幕間:月の雫は空を想う
ずっとずっと、この狭い場所で過ごしてきた。
激しい流れに浚われないように岩にしがみつき、鋭い牙の持ち主たちに見つからないように息をひそめ、岩の隙間に溜まった泥のような物を食べて過ごす。それが此処での「当たり前」。
死にたくない。生きていたい。ただそれだけを考えて過ごす日々。つまらないとか退屈とか、そんな事を考えている余裕なんてない。
……だから時々。本当に時々。この狭い場所にまで届く「それ」が好きだった。
「それ」が届く時だけは、普段は恐ろしいだけの激しい流れも美しいと感じる事が出来た。岩の隙間に溜まる前の泥のような物が流れに乗って踊る様すら見事だと感じられた。普段は硬い堅い殻に隠している顔を出してしまうほどに。
もちろん鋭い牙の持ち主たちに見つかれば一溜りもない。それでも顔を出してしまう。それほどに「それ」は、生きる意味とすら感じられるほどに素晴らしかった。
「それ」はいつも上から届く。触れることは出来ず、見る事しか出来ない。しかし、もしあの激しい流れの更に上に行くことが出来れば、「それ」をもっともっと見ていられるのだろうか。
あぁ、でも、そんな夢は叶いそうにない。
この間一際激しい流れが来た時に、小石が身体に入り込んでしまった。今は痛みは無いが、代わりに酷い異物感がある。外へ吐き出すことが出来ないそれは、緩やかに身体を内側から押し潰し、静かに命の終わりを持って来るだろう。
だから恐らく、これが最後。
タイミングとしては奇跡のように降って来た「それ」を見上げて、夢を思い出す。もっともっと生きたかった。「それ」をもっと見ていたかった。こんな暗く狭く冷たい場所ではなく、「それ」がもっとたくさんある場所に行ってみたかった。
……そんな事を思った罰だろうか。
「それ」がふいに遮られる。見えなくなる。それは、鋭い牙の持ち主がやって来たという事だ。慌てて顔を引っ込めるが――遅かった。
べりべり、ばきり。
そんな音を立てて、狭い隙間から無理矢理に引き剥がされる。こんな強い力があるなら、いくら硬い殻があったって無駄だ。たぶんすぐに、殻ごと鋭い牙と強い力で、食われるだろう。
……最期に見れて良かった。
身体の中に大きな異物を抱えて、殻をしっかりと閉じながら、命の終わりが来た事を悟って……少しでも痛くないように、気絶した。
「ヌーシー! ヌシ! 何か見つけたヨー!」
「おやルウ。それは……でかい貝ですね」
「いつも食べてるのとは何か違うやツ!」
「へぇそれは。この辺特有の種類でしょうか。とりあえず【鑑定】して……おや」
「?」
「ルウ、ちょっとそれ確保で。食べちゃダメです。カバーさんも呼んできましょう」
「食べなイ?」
「はい。食べるより飼った方がよさそうです。あぁ、ルウ。大変お手柄ですよ」
「ヤッター!」
……はっ、と気が付くと、今までいた岩の隙間とは全く違う場所に居た。それどころか、いつもは極稀にしか届くことが無かった「それ」が、周囲一杯に燦々と降ってきている。
食われたのではなかったか、と、そろりと顔を出そうとして、気が付いた。体にあった大きな違和感が、随分小さくなっている。
訳が分からない。が、どうやら食べられた訳ではないらしい。殻もちゃんとあるし、大きな違和感があった場所が少し痛いが、小石が身体に入ってしまった時に比べれば随分とマシだ。
それになにより、「それ」が溢れるようにあるし……激しい流れはあるが、何かとても細いが頑丈な物で支えられているから、流される気が少しもしない。
何が起こったのかは全く分からない。が、どうやら食われた訳ではないし、命を脅かしていた違和感は小さくなっているし、何故か思い描いていた夢も叶っている。
……何が起こったんだろう。
とりあえず全く訳は分からないが、何だかお腹がすいたので、流れに乗って踊るように流れて来た泥のような物を食べる事にした。
プチ解説
「それ」=海に差し込む光
視点主=真珠貝
違和感=前半は真珠。後半は真珠核
泥のような物=プランクトンの類
つまり?
ルウが真珠貝を持って帰って来たから真珠貝の養殖が出来るようになったよ
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