別面:謁見の後に
神。それも種族としての原点、大いなる始祖。
謁見を目指す、とお嬢は言っていたが、まさか直接神域に招かれて対面する事になるとは思わなかった。それも伏した状態ではなく、直立したままで。
「っっっは――――……」
正直、生きた心地がしなかった。
いやまぁ神の領域という意味では、今いるこの、外から見ると白い箱にしか見えない場所もそうなんだろうが……と、個人で使って良いとされた部屋の1つに戻り、その扉に背をつけて大きく息を吐きながら思う。
というか、お嬢もそうだが召喚者は本当もう肝が据わっているというか何というか、そんなお嬢についてきているだけはあると言うか、他の奴らも立ち直りが早いし。
神だぞ……? 始祖なんだぞ……? 最上級の礼をもって敬うべき相手だぞ……? そんな始祖を前に、始祖を相手に、そんな、軽いというか何というか、普通に、それこそ親戚を訪ねていったみたいな態度は、いくら神が許していてもちょっと、どうなんだ……?
「……?」
頭が痛い。と、つい左手で目を覆った。だがそこに何故か、冷たい感触があった。
なんだ、と思って手を離すと、濡れている。ん? 火山から戻って来て、お嬢達の話し合いの後で火山の端まで移動して、その向こうを覗いてきたが、特に大きな水場とかも無かった筈だが。
その後周囲の探索もしたが、そっちでもこれと言って濡れるようなことは無かった。まぁ始祖の領域の近くなんだ。水気は無いだろうし、あったとしても、それは地下から湧く物だろう。
「な、ん……?」
じゃあ何で濡れてるんだ? と瞬くと、眺めていた手に新しい雫が落ちた。透明な水はいくらか手を外れ、床にまで落ちる。
は? と天井を見上げるが、そこに異常はない。だが、顔を動かすとどんどん濡れていく感覚がある。え、なん、なんだこれ。
とりあえずと雑に自分の顔を拭って更に手が濡れて、そこでようやく気が付いた。
「は……?」
ぼろぼろぱたぱた。自覚した途端に勢いを増したこれは、涙だと。
「は、なん? でっ……?」
訳が分からない。というか、そもそも涙を流したのなんていつが最後だ。訓練の時でも泣いた事なんて無いってのに。というか、記憶にある限りこんな、目に見える程涙が出た事なんて無い。
どこかの宴会に巻き込まれて、激辛料理を食べさせられた時か? いやあれはギリギリ耐えた。別の国との演習で催涙ガスを使われた時か? 刺激を感じた時点で防御して警告した。
色違いの癖に生意気だと難癖付けられて、金属入りの木剣にスキルまで使われて骨を折られた時か? 違う、泣いたらそれこそ思うつぼだと返り討ちにした。
『実家とか血筋とか、本人の意思以外の全ては知ったこっちゃないです』
じゃあ、何故、と、こらえる方法も心当たりも無かったところに、浮かぶ言葉があった。
『彼ら自身が自分の意思で望み選んだ事以外に優先するものなんて、ありません』
そう。
始祖を。最も敬い礼を尽くすべき相手を前に、あまりにもあっさりと、それでいてきっぱりと。
僅かたりとも譲ることなどあり得ないと。決して侵させはしないと。
実際そこに手を伸ばすなら、全力でもって叩き潰す。それが、確定事項としてそこにある言葉が。神に対する「宣誓」として、使われていた。
よりにもよって。俺相手に。
「…………は」
そこで、ようやく気が付いた。
大人達は腫れ物のように遠巻きにしたし、2人の兄はそれに倣い、弟と妹は俺が守る側だった。外で俺は「異例で隊長に任命された若者」だったし、部隊で行動している時は率いる側だ。
だから、あそこまではっきり、「守る」と……それこそ、他に縁を持った奴らと同じように、「大切にする」と。……「必要」だと。
決して言い逃れ出来ない場所で。言葉を翻すなんて可能性すら欠片もなく。あそこまできっぱりと、言葉にされたのは。
……初めてだったんだ。
「はは…………」
分かってしまえばもう止まらない。
守る側だった。守る側だと思っていた。
それを言い訳に、守られないのは仕方ないと思っていた。
何故なら俺は白いから。
黒い家族の中で、ただ1人。
言葉に出来ない疎外感が、気が付いた事で形になる。
俺が俺であるだけで居ていいのだと。
そう言ったのは、お嬢が初めてだった。
……それ以外には、誰も、誰からも、聞いていない。
隊長として能力があるから必要だと。兄としてよく面倒を見るから必要だと。
……もしかしたらその中に、隊長でも兄でもなくても良いのだという心も、あったのかもしれないが。
ようやくと実感できた「ここに居ていい」という安心感は。
慣れるまでに、まだかかりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます