昔日:小さな攻防戦

「ただいまー」


 家の奥に声だけかけて、おかえりー、という声を聞きながら部屋に引っ込む。鞄を手放すより先にパソコンのスイッチを入れて、ばさばさと大急ぎで制服を着替えた。

 晩御飯までの時間は限られている。今日は探索に行かず生産作業をお願いしていた筈だから、出来たアイテムで探索に行ってもらって……とかコトニワの事を考えながら、自分のブログを開いた。

 そしてそこにあるブログパーツ、『ワードガーデン』を表示させる。ドラッグで内部を移動して、黒い本……「ルール」と名前が表示されている住人をクリック。ログを表示してもらった。


「うわ、滅茶苦茶に攻撃されてる」


 ただそこに並んでいたのは、想像していたアイテムの生成ログではなく、小さなブログパーツの画面全部を埋める戦闘ログ……私の「庭」が攻撃されたという情報だった。

 たぶん見た目に変わってなかったから、上手く防衛は出来たんだろうけど。と思いながら1つずつ確認していく。


「……うわ……」


 げんなりした声が出てしまったその中身は、とある1人のプレイヤーによって、連続して攻撃されたという内容だ。知ってる。とても良く知ってる。なんなら「庭」のあるブログももうブックマークしている。

 プレイヤー名は「マリー」。猫の写真が頻繁に上がるブログを書いているこの人は、最近活躍しているうちの住人、ルセラルージュこと「ルセラ」が「庭」にいると、ほぼ確実に攻撃してくる人だ。

 対人戦で物を持って帰るには専用のアイテムを持ち込む必要があって、防衛出来たらそれは総取りとなる。だから、相手が落としていったアイテムを見れば狙いも分かるんだが……。


「やっぱりかー……」


 この「マリー」という人は、いつだって「ルセラ」一点狙いだ。探索に行ってもらったりしていなかったらスルーなので、とても分かりやすい。

 しかしそれにしても、頑張って設置した罠も全部使わされて、ほぼ丸裸だ。他の「庭」を攻撃するのは一応探索だからそれなりに時間がかかる筈なんだけど、暇なんだろうか。


「罠だってただじゃないんだぞー。……まぁ、運搬用の檻とか捕獲用のロープとかは材料になるから、いくらでも作れるんだけど」


 とりあえず罠の作り直しと設置しなおし……の前に、「ルール」と「ルセラ」を撫でて褒めよう。ハートとか音符出してくれるから可愛いんだ。






「首尾はどうかしら! あのくれないの君はいらっしゃって!?」

「申し訳ありませんお嬢様。今回もまた、罠で削られた上に攻撃を受け潰走、物資が尽きて攻略失敗です」

「まぁなんてこと」

「しかも「庭」の主が帰還する時刻になると、即座に罠が再設置の上、通路の構造が変更、遠距離武装が設置限度まで追加されました」

「流石ですわね。だからこそ燃えると言うものですわ! 次回はたっぷりと防御手段を持ち込んでチャレンジしますわよ!」

「承知しました。……ところでお嬢様、課題の方はどうなされましたか?」

「ふふん。もう終わりましたわ」

「流石ですお嬢様」

「おーっほっほっほ! 当たり前ですわ! 権利を行使するのはまず義務を果たしてから! かのくれないの君の主もブログに書いておりましたもの!」



「あれほど傍若無人で悪い意味で我が道を行っていたお嬢様が、立派になられて……!」

「まぁ小学生なんですけどねお嬢様。我々の忠言は聞かなかったのに、あの「くれないのきみ」とやらのご執心から、思いのほか良い影響が出てびっくり。これぞネットファンタジー」

「あなたはもう少し言葉を選びなさい」

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