別面:そういうとこある

「よぉたいちょー。まーた徹夜してんのかー?」


 ヴィントシューネが訪ねてきたのは、お嬢が例によって唐突に全隊出動を命じてなんやかんやした日の夜だ。つまり当日って事なんだが。なお、お嬢は既に寝ている。

 休みにもかかわらず呼び出された奴らには同情しなくもないし、それに対して補填が必要だって言うのも分かるが、その辺りの書類作成は全部俺に丸投げなのがお嬢だからな……。

 しかもここからしばらく大きく動くのが分かっている。書類仕事は増える一方で早く処理したいところなのだが、ヴィントシューネの手にあるのは酒の瓶だから、手伝う気は無いようだ。


「どうせ来るなら仕事をしろ、ヴィントシューネ」

「まぁまぁそう言うなよたいちょー。ここから大変だろぉ? ちょっとは英気を養っとかないと持たないぜー?」

「だったら余計に仕事を手伝え。酒盛りするより寝た方がマシだ」


 けらけら笑いながら勝手にその辺に座り、瓶の栓を抜くヴィントシューネ。そのまま口をつけて一気飲みし始めた。……って、この匂い、かなり度数の高い酒だな? しかも更に俺ら用に上げてある。

 ヴィントシューネもだいぶ強い筈だが、あんなものを瓶ごと一気飲みしたらすぐ回るだろうに。と思っている間に、瓶が空になる。それをその辺に置いて、インベントリから新しい瓶を取り出すヴィントシューネ。おい。


「酒盛りするなら自分の部屋でやれ」

「1人で飲む気分じゃなかったんだよなぁー」

「だったら他の奴らと呑めばいいだろ」

「あいつらはフリューに構うので忙しいってよー」


 笑って言いながら次の瓶を開けてまた一気飲み……って、またか。また度数を俺ら用にした酒か。というかこいつ、既に大分酔ってるな?

 これは潰れるまで飲んで部屋に運ばされるやつだ。と、今までの経験から判断して、書類を片付ける手を早める。お嬢が処理する枚数を最小にする為に俺の仕事が増えてる訳だが、その処理した枚数からお嬢が色々対策してくれるから、全体としてなら書類の枚数は減っているんだよな。

 そういう意味で、施政者としては割と有能な筈なんだが。それでいてどうしてこう市井というか、前に出たがるのか……と思いつつ何とか書類を片付け終わった時には、ヴィントシューネは瓶を5本も空にしていた。


「せめて空の瓶は回収しろ。持って帰れ」

「もう部屋は空瓶でいっぱいでなー」

「この酔っぱらいが……」


 6本目の酒瓶を持ったまま笑うヴィントシューネだが、正直こいつが、文字通り浴びるように酒を飲むのは珍しい。いや、酒飲みではあるし飲むペース自体は早い方だと思うが、少なくとも、1人で勝手に酔い潰れるところまではいかないように自制していた筈だ。

 ……その理由が、他の奴の酔い潰れる姿を見る為だっていうのはちょっとどうかと思うが。少なくとも酒に関しては俺の方が強いから、俺自身は問題ないとはいえ。こいつの弟が他の奴らに構われてる、というか、絡まれてるのは、普段のこいつの行いに対する意趣返しがあるんじゃないか。

 ともあれ、仕事は終わった(終わらせた)から、机を立ってまず空瓶を確認する。全く、どれもこれも俺ら用に度数を跳ね上げた酒じゃないか。そんなものを何本も立て続けに一気飲みとか、自殺行為だぞ。


「部屋に運ばせる為にここに来たのか?」

「ちっげぇよぉ。徹夜はよくねぇからなー。監視だよ、監視」


 そして6本目を飲み干してべしゃっと机に突っ伏すヴィントシューネ。だろうと思った。これはもう自力では立てないな。俺ら用に度数を跳ね上げた酒を、何種類も立て続けに一気のみなんてするから。


「……なぁ、たいちょー」

「なんだ」


 軽く頭痛を覚えながらまず転がっている空瓶を回収し、突っ伏したヴィントシューネの手にある空瓶を取り上げたところで、突っ伏したまま呻くような声が聞こえた。


「あの殿下、なんなん……?」

「?」

「こう……流石によぉ……迷惑かけんのはどうかって、そう思うぐらいには良くしてくれてる訳でよぉ……んでも、何も言わんのも不義理かと思って、そんで話したんだがよぉ……」


 ……。

 どうやらこの弱音が本題だったらしい。

 酒の力を借りて前後不覚一歩手前にならなきゃ弱音すら吐けないとか、こいつは。

 ……まぁ、俺もそういう部分はあんまり言えないが。


「これでもよぉ……お袋と、親父と、小父貴達の様子を見てりゃさぁ……察する訳よぉ……。あ、これ、1人でやったら死ぬなってよぉ……」

「……」

「んでも、やらねぇ訳にはいかねぇじゃん……? お袋達も、次はねぇどころか、今ですら生きるだけで精いっぱいだしよぉ……? だから一応、覚悟は決めてたんだぜぇ……?」

「……」

「それを……そこで、そこをさぁ……頼りなさいとか、フルネーム呼びとか、ほんともうあの殿下はよぉ……ダメだろ、それはよぉ……」


 ぐすぐすという音が混ざり始めた事からは意識を逸らし、息を吐く。そうだな。それは、まぁ……俺も正直、覚えがある。


「普段、そんな、なーんも気にせず見もせずみたいな、周りを全力で振り回しておいてよぉ……そこで、そこをこっち中心の、こっちが中核とか、ダメだろぉ……」


 本当にな。それに関してはもう、何というか、同意するしか出来ない。

 そうなんだよな。


「お嬢はそういうとこあるな」

「それは……それは、ダメだろぉ……?」

「気持ちは分かるがここで寝るな」


 お嬢はこう、絶対に弱い部分が出た瞬間、そこを全力で撃ち抜いてくるから。

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