別面:覚悟完了
〈よく来た〉
眠ったつもりは無い。実際、眠気は無かった。にもかかわらず、途切れていた意識が覚醒する感覚があった。
日の落ちない空を眺め、白いばかりの景色を眺め。それでもなお夜になった事が分かって、「白い夜」の存在に納得して。だがそれでも、外であれだけ戦闘が起こっていれば、眠る事なんて――
「っ、お嬢!?」
〈はっはっは! 第一声がそれか! ――ここでの時間の流れは、外に影響しない。落ち着くと良い〉
外で戦闘。そこまで思い出したところで、思わず背後を振り返る。が、そこにあるのは先ほどいた場所とは似ても似つかない、時々赤く光るものが流れていく、黒い岩と煙だった。
そこでようやく状況を理解する。ざあ、と、自分の血の気が引く音が聞こえた。何やってんだ俺は!!?
「申し訳ありません!」
〈以前にもいったが、気にするな。――といってもなお気にするのがなぁ。まぁともかく、今この場での主役は俺ではない。お前だ、白の子。言葉も態度も、かしこまる必要はないぞ〉
改めて膝をつくが、直後にそんな言葉をかけられる。いや、だが! 始祖相手に楽にしろといわれても!?
……正直、とても困る。困るが、話が進まない感じもある。なのでしぶしぶ立ち上がり、顔を上げた。どうしてこうなった。
〈宜しい。では、伝えよう。ここに来たという事は、すなわち。より強い祝福と加護を受ける事となる進化先を選ぶことが出来るという事だ〉
だが、実際に立って顔を上げたところで、そんな言葉がかけられた。進化……あぁ、確かにその途中だった筈だ。「白い夜」。自分に必要な「夜」がある事は、全身で納得した。……それ以上に、外の気配が気になって仕方がなかったが。
〈無論。通常は、資質を確認した後、改めてその覚悟を問うのだが……〉
ここで、見上げるばかりの大きな姿。偉大なる始祖は、にやりとした笑みを浮かべた。
〈……愚問だな?〉
「!」
それは、異動の時には決めていた事だった。
何があろうと。それこそ世界1つを敵に回したとしても。戦いが続いて削れ切ったとしても、その最後の最期までこの膝を折る事は無い。
何も見えなくなる程自分を閉じてしまうまで落ちたことがある。挫折も絶望もやり尽くした。だからこそ、もう二度と心を折る事は無い。
〈折られ挫けてなお止める事の無かったその歩みを、尽くす先を見つけたか〉
「……いや」
〈ほう? 違うのか?〉
それを、恐らく人は、この分だと始祖たる神も、覚悟と言うんだろう。
だが俺にとっては、ただそうと決めただけの事で。それ以上に。
「尽くす訳じゃない」
そう。そんなもんじゃない。そんな大げさなものじゃない。
あの降って湧いた系お嬢は、自分が「やるべき」と思ったら、それがどれほど危険な事であろうと、無謀であろうと、自分を削る事であろうと、絶対に引かないし、止まらない。
「俺の過去を、生かす為でもない」
一切の犠牲を容認しない。そのせいでやるべき事の難易度が上がっても。
絶対に妥協する事も無い。それがどこかで被害を出す可能性があるから。
そして、敵に対しては一切の容赦をしない。少しでも見逃せば、手の届かないところで問題が起こるかも知れないから。
「――――俺が、守る。それだけだ」
だから。
ついて行って、この手で守るしかない。
「より強い祝福と加護。それがあれば、大神の加護が無ければ行けない場所にも、踏み込めるのか」
薄々分かっている。それは恐らく『勇者』と呼ばれる、世界の敵に対する突然変異。神自ら選ぶというそれは、一度選べば引き返せない。
だからそれを受ける資質の他に、覚悟と呼ばれるものが必要なんだろう。強い祝福と加護。それは本人と周囲に、幸いなばかりではないものだ。
むしろ逆。平穏を望む事は叶わず、戦いからは逃げられなくなる。それはそうだ。『勇者』とは、戦う為の者なのだから。
〈くっくっくっく……〉
いつの間にか酷く凪いでいた心のままに口に出せば、始祖は僅かに顔を伏せた。影が落ちて、見えなくなる。
〈……はっはっはっはっは!! 止められぬならついて行けば良いと来たか! それはそうだ! はっはっはっはっはっはっは!!〉
かと思えば、次には豪快な笑いが空間を揺らした。ボコン、ボコンと溶岩の川が跳ねて飛沫を散らす。
〈良かろう! 元より資質は十分。それだけ確固とした芯となる覚悟があるのであれば、問題は無い。まぁあったとしても少々であれば退けるがな!〉
そして再び、にやりとした笑み。いや、問題を退けたらダメだろう。無いからいいんだろうが。
〈しかしそのままというのもな。ついでだ。武器を1つにまとめてやろう〉
「え」
〈なぁに、気にするな! 少しばかり神の気が入り、より丈夫になって「敵」を滅する力が宿るだけだ!〉
だけじゃない。それはだけとは言わない。
……と、お嬢や他の誰かなら言うところだが、ここが神域でその主たる神を前にしているからか、否定は出てこなかった。
形を残す剣を出せ、と言われ、背中に背負った剣の鞘に手をかけ……その手を離して、腰に刺していた剣、いや、刀を、鞘ごと引き抜いた。そのまま、前に突き出す。
〈そちらでいいんだな?〉
確認の言葉。
確かに、背中の剣には思うところがある。むしろ思うところしかない。
だが。
「今の」俺が携え、振るうべき剣は……お嬢の縁で手にした、この剣だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます