別面:本当の全力を
〈よく来た〉
目が覚める。
ボクの色を映したような。……いいや、逆だ。ボクに流れる血がどこかで映しとった、僅かな光も吸い込んでしまうような、黒い黒い石。それで作られた舞台、あるいは祭壇の上で、日の出の気配を感じて。
なのに空の色は少しも変わらなくて。あぁ、これが「ボクの昼」だ、と思っている間に、急に眠くなってきて。目を閉じてしまって。
「――――始祖様」
〈うむ〉
直接その姿を目にするのは、二度目。召喚者が一度に増えるって時に、姫さんに連れられて行った、神域の奥で。――そうだ。
「姫さん……っ!」
〈はっはっは! 黒の子までも同じ反応とは! ――ここでの時間の流れは、外に影響しない。落ち着くと良い〉
思わず振り向くけど、そこには黒い岩と黒い煙、そして赤く光る溶岩しかない。落ち着け、という言葉に、自分でも驚くほど心が凪いだ。
でも、それはすぐ納得に変わる。それはそうだ。だってここは、始祖の神域。全ての蛇と竜の父祖の領域だ。通常の理は、通じない。
なんかちょっと気になる単語が聞こえた気もするけど、今は多分重要じゃない。だってボクは……進化をしている途中の筈なんだから。
〈宜しい。では、伝えよう。ここに来たという事は、すなわち。より強い祝福と加護を受ける事となる進化先を選ぶことが出来るという事だ〉
「……『勇者』にも?」
〈無論。通常は、資質を確認した後、改めてその覚悟を問うのだが……愚問だな?〉
くつくつと笑う始祖様だけど、まぁ、それはそうだ。ボクはもう、迷うのも疑うのも止めた。あの色々規格外な姫さんについていくには、今度こそ守る為には、足踏みしてる暇なんか少しだってない。
まぁ、姫さんだけじゃなくて、幼馴染とは肩を並べていたい、っていうのもあるんだけど。元々強いのに、どんどん強くなるんだもんなぁ。
〈では、『勇者』で良いか?〉
「……ううん。ボクは、ただの『勇者』じゃたぶん足りない」
〈ほう〉
――だから。手段なんて、選んでられない。
全部。強くなりたい。強くなる。その覚悟の為に、ボクが持ち得ているものは、1つ残らず全部使う。
隠していた幼い子供の怯えも。目を背けていた置いて行かれる絶望も。――愛する家族を傷つけた、大嫌いな力だって。
「始祖様。――ボクの『竜装』の封印を、解いて下さい」
竜装。
それはボクら竜族が、上手く【人化】を使う為に編み出した技術だ。
何せボクらは強い。比喩とか自慢とかじゃなくて、本当に強い。強過ぎるぐらいに強いから、【人化】を上手く使えなかった。人の形に、ボクらの力が収まらなかったんだ。
翼が出てしまったり、尾が出てしまったり。頑張って人の形になろうとすると、今度は鱗が弾け飛んでしまったり。だから、その収まり切らない力を入れておく、【人化】した時用の入れ物が必要だった。
山人族の知恵を借りたりして、最終的に出来上がったのが竜合金と、竜合金を使った武器。……やっぱりエルルリージェがおかしいんだよ。普通は竜合金って入れ物が無いと上手く【人化】が使えない筈なのに、力だけを武器の形に固めるって何やってるの?
と、ともかく。竜合金で作った武器と、そこに余った力を押し込む技術。それを合わせて『竜装』って呼ばれる。姫さんみたいな例外は別として、ボクらはまず真っ先にその技術を習得する。でないと【人化】出来ないし。
なんだけど……ボクは筋が良かったのか、逆にダメだったのか。その『竜装』の技術を習得する時に、竜としての力を、暴発させてしまった。ボクは確かに子供だったんだけど、それでもなお、一緒に訓練していた兄弟と、教えてくれていた兄様、様子を見ていてくれた父様、全員に怪我を負わせてしまった。
幸い、命に別状はなかったんだけど……その時の父様と母様の判断で、ボクは、『竜装』の元となる力、そのものに封印をかけてもらったんだ。だから、ボクは今も『竜装』が使えない。【人化】しても、武器に収めなきゃいけない程の力が無いから。
〈……解く事は出来る。だが、封印されているのは、本来持っていた力だ。成長した今の状態で封印を解くと、二度と封印できなくなるぞ?〉
分かってる。そうだろうと思ってたから。小さい時だから出来た事で、大きくなった今になってもう一回っていうのは、無理だ。
そもそも、ボクは見えないものの制御が苦手。魔法だってその封印がある以上、威力は絶対に落ちて制御しやすくなってる筈なのに、よく暴発するし。
――でも。そんな事を言ってる場合じゃないんだ。
「制御する。しなきゃいけない。そもそも、ボクの力だし」
〈成長に伴い、力自体も大きくなっているぞ?〉
「足りないんだよ。全然足りない」
確認してくれる始祖様は、優しい。それだけ、父様達が封印という選択をしたこの力は大きいって事だろうから。
でも。
「――――ボクの欲しい強さには、全っ然足りないんだ」
それぐらいは、使いこなせて見せなくちゃ。
絶対に足を止めない姫さんと、その姫さんについていくと決めた幼馴染に。
肩を並べるなんて、出来やしない。
だってそんなの――格好悪いじゃないか。
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