昔日:“幼馴染”の始まり

「キミがしゅばるつの色違いっ子かい!?」

「……シュヴァルツ、だ」


 届かない。至れない。どれほど剣を振っても、身体を鍛えても、置いて行かれる感覚から逃げられない。それでも他にやれる事なんて思いつかず、防壁ギリギリにある山までこっそり抜け出して、身体への反動なんて知った事かと剣を振り続けていたところに、場違いなほど明るい声が掛けられた。

 気配を隠す気も無いのか、それとも気配を隠すという行動をしたことが無いのか、一直線に近づいてきているのはとっくに分かっていた。その来た方向が街の方だったから、後は自分の家族や知り合いでもないのが分かっていたから無視していただけで。

 汗で張り付いて視界に入ろうとする、うっとうしい色の髪を雑に振り払って視線を向ける。そこにいたのは、俺と同じ見習い用の鍛錬服を着た、黒い髪に青い目の、今の俺より少し背の低い子供だった。


「しゅば、しゅ……しゅ、ヴァ! シュ、ヴァ、ルツ! うん! 難しいな!?」

「そっちも似たようなもんだろ。で、ヴァイスのとこの末っ子が何の用だ」

「そうか、うちと音は一緒なのか! しゅ――ヴァルツ! シュヴァルツ! あっ言えた!」


 ……正直、何だこいつ、という感想しか出てこない。というかそもそも、1人で来たのだろうか。普段は家族の誰かが必ず近くに居て、俺にもよく向けられる「色違い」という言葉に良くない感情を乗せる奴や、妙な目で見る奴を全力で威嚇している筈なんだが。

 一応、周囲の気配を探って警戒する。防壁が近くにあって、普段大人達が警戒しているから、モンスターも動物も、普通は近寄ってこない。それでも時々、防壁近くまでやって来る奴がいる、というのは聞いている。こんな大声を出して、子供の気配を隠す事もしなければ、余計な刺激にしかならないだろう。

 幸いそういう気配はなく、それでも無視して素振りに戻る訳にも行かず、仕方なくこいつを追い返すまでは休憩にする事にして汗をぬぐう。


「で、こんなとこまでわざわざ、何の用だ」

「あぁそうそう! 何の用かと言われれば、それはもちろん! 友達になろう!」


 そして、何故かやたらと自信満々に、快諾以外の返事がある訳ないと信じ切っている顔で、そんな事を言われて。

 ……真っ先に覚えたのは、苛立ちだ。次いで疑問。その程度の用か、と、何で俺だ? という、その行動原理が全く分からないからの感情。


「…………「友人」なら、家族公認のがいくらでもいるだろうが。そっちと遊んどけ」

「えっ、やだ! ボクはキミと友達になりたいんだ!」


 時間の無駄だ、と割り切って断った筈の言葉に、何故か全力の否定が返ってくる。ここで、は? と、感情全開の言葉を返さなかっただけ、まだ落ち着いた対応が出来た方だっただろう。


「だってキミも「色違い」だろう!? 一緒だ! だからきっと、最高の友達になれる!」


 が。

 その調子のまま続いた言葉に……ブチッ、と、自分の中で何かが切れる音を聞いた。

 まかり間違っても誇ることなど有り得ない、一切混じりけなしの忌み名。嫌悪と侮蔑を含んで口にされる呼び名。あぁ確かに、目の前のこいつは守られているのだろう。だからその名を、どういう風に教えられているかは分からないが、誇る、とまではいかずとも、堂々と口に出来るのだろう。性格の1つや、身長の高低を指すように、ただの特徴として。


「断る」

「なんでっ!?」

「俺はその呼ばれ方が嫌いだ。そう呼ぶ奴と仲良くなんてできるか」


 ぽかん、と口を開けた顔から視線を切り、水を一気飲みして身体の向きも変える。休憩にはもう十分な時間が経った。鍛錬に戻ろう。これ以上は時間の無駄だ。それでなくても俺は出来が悪くて、何倍も努力してようやく足を引っ張らない程度にしかなれないんだから。


「わ、わ、悪かった! そこまで気にしてるとは思ってなかったんだ! だっていつも何を言われても聞こえてないみたいに、顔色1つ変えないから……っ!」


 反応して見せた所で、その反応をこそ楽しみにしてる相手には逆効果だ。下手に面白がられるより、つまらない奴だと思われるぐらいで丁度いい。本当は、その呼び方をした奴を片っ端から叩きのめしたいが、それが出来る程の力が無い。だから全部呑み込んで、凍らせて、「言ったところで無駄」だと思わせるしかない。

 その後も「実は前からキミの事が気になっていて」とか「手合わせの場だと兄様が近づけさせてくれなくて」とか聞こえた気もするが、無視して剣を振り続けた。手ほどきを受けた型通りに、しっかりと地面を踏みしめて固く締めるように。基礎が出来なくて、他の何かが出来ると思うな。数少ない言葉による教えを浮かべながら。

 やがてわちゃわちゃと慌てた調子で聞こえていた声も聞こえなくなって、ようやく諦めて帰ったか、と、思考の隅で思った、その時。


「よし、それならこうしよう! ボクとキミとで勝負して、ボクが勝ったら友達になってもらう!」

「……は?」


 俺が今持っているのと同じ、訓練用のものだろう。子供の身体に合わせられた槍を持って、そいつが正面に立った。流石にそうまでされれば目を向けざるを得ない。というか、待て。なんだそれは。


「絶対に勝って友達になって貰うからな! いざ勝負だーっ!!」

「おい待て何だその理屈はっ!? いや理屈にすらなってないだろうがっ!?」


 他にも言いたい事はあったが、意外と鋭い動きで槍が突き込まれて慌てて受ける。真っすぐ受けると、軽く足が地面から浮いた。子供の身体は軽い、それは嫌と言うほど知っていたが、こんな時にも足を引っ張るらしい。

 すぐに地面を捉え直して槍の穂先を滑らせて横へと流す。勢いをつけすぎたのか、バランスを崩して勝手に前へ転びかけたその背中に、多少は加減したがそこそこ良い勢いで剣の腹を叩き込んだ。


「痛い!?」

「そりゃ痛いだろうな。ほら、俺の勝ちだ」

「負けた! 強いな!」

「んな訳があるか」


 どっちかというとお前が弱いんだよ。というところまでは言い切らず、剣を下ろして立つのを待つ。加減したから大丈夫だとは思うが……と思っていたら、その場で跳ねるように起き上がった。元気だな。


「……で? この勝負で、俺が勝った場合ってどう――」

「もう1回だ!」

「…………いやだから、勝負はつい――」

「いくぞっ! てりゃーっ!!」

「話を聞け!?」


 もちろんすぐに一撃を入れて勝ったが、加減したのが悪かったのかそれとも元々とびきり頑丈なのか、即座に立ち直っては結局日が暮れるまで勝負を挑まれ続けた。

 ……そして、その時の俺は知らない。その後もこいつ……アレクサーニャ・ダスク・ヴァイスは事あるごとに俺に勝負を挑んできて、勝負に勝っていないからか律儀に「友人」とは言わなかったものの、それと同然の「幼馴染」という呼称を、これも勝手に周囲へ言いふらしていく事を。




「へー、そんな事が。ちなみにその勝負って今はどうなってるんです?」

「残念ながらまだ1回も勝ててないんだよ……! 正面から勝って、堂々と「親友」って名乗りたいのに!!」

「おい、内容が変わってるぞ」

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