別面:とある可愛い好きの毎日

 昔から、可愛いものが好きだった。

 戦隊ヒーローの人形よりふわふわのぬいぐるみが欲しかったし、野球グローブより手芸セットの方が嬉しかった。

 親からは困った顔をされたし、友達……に、なりそこねたクラスメート達からは変な物を見る目を向けられたが、一切興味が湧かない遊びを楽しそうにするのは無理がある。結果、周囲からは珍獣を見るような目で見られ、腫れ物に対する様な距離感を置かれる子供時代を過ごす事になった。

 まぁそれを後悔しているかと言われれば一切していないし、趣味嗜好が合う人間が居なかったのだから仕方ないと割り切っている。


「別に、異性に興味がない訳じゃ無いんだけどな」

「お前の場合着飾り目的が先に来るだろ」

「まぁ確かにそれもあるんだけどさ」

「女子からすれば結構ショックらしいぞー? 美的感覚、特に可愛いってのに関して男に負けるの」

「別に勝負は……いや、してる事になるのか。そうか」

「そこで理解できる辺りやっぱお前女子なんじゃね?」


 なるほど。通りで妹達が、ファッションについて相談してきては話の終わり辺りで大変悔しそうにする訳だ。現状唯一普段から連絡を取り合う肉親の行動に納得がいった。

 大学2年目という一番時間が有り余っている時期の放課後を、高校からの友人と共にそんな話をして過ごす。万人に理解してもらう必要は無い。そして、完全に理解してもらう必要もない。ただ最低限踏み込んではならない部分を知って、そういう趣味嗜好と性格であるという事を把握すれば、友人と言う枠で付き合う事はそう難しくは無い。それを教えてくれた相手だ。

 ……まぁ、モテたいと言いながら女子の地雷を狙っているのかという勢いで踏み抜き続ける友人の性格が割と特殊な部類に入るというのもあるだろうが。褒めろと言えば煽るし、細かい所に気付けと言えば粗探しになるし、もう黙れと言えば必要な事すら喋らないこの友人に彼女が出来る日は来るのだろうか……。


「うん? どーした?」

「いや、何でもない」


 思わず哀れみの目を向けてしまったが、すっと逸らした。うん。きっとその辺何も気にしない、そんな理想の女性が現れる筈だ。たぶん。恐らく。

 視線を逸らしたついでに残りが半分を切っている缶コーヒーを飲む。寒くなって来たから少しでも暖を取ろうと思って選んだが、思った以上に苦い。大人しくコーンポタージュにしとくんだった。

 これは帰ったら口直しと現実での修行ついでにクッキーでも焼くか、とか考えていると、ポケットから振動が伝わって来た。何だ、と思って見れば、ルームシェア相手からのメールだ。件名は……「緊急!!!!!!!」。

 滅多にない緊迫感溢れる件名に、即座に本文を開く。一瞬で開く筈のその画面は、今日に限って数秒の間沈黙していた。随分と重いな、と思いながら展開を待ち、自動的に再生されたものが動画であると知って納得。


「お? あぁ、あのゲームか。なにこれ、CM?」

「あぁ。先月までとは違うバージョンが出たらしいな」

「へー。どうなんだよこのゲーム」

「相当楽しいぞ。中で合流は出来ないけどな」

「マジかー。俺は第二陣応募も落ちたからなー」


 横から覗き込んで来た友人とそんな会話をしながら動画を見る。確かにCMとしての出来は良いが、これのどこがあの件名に繋がるのか……と思ったあたりで、2度目のタイトルコール。そこ後ろにくっ付いた「販売中!」という音声に、友人が小さく声を上げた。


「そっか一般発売今日からか! これは並んででも買いに走った方がいいな! って訳でこれから時間あ」

「すまん、今日は帰る」

「お、おう?」


 がっ、と残ったコーヒーを味も温度も感じず喉の奥に流し込み、そのまま流れるように販売機横のゴミ箱に叩き込む。そのまま友人への挨拶もそこそこに、全力で家への道をひた走った。

 幸いと言うべきか途中で信号に掴まるという事もほとんどなく、滑り込むようにしてルームシェア中のマンションの一室へと辿り着いた。防犯と防音にはこだわりたく、しかし家賃は抑えたいという葛藤の末に決めた、1人だとちょっと生活が厳しい、狭くて高い部屋だ。


「メールを確認した、録画は!?」

「ばっちり! シークレット付きのキーホルダーは!?」

「ガチャを当てるコツは当たるまで回すことだ! 何ならバイトを増やす!」

「オッケー!」


 玄関への鍵だけはしっかりとかけて、防寒の為の分厚いコートを素早く脱ぎつつ部屋の中に声をかける。普段はおっとりというか弱気が抜けない感じで、素材は良いのに眼鏡と前髪と少しサイズの大きい服で自分を隠そうとするルームシェア相手は、今ばかりはよく見れば大きな目を輝かせて応じて来た。

 確かに緊急事態だ。むしろ祭りだ。最速で、しかし手を抜かずに手を洗ってうがいをし、自分用の端末を起動する。古巣と言う名の同志達が集まるページを開くと、そこではもう既に盛大な祭り状態になっていた。

 そこに同じくコメントを書き込んで、それに対する反応を読む。そうしながら、ルームシェア相手、兼、最高の同志である相方の分のゲーム用VR機器を起動しておいた。今日は早めにログインしなければならないだろう。何せ祭りだ。伝えなければ。この喜びを、むしろ歓喜を、全力での祝福を!


「注文完了したわ!」

「お疲れ様。そしてさっき同志から連絡があった。横断幕を作ったから大神殿経由で送る、と」

「流石、分かってるわね」


 うんうん、と頷く相方と共にログインの態勢に入る。やる事が多い。時間が足りない。それの何て幸せな事か。

 嫌いな物は嫌いだし、好きな物は好きだし、趣味は趣味だ。それが周囲のそれと合うか合わないか、それだけでこうも毎日の彩度が変わるとは。


「「『フリーオール・アドバンチュア・オンライン』、ログイン――!」」


 声を揃えて異世界へ向かう。

 あぁ全く、この「異世界」にも、その先にあった出会いにも、運命という名の偶然にも、その全てに。

 今は心底の、感謝しかない。

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