茶鼠色【KAC2024第七回;色】

青月 巓(あおつき てん)

茶鼠色

 事故物件に住むことを生業としている。事故物件は一度人が住んでしまえばそれを告知する義務がなくなるがゆえに、一週間ほど住むアルバイトがあるのだ。

 そんな私の、これは一つの体験談である。


 最近、家の畳に茶鼠色のシミがよくできている。こうやって書いてみると少しオシャレなように聞こえるかもしれないが、そんな幻想を抱いてしまった人物は今すぐに茶鼠色を検索して見てほしい。

 あまりにも家の畳にはそぐわない色なのだ。水をこぼした時以上に暗く、それでいて変色したように生っぽいその色は、畳の置かれている四畳半の和室の中央に点々とシミを作っている。

「やだなぁ」

 なんともなしに呟いてしまうのは、ここが事故物件だからだ。残穢という映画ではそういった物件で畳を箒で履く音が聞こえたことからストーリーが始まっていた。厳密に言えばあれは鬼談百景という短篇集の中の一本だったような気がするが、今はそんなことはどうでも良い。

「これ、管理会社に連絡した方がいいのかな」

 天井を見れば何かが漏れているわけでもないのに、畳の上にタオルを敷くとそのタオルがシミで汚れてしまうような状況だ。

 私はついぞ気になって、管理会社に電話してしまった。

「あ、お久しぶりです。どうされましたか? 何か起こったり?」

 明朗快活な声で管理会社の人間が電話に出てきた。

「ははは、残念ながら私は霊的なものを信じないタチなんですよ。ただそれとは別で、あの、茶鼠色のシミが畳の部屋にできてしまっていまして。天井から漏れているわけでもなさそうなんですけど、何か原因は分かりませんかね」

 事故物件と分かっていながら住んでいるのだ。あまり文句である旨というよりも何かが起こったことを報告するような言い方が良いだろう。

「うーん、そうですか。ちょっと現場をみてみないとわからないんですよね……。お客様は確かあと二日ほどそこに住まれるということですよね」

「ええ」

「なら、我慢していただいても構わないでしょうか。要修理案件であれば、お客様が退去されたのちにこちらで確認させてもらいますので」

 当然か。一週間ほどしか生活しない奴のために、わざわざ修理をする業者なんていないだろう

 電話口の向こうでは、少し困惑した様子の声が聞こえる。

「ところで、なんですけれども」

「はい、なんですか?」

「なんでそのシミが茶鼠色だとお分かりになられたんでしょうか。今、私の方でも茶鼠色という物を調べさせていただいたんですけれど、鼠色に近いわけでもなければ……少し形容し難い色だと思うのですが」

 そこで私ははたと気がついた。確かにそうだ。

 スピーカーに切り替え、スマホで茶鼠色を検索してみる。間違いない、あのシミの色だ。確かに形容し難い、何色とも近くて遠い色。ただ、こんな色をみたこともなければ、名前も聞いたことがない色だ。じゃあなんで私はあの色を茶鼠色だってわかったのだろうか。

 はっと気がつくと、少し黙り込んでしまった私を心配する声が電話口から聞こえてきた。

「すみません、ちょっと考え事をしていて」

「お気になさらないでください。こちらも色々と調べてみますので、何かあればまたご連絡させていただきますね」

 不動産屋はそう言うと、ガチャと電話を切った。

 茶鼠色。調べてみれば、江戸時代に流行った色の一種だそうだ。だが、そんな色がなんでこの家の畳にシミとして現れて、私はなんでそれを茶鼠色だと認識できたのだろう。

 あと二日しかない私にそんなことを考える必要なないのかもしれないが、そんなことを考え始めてしまった以上はさまざまな憶測が脳の裏を飛び交っていく。

 が、結局何も思い浮かばずに、その物件から私は引っ越してしまった。


 これが私の体験談。なんともないようなただの話だと思うでしょ。でも、ちょっと違う。なんで茶鼠色だったのか、事故物件で何があったのか、そしてその後何が起こるのか。

 そういえばあまり大声では言えないけれど、この前起こった一家失踪事件、私がこの体験をした部屋に住んでた家族が行方不明になったらしいんだよね。まあ、関係ないかもしれないけれど。

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