別面:後悔を薪に

 初めてその姿を見たのは、いつだっただろうか。



 外に出る事がそこまで嫌では無かったから、相当に幼い頃の筈だ。実際、それと同じぐらいの時期に見たり聞いたりしていた筈の事は、ほとんど思い出せないか、とても朧気で詳細は分からない。

 だが、その姿だけは……その光景だけは、今もくっきりと鮮やかに、細部に至るまではっきりと思い出せる。それこそ、その記憶に残る姿と、現在の自分の姿を比べられる程度には。

 その時も。そこからも。少しでも早く剣を振るえるようになろうと、背伸びをするように自分を突き動かしたその感情は、言うなれば「憧れ」だったのだろう。



 けど。少しでも近づきたくて、手を伸ばして、ひたすらに走り続けたその先に待っていたのは、その憧れとは、比べる事も出来ない自分の姿だった。

 長じるにつれて、自分と家族がどうしようもなく違う事に気づかされる。その違いは、望んでいないのに家族との間に距離を作った。ならばせめて出来る限りは近づこうとしてみても、その距離は時間と共に開くばかりで。

 周りの声など聞かなければ良いのか、と、不愉快な声を意識から締め出して。積み上げれば届くのか、と、与えられた仕事を片端からこなし。剣だけで届かないのなら、と、出来る事、出来そうなことは何でもやって。時々手を伸ばされたような気もするけど、それも意識できない程に、走って、走って、走り続けて……いつの間にか、何の為に走っているのかすら、忘れてしまった。



 でも。

 無駄では無かったと、言えるようになった。

 ――無駄なんかじゃないと、一切迷いなく言い切ってくれる相手に、出会えた。



 だから向き合える。どんな存在にだって。たとえ世界が敵に回ったとしても、最期が来る瞬間まで膝をつく事は無い。だろう、ではなく、言い切れる。断言できる。貰った言葉と同じように、僅かにも揺れる事なく、立ち続けられる。

 迷う事も、悩む事も、立ち尽くす事も……心が折れる事も。過去に、やり尽くした。あぁそうだ。だから無駄じゃない。無駄じゃ無かった。何せ散々やり尽くした後だ。どうなったらそうなるのかも、そうしたくなるのかも、そうせずに済むのかも、全部分かり切っている。

 1人置いていかれるような絶望も。先なんて見えもしない無力感も。……どうせこんな自分程度では何も出来やしないという諦観も。知っている。分かっている。それこそ、染み付いてしまって取れない程に。


「だから」


 構えを取る。ようやく長く伸ばす決心がついた髪を後ろに払って、正面の姿へと。幼心に鮮烈な憧れを覚え、決して追いつく事など出来ないと絶望し……開いた距離が、元々理解し辛い態度を、更に悪化させてきた、その姿を。

 知っている。よく知っている。鏡写しと言われるほどによく似ている事を。当たり前だ。だって、あの姿になりたくて剣を振り続けてきたのだから。細かい癖も、動作の滑らかさも、全部知っている。ひたすらに、それしか見ずに追いかけ続けてきたんだから。

 勝てるとは思っていない。何せ地力が違う。重ねた年月と言う名の経験は、どうしようもなく埋められない。……だが、勝つ必要もない。そういう風に持っていった。仕事として問題児たちを纏めて来た経験が、交渉事についての有利をくれた。負けなければ良い。がむしゃらに走り続けて来た過去が、粘り強さだけに関しては負けないという自信をくれた。


『何を言っているんですエルル。笑顔というのは、「牙を剥く」動作が大元なんですよ?』


 そして。それを全部、「俺の力だ」と言い切ってくれた、その声が、覚悟をくれた。


『故に。笑顔とは、そもそもからして攻撃的なものなのです。ですので、戦う時に笑うのは、何もおかしくありません』


 …………その理屈はおかしい。と、流石にその時は声に出したが。

 実際に口の端を持ち上げてみると、なるほど確かに、最後の迷いを断ち切るには丁度いい。


「悪いが、この話……認めてもらうぞ、父上!!」


 倒れず、折れず、揺らがず。心底から「そこに居たい」と願った場所に、立ち続ける為に。

 かつての憧れにして、今の自分になった原点へ。

 長じるにつれ、傷が増えるごとに、高く分厚く、重苦しい壁のようにすら感じるようになった存在へ。



 全力で。――「敵」として、刃を向けた。

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