エメラルドの憂鬱

kayako

地上の緑があるから、空は美しいんだ。



 私は魔法少女である。

 具体的に言うならば、魔王と戦い世界平和を目指す5人の魔法少女、その一人。

 もっと具体的に言うならば、アニメ「ジュエルマジック☆マジキュラ!」で、マジキュラと呼ばれ戦う5人の戦士の一人。

 その名も、キュラエメラルド――本名・仁樹にんきまいな。

 変身すれば一目瞭然だが、緑色をベースにしたマジキュラだ。

 髪も緑色のふわふわポニテ。瞳も緑色。体育と料理が大好き、元気が取り柄の中学二年生!



 ……の、はずだったが。

 今私はものすごく落ち込んで、学校の屋上にいる。

 戦いに疲れた? 強敵で苦戦した? いや、そんなのいつものことだからいいとして。



 とにかく私、人気がないのである。



 普段はここ、ゆうぞら中学に通う5人のマジキュラ。

 そのリーダー……というかこのアニメの主役は、キュラルビーこと紅玉こうぎょくもも。紅に近いピンクが基本色のマジキュラだ。明るく元気でちょっとドジっ娘♪だけど芯の強い女の子。

 当然、女児向けアニメの「マジキュラ!」では屈指の人気を誇る。そりゃ主役でピンクだったら、女児に人気で当たり前。

 そして次に人気なのが、キュラサファイアこと海原うなばらちか。胸がそこそこあるし、ルビーとは対照的な冷静沈着な優等生だからか、男子人気も高い。

 さらに最近は、追加戦士としてキュラアメジストなんてヤツも加入してきた。紫がベースで魔王の娘だったけど、つい最近光堕ちしてマジキュラとなった。

 葛藤の末に光堕ちした追加戦士で、さらにベース色が女児人気の高い紫とくれば、人気が出ないはずがなく……


 マジキュラの中では、この3人の人気がダントツ。

 その3人にだいぶ遅れをとってるのが――私含めて2人。

 不人気コンビと散々言われ、SNSじゃ弄られまくっている、その2名が――

 私ともう一人、キュラトパーズ。



「はぁ……

 だけどあいつ、最初からデバフかかってるようなモンだしなぁ」


 そろそろ日も暮れかけ、次第に薄紅に染まっていく空。

 屋上の柵にもたれてため息をつくと、ふと声がかかった。


「どーしたんです? まいなさん」


 慌てて振り向くと、そこに立っていたのは――

 キュラトパーズこと、小日向おびなたあすか。

 肌は健康的な小麦色。髪は金色が混じったような鮮やかな橙。少しボサボサで伸び気味の後ろ髪はうなじでまとめて結ばれている。大きな瞳は煌めくような金色。

 そのイメージ色=オレンジと同じく太陽のように明るくおおらかな性格で、文武両道の優等生。

 白い歯を見せながらの純真な笑顔が印象的で、一学年下の中一である。

 私のことは一応「さん」づけだが、一緒に戦うのに慣れた今では、時々タメ口が混じる。

 出会った当初は結構緊張してて、ずっと敬語のままだったけどね。


「ひょっとして……また、悩んでたとか?

 らしくないなぁ」


 そう言いながら、無邪気に笑うあすか。

 スポーツ得意って属性が私と若干被っているのも困りものだが、何と言ってもこいつの最大の問題は



 ――男である。

 もう一度言う。魔法少女のはずだが、男である。

 別に男の娘というわけではないが、特に理由なく、男子が魔法少女に変身するのである。



 私とあすかは、他の3人と比べると人気が格段に落ちるが。

 それでもあすかの方は、数少ない魔法少女男子だからということで不人気の説明がつく。

 何せ彼の存在自体が、メインターゲットたる女児にはまだ色々と早いのか、他の女子キャラほどは受け入れられていないし。

 それ以上に、いわゆる男オタ……もとい、「大きなお友達」層の中にはあすかの存在に徹底的な拒絶反応を起こすヤツもいるらしい。

 あすか本人はすごく性格も良い上、可愛らしさも他の女子キャラと大差ない。「マジキュラ!」の放映開始前、性別が明かされるまでは男オタからも「一番可愛い!!」とか言われてたレベルだ。

 なのに、あすかが男だと分かると一瞬で手のひら返して彼を、ひいては「マジキュラ!」自体を叩きだしたヤツらまでいる。

 おかげで、「マジキュラ!」のアンチスレは主にあすか叩きで、他のアニメよりやたら進みが早く……

 って、そんなことはこの際置いといて。



 問題は、そんなあすかとこの私が、人気面でどんぐりの背比べという点だ。

 変身シーンの再生回数も、変身アイテムの売り上げも、私と彼は他の3人から大きく引き離されている。

 だからなのか、他の子には一人一つずつある必殺技用アイテムも、私とあすかは二人で共用ということにされたし。

 ついでに言えば私やあすかがメインとなる回も、話が進むにつれてぐんと少なくなっていった。

 あっても、二人一緒にメイン回を担当することも多くなったりとか……


 だから私とあすかは、「にんじんコンビ」と言われてたりもする。

 にんじんって、緑より圧倒的に橙成分の方が多いけどね。



 さらに言えば。

 あすかは男子人気が壊滅的なかわりに、メインターゲットより少し年齢層が上の女子たちに相当人気がある。

 魔法少女男子見たさに「マジキュラ!」を見始めた、いわゆる「大きなお姉様」層もいるくらいだ。

 だからあすかの場合、女児向けの変身アイテムは売れないけど、アクスタだの缶バッジだのクリアファイルだのといったグッズは結構早く売り切れる。

 だけど――


 私には女児人気も男子人気も、そして「大きなお姉様」層の人気も、ない。

 変身アイテムはあすかと一緒に売れ残るし、アクスタやらのグッズは誰よりも売れ残る。

 それをSNSで弄られることも多数。

 ……何故なのか。



 深々とため息をつきながら、私はあすかを前に呟いた。


「そうだよ。

 なんで私の人気が出ないのか、空眺めて考えてた」

「なんでまた、空……?」



 あすかはいつもの如く堂々と、私の隣に寄ってきて同じように空を眺めだす。

 パーソナルスペースをほぼ気にしない、良く言えば人懐っこく、悪く言えば無遠慮。

 ちなみに我が校の制服は男女ともにセーラー服である。勿論男子はズボンだが。

 初夏のこの時期、半袖から覗くあすかの二の腕は何となく眩しい……


 少しずつ暮れていく空を見上げながら、私はひたすら愚痴る。


「ルビーにサファイアにアメジストはさ。基本色がピンクに青に紫っていう、いわば幼女に人気の色じゃん?

 しかも変身後のベース色は結構パステルカラーに近いし、人気出るのも分かるんだ。

 でも私は、ホントに緑緑した緑だしさ……

 SNSじゃワカメって呼ばれまくって、まいなって名前さえ忘れられるレベル」

「た、確かに……ワカメは酷いかも」

「それに、空を――特に夕焼け空見てるとね。

 何となく分かっちゃうんだ」

「?」


 きょとんとして首を傾げるあすか。

 夕陽に映えるその橙の髪色が、いつもよりさらに鮮やかに見えるのが悔しい。


「空にはいろんな色があるでしょう?

 晴れた昼は青空だけど、夕暮れになるにつれてその色はどんどん変わっていく。

 ピンクに似た薄紅、燃えるような橙、そして夜が近づくにつれて紫になる。

 だけど……その中に、緑は存在しないの」

「まいなさん……」


 私の言葉に、さすがのあすかも口ごもる。


「つまり、みんなを包んで見守る空にはいないんだよ、私。

 私はみんなを邪悪から守る戦士なのに、その色じゃない。

 緑色の空なんて、気持ち悪いじゃない?」


 緑の空。想像しただけで嫌になる。

 多分、雷がとても酷い時の空がそれに近いだろう。

 閃く雷と同時に緑に煌めく空――自然現象には違いないけれど、異様なのは間違いない。


 きっとそうだ。私の人気がないのは、多分――

 しかし。


「そんなこと、ない!」


 私の言葉を中断したのは、あすかの叫び。


「まいなさん、知らないでしょ。

 地上に豊かな緑があるから、空も美しくなれるんだってことを!」


 珍しくすごく怒ったような顔で、怒鳴るあすか。

 何よ……急にブチキレて。


「あ~……

 もしかして、実質人気最下位の私がいるから、他の3人も上位でいられるってこと?

 私がいればあんたも、そこまで人気ないようには見えないもんねぇ?

 おもちゃ売れ残ってワゴン行きになってるの、いつもあんたと私ばっかりで……」


 かなりヤケになって吐き捨てる私。

 それでもあすかは、頑なに主張を曲げなかった。


「まいなさん。大地に緑があるから、僕らは空の色を綺麗だって思えるんですよ?

 だって大地が真っ黒の廃墟だったら、そもそも僕らは存在できないじゃないですか!」

「だけど私の緑は、ワカメみたいに黒いもの。

 緑は緑でも、もうちょっとパステルカラーに近い青緑っぽい可愛い色なら、私だけじゃなくマジキュラのみんなだって、もっと人気が出たかも知れな……」

「そんなことばかり言うな!

 僕は、まいなさんの緑が好きなんだから!!」



 ――え?



 暮れゆく夕陽の中、あすかの金色の瞳がまっすぐに私を見ている。

 まさしく彼の象徴たるトパーズの如く、煌めく太陽の光をいっぱいに宿して。


 その瞳の思わぬ美しさに――

 私は反論も忘れ、思わずじっと見つめてしまっていた。

 そんな私の視線に気づいたのか、あすかは少し赤くなってうつむいた。



「だから……あの、まいなさん。

 自分の色、そんな風に言わないで。

 僕は……えっと、その……

 まいなさんのその深いエメラルドみたいな瞳が、大好きだし。

 その緑のポニテも、ふわふわ揺れてるのを眺めてるの、とても楽しいし。触ってみたいっていつも……その!」



 え? えぇ?

 あすかの言葉は思ったより強く、私の胸に響いてくる。

 ちょ、ちょっと待て。落ち着け、あすか。落ち着け、私。

 これって――その――



 だけど、私が思わずあすかの肩に手をかけようとした、その時。



「おーっほっほっほ!!

 不人気役立たずコンビのお二人さん♪ このオブシディアン・ダークが、今日こそ貴方がたのマジキュラパワーを奪ってみせますわ~!!」



 グレーを基調としたゴスロリ風のコスチュームに身を包み、これまたグレーのホウキにまたがって夕闇をふわふわ浮いているのは――オブシディアン・ダーク。

 宿敵たる魔王、その配下たる四天王の一人。

 マジキュラの力を狙って暗躍する魔法少女。つまり、私たちの敵だ。


 私を見下げながら、彼女は得意げな顔で嘲笑する。


「ほほほ、緑の魔法少女など昔から不人気と相場が決まってますわ~!

 今じゃ不人気色として真っ先に魔法少女ものから除外されることも多いのに、何故貴方は未だに緑なんですの~?」

「くっ……!」

「それに、貴方の言う通り……

 空の色に、緑なんてありませんことよ? ならば貴方ではなく、グレーをベース色としたこのオブシディアン・ダークにこそ、マジキュラパワーはふさわしい!

 グレーの曇り空って、結構な頻度で見ますしねぇ?」


 うぅ。それをコイツに言われるとは……

 コイツはマジキュラではないけど、同じくらいに結構な人気の悪役だ。おもちゃこそ発売されてないけど、グッズの売れ行きは実は私よりいいかも?と噂されるレベルに。

 しかも。


「それに、あすか様? 先日のお返事はまだですの~?」


 ヤツはクネクネと身をよじらせて頬を染めながら、空中からあすかににじり寄る。


「わたくし、もう待てませんわ。花も恥じらう乙女を待たせるなんて、男子のなさることではありませんわよ?

 今日こそ、わたくしのモノになってもらいますわ~!」


 そう、ヤツはあすかに一目ぼれしている。

 彼は最初からはっきり嫌だと断言しまくっているにも関わらず、一向に諦めることなく戦いのたびにあすかに言い寄っている。


「オブシディアン、何度も言ったはずだ。

 僕は君を受け入れることは出来ないって!」

「いやぁん、ツンデレなあすか様も可愛らしいですけどぉ♪

 でも、そろそろ心を開いてくださっても良い頃ではありませんの?」

「絶対に嫌だ。

 自分の思い通りにならないからって、街ひとつを壊滅させるヤツに、誰が!」


 あすかの言う通り――口調と姿に反して、この女は結構やることがエグイ。

 この前なんか、街中の人間を雪だるまに変えて溶かそうとしたくらいだ。


「それに――」


 変身キーをその手に構え、あすかは決然と口にする。


「僕は、同じ空の色なら――

 濁った灰色の曇り空よりは、ド派手に雷が鳴りまくってる緑の空の方がいい!」

「なっ……!?」

「青空の下の森が。

 夕映えにざわめく草が。

 虹の中にきらめく緑が――

 僕は、とても好きなんだ」


 そんな彼の、一切迷いのない言葉は――

 清冽な水のように、心に染み込んでくる。


 そうか――忘れていた。

 不人気かどうかなんて、この際関係ない。

 すぐそばに、ちゃんと私の色を好きだと言ってくれる人は、いるじゃないか。


 私もあすかとほぼ同時に一歩を踏み出し、変身キーを手にしていた。


「ありがと、あすか。

 教えてやりましょ。どんなに不人気だって売れ残りだって、私たちのパワーは誰にも負けないってことを!!」

「はいっ、まいなさん!」



 そして――

 私とあすかの、もう何度目になるか分からない二人同時変身。



「「マジキュラ!

 ブリリアント・チェーンジッ!!」」



 ――そして。

 私とあすか、キュラエメラルドとキュラトパーズの生み出した超絶必殺技――

 ブリリアント・キャロット・スパークル16連ポジトロン砲により、わずか3秒で憎きオブシディアンを空の彼方へぶっ飛ばしたのは、言うまでもない。



 え? 不人気の理由は色でも性別でもなく、その超絶脳筋パワーじゃないかって?

 うん、まぁ、確かに……

 最強脳筋パワーキャラって、実は人気はそこまで高くないってケースも多いもんね♪




 Fin


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