別面:土を割る

[件名:イベントメール

本文:レイドボス「膿み殖える模造の生命」が討伐されました

   イベント空間内でレイドボスが討伐された為、全ての隠し要素が解放されます

   イベント期間内にレイドボスが討伐された為、イベント空間内の神関連イベントが大幅に増加します]


「はは……マジで倒し切りやがった……」


 歓声が爆発する。前衛も後衛も関係なく、近くにいる誰かと相手も見ずに肩を抱き背中を叩き拳を突き上げ、溢れ出てくる感情をそのまま叫びとして声に出している。

 あぁ、分かる。よく分かる。まさか倒せるとは思ってなかった。正直、ここで負けるのが既定路線なら、負けておいた方がいいんじゃないか? とも思った。出来ないと思っていた事が出来た瞬間の喜びは、よく分かる。

 生憎、というべきか。正直途中から、生き残る事に必死で本体の方は見ていなかった。今も、速度を重視してビルドしたステータスじゃ回復力が遅くて、この場にへたり込む事しか出来ない。


「あぁ、でも、倒せたのか……倒せるのか」


 はは。と、笑いが零れる。倒せるとは思わなかった。負けるのが「正しい」のだと思った。

 だが、どうだ。実際は。負けるのが「正しい」筈の相手に、召喚者プレイヤー達は、勝ってみせた。恐らくあの、何て言ったか。『本の虫』の召喚者プレイヤーだ。彼の煽りがそれなりの人数のトラウマを刺激した、もとい、火をつけたのだろうが。

 空を見上げる。戦場になっていた、黒い物がずっとそこにあった街の残骸。その上空に浮いていた2つの点は、すでに消えている。


「はは……」


 まぁそれはそうだろう。途中までしか見えなかったが、途中までは見ていた。大技に次ぐ大技の、今の自分だと1発も撃てない大規模魔法の連鎖連打。あれが最大の要因だ。間違いない。あれが無ければ負けていた。

 蹂躙は好きじゃない。拮抗が好きだ。そう。だから、問答無用で絶対に結果が決まっている「負けイベント」は好きじゃない。だからと言って、楽勝でもつまらない。面倒な性格をしていると思う。

 だが。だが……今回は、どうだ? 理不尽な敵に、「負けイベント」に、死力を尽くして団結して戦った結果は?


「はは……っ!」


 笑いが零れる。顔を覆う。どうやら誰かが料理を配り始めたらしく、騒ぎは盛り上がる事はあっても落ち着く事は無い。それに、同じタイミングで初めて必死になっていた召喚者プレイヤーは、大半がその場に倒れてようやく回復し始めたところだ。

 周りに同じように動く姿が無数にある。その中に紛れてしまえば、ちょっとおかしい事をしても意外なほどに目立たない。知っている。都合が良いからよく知っている。

 あぁ。素晴らしい。「自由」を謳っているから始めたものの、こんなもんかと少し落胆するところで落ち着きかけていた「楽しみ」が……天井知らずに跳ね上がった。


「ははハ……っ!」


 あまり長く笑うと、途中で声がひっくり返る。その癖は自分で分かっていたから、出来るだけ笑うのは短く区切っていた訳だが。

 そう。拮抗だ。拮抗こそが好きだ。「お互いに」全力を出し、知恵を絞り、連携し、死力を尽くして本気を越えていく。その奇跡のような瞬間こそが大好きだ。

 そして、可能ならば。


「ははハはハ……っ!」


 その先で。

 力及ばず全滅するのが・・・・・・・・・・、一番美しい。


「う、くく、ふフ……っ!」


 許される。それが分かった。何故なら「勝てない」とされた敵にすら、死力を尽くせば勝てるのだから。世界に反旗を翻す。それが可能だと分かった。許される事が確認できた。

 あぁ。あぁ、ならば――召喚者プレイヤーが敵になっても、構わないんだろう?

 世界を滅ぼしにかかっても……世界の敵として暗躍しても、構わないんだな?

 その果てに、本気で世界を滅ぼしてしまっても。それは、それも、許容する、という事で、よろしいな……?


「――――あぁ、楽しいな」


 心底から思う。楽しい。あぁ、楽しい。「自由」の看板に偽りなし。これは全力で楽しまなければもはや失礼というものだ。

 振り返る。既に見えなくなった、空に浮かぶ2つの点を見上げるように。

 今回は及ばなかった。視界に入る事も無かった。背景であったかどうかすら怪しいだろう。

 それが……自分を、明確な「敵」として、正面から睨み据えたら……?


「……ははハ……っ!」


 さあ。全力を尽くそう。知略を巡らせよう。

 仲間を集めて装備を強化して使い捨てのアイテムを集めて拠点を作って逃げ道を考えて罠を作って。今回みたいな「負けイベント」が他にもあるかも知れないから歴史や土地を調べて探して。

 あぁ、そう言えば、邪神というものがいるのだった。邪神というからには世界の敵だ。ならその信者というのも一興なのでは? いずれにせよ神の力は必要だ。現存する「神」というのが弱くも小さくもないのは分かっている。

 全身全霊を賭して挑まれる・・・・為の、敵として。必要な物を全て揃えて、それらしい衣装を整えて、相応の規模の集団として、立ち塞がったら。


「――応えてくれるだろう?」


 きっと。きっと、突破する為に挑んでくれる筈だ。召喚者プレイヤー相手だからと言って変な加減をすることなく、全力で挑んでくれる筈だ。

 何故なら「負けイベント」すら引っ繰り返して見せたのだから。こちらが本気だと分かれば、本気で挑んでくれる筈だ。

 ――その本気こそが見たいのだ。本気同士のぶつかり合いが、その結果の拮抗が見たいのだ。それが無くては、



 どれほど甘美で完璧な全滅エンド・・・・・であっても、物足りない。

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