、その勢いに押されて山口は海の中に倒れ込んだ。皆、声を上げて笑っていた。もちろん持留も。野々垣と河田が、山口に近寄って水の中から助け出した。

 気がつけば腰が浸かるくらいの場所まで来ていた。先ほど野々垣と来たあたりを幾分過ぎている。

 笑い声を聞きながら、ずっと考えていたことが、ふと強い感情を持って立ち上がる。

 なんで他の人には普通に話すのに、俺には余所余所しいんだ?

 斉賀は嫉妬混じりの怒りを感じていた。燃えるような、というわけではないが、初めて抱く暗い気持ちだった。

 三人と離れたところで、目を擦っている持留の肩を後ろから掴んだ。びく、とその肩が跳ねた。骨の形が手のひらに伝わる。

「なぁ、裕」

「え、えっと、何……? 」

「こっち見ろよ」

 持留が振り向いてこちらに向き合うが、目は合わない。俯いているから麦わら帽子で隠れている。似合うと思っていたそれが、本当に邪魔だった。帽子の庇をつまんで、ひょいと持ち上げると、海面を睨んでいたらしい瞳が、驚いたようにこちらを見た。視線が斉賀の顔で静止する。

「裕、俺なんかした? 」

 思っていたのと違い、なんだか泣きそうな声が出てしまった。

「え、なっ」

 麦わら帽子を奪い返された。彼は両手でつばを抑えて被り、ぎゅっと縮こまる。

「なんかって何もしてないよ」

「さっきから話してくれないだろ」

「や、ごめん、違くって」

「理由教えてくれないと納得できない」

 麦わら帽子を取り上げようとしたが、叶わない。頭を守るみたいに一生懸命で、もっと力任せに無理やり剥ぎ取るのもやろうと思えばできるが、手加減してしまう。諦めて手を離した。少し間があった後、持留が言った。

「ちょっとのぼせちゃったかも……」

「……大丈夫か? 水飲みに一旦戻るか」

 顔を更にうつむけたのか、同意して頷いたのか分からなかったが、とりあえず先に進む三人に声をかける。海水を飲んで喉が渇いたから戻る、と伝えると山口はばつが悪そうにしていた。山口本人も全身浸かって大変そうではあったが。

「大丈夫? 熱中症とかなら私、スポーツ飲料持ってるよ」

 野々垣が離れたところから声を張り上げた。持留は遠慮するように手を振った。

「大丈夫だよ、ちょっと口だけゆすいでくるね」

 その横顔は麦わらで影になっているけれど、たしかにゆだったように頬が染まっていた。日射病になりかけているのかもしれない。

「具合悪かったのか? 」

「や、暑かっただけ……」

 もと来た道を戻る。波の音と遠くからの歓声だけが聞こえていた。二人は何も喋らない。

 心配する気持ちもあるが、煙に巻かれたようにも感じて複雑だった。桟敷席に着いて、軽く砂を払い、置いていた荷物からバスタオルと冷えたお茶を取り出す。ゴザにタオルを敷き、そこに座るように促す。

「え、いいよ。お茶飲んだらすぐ戻るつもりだし」

「いいから座れ」

 持留はいじけた子どもみたいに、小さく唸ったが大人しく腰掛けた。そして、お茶をたくさん飲んだ。斉賀も横に座り、ペットボトルに口をつける。

「荷物、取られてなくてよかった」

「取るやついるか? 」

「だってスイカあるし、冷えてるし……」

「スイカが心配であんな感じだったのか」

 からかい半分で言ったが、持留は肯定も否定もしない。

「心配だったならあの時、俺が荷物置いてくって言った時、そう言えばよかっただろ」

「うん……ごめんね」

 話していて手応えがない。何か思っていることがあるはずなのに、言っていないのだと分かった。

「俺なんかしたか」

「いや、何もないよ」

 斉賀は、こちらを見ない麦わら帽子に話しかけた。

「俺は寂しかった」

 これ以外言いようがなかった。二人きりになって、横に座ると怒りが和らいで、素直な感情が残る。寂しかったから腹が立ったのだ、と自分のことを冷静に見つめた。

 彼はやっと顔を上げた。幾分顔色は落ち着いていた。

「……なんか、変でごめんね。僕」

「理由あるだろ。教えてほしい」

 持留は膝を抱え込んで、指先を見つめた。伏せられたまつ毛が微かに揺れ動く。

「あのね」

「うん」

「えっと……」

「うん」

 こんなことあったなと、チキンバジルソテーと親子丼を一緒に食べた時の記憶が蘇る。そして、自分としては特別仲の良い友人のつもりだったが、持留にとってはそうでもないのかもしれないと自信がなくなった。

「花火」

 考え事をして視野が狭くなっているところに、ふとその単語が飛び込んできた。持留が鞄に手を伸ばして、こちら側に引き寄せた。ジッパーを開けて、中から原色が散る、手持ち花火のパッケージを取り出した。

「花火、持ってきたんだけど、いつ言おうかなと思って……」

 呆気にとられた。それであんな態度だったというのか。理解が追いつかない。

「タイミング計ってて、変な感じになって。ごめんね」

 うまく噛み砕けないまま、持留の目を見た。目が合う前に、花火で視界を塞がれた。そんな理由は信じられなかったが、嘘だろと詰め寄るのも違う。

「は、花火、皆としよう」

 花火のパッケージが喋る。

「二人でしたい」

「え」

「他のやつには言ってないんだろ、花火持ってきてるの。女の子たちがいたら気遣うし、山口はうるさいし。二人でしよう」

 本当はこの場所にだって二人で来るはずだったのだ。別にそうしたっていいはずだ。大勢いるから、いつもと違ってうまく話せないのかもしれない。

「皆でした方が楽しいよ? 」

「俺は裕と二人のほうが楽しい」

「……でも、皆で一緒に帰らないといけないし」

「全員送ったあと、大学近くの海か公園か、なんなら俺の家の庭でもいい。そこでやろうぜ」

「永一郎は本当にそれでいいの」

 花火のお面を下ろした持留は目を伏せたまま、真面目なトーンで言った。

「何が」

「野々垣さん、すごく素敵な人だよ」

「もしかして、俺と野々垣さんの仲を気遣って距離取ってたのか? 」

「いや……それもないことはないけど」

 斉賀は思わずため息をついた。その理由ならおかしな態度も腑に落ちる。うまく話せるか分からなかったが、口を開いた。

「野々垣さんはいい人だけど、だからこそ変に思わせぶりなことしたくない。色々、裕が俺のために気遣ってくれてるのは分かるんだが……好きな女の子ができたら、絶対裕には話すよ。だから、その時に話聞いてほしい。今は変に気を遣わないでくれ」

 小恥ずかしくて、言いながら目線を逸らす。恋に落ちる時は、自覚があるに違いない。まだその感覚を得たことはなかったが、いつかきっと分かる。そう斉賀は考えていた。だから人に世話を焼いてもらって、気持ちがはっきりしないまま付き合うのは嫌だった。

「恋愛の話……恋バナとかって俺苦手で、したことなくて。でもからかわないで聞いてくれそうだし、裕と話したら楽しいかもな」

 いつかそんな時が来たらいいなと思わず微笑んだ。すると、持留は海を眺めて独り言のように呟いた。

「そうだよな」

 表情が抜け落ちて、端正な顔立ちが際立つ。見つめていると、何故だか落ち着かないような気持ちになった。

 ふと疑問がわいた。聞きたかったが、何でもないふりをして言った。

「ま、気楽に二人で花火しよう」

「いや、だめ」

「……なんでだよ。今の話の流れはいいよってなるとこだろ」

「麦わら帽子の恩があるんだ。だから、野々垣さんを誘わないのはだめだよ」

 彼は持っていた花火を海に向かって大きく振った。その視線の先に目を向けると、三人が遠くから戻ってきていて、手を振っているようだった。斉賀の目にはぼんやりとした像しか捉えられなかった。

「裕、目良いんだな」

「うん、両目にーてんぜろ」

「すげーな。羨ましい。……花火、皆やりたがるだろうな」

「うん、……ごめんね」

「いや、俺のわがままだし。裕の持ってきたものだから、そもそも指図するのがおかしいな、こっちこそ悪い」

 そうやって、話しながら頭の中心には先程から疑問が浮かんでいる。今まで思いつきもしなかったのに、恋愛の話が出たからか、知りたくなった。

 持留に付き合っている彼女がいるのかどうか。

 気になったが気軽に聞けない。なんとなく勝手にいないだろうと思っていたが、整った顔立ちに穏やかな立ち居振る舞い。恋人がいたっておかしくない。

 山口が駆け寄ってきて、花火に手を伸ばす。野々垣は心配そうな顔で持留に声をかけていた。

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