別面:「エモーションの指輪」
困ったというか戸惑った様子のヘルトが俺のところを訪ねてきたのは、不死族の捜索にようやく終わりが見えてきた辺りの事だった。実年齢を抜かされてしまったどころではないが、それでもまぁ弟は弟だ。
お嬢も引き上げてきて休んだ直後だった事もあり、とりあえず話を聞いてみたんだが……。
「父上の様子がおかしい? それは俺じゃなくて、カイル兄上かディー兄上に聞いた方がいいと思うが」
「聞いても、兄上達もさっぱり原因が分からない、と……」
「母上は?」
「知っているようでしたが、その、父上の様子の話になると、話が出来ない状態になってしまわれるというか」
何だかヘルト自身も妙に歯切れが悪い気がするが、様子がおかしい、と、言われても、もうそういう仮面でも被ってるんじゃないかと思う程表情の変わらない顔しか思い浮かばない。声の調子もどんな時だって低く重く淡々としているし、正直、様子がおかしいと言われてもどうなっているのか全く想像できない。
しかし、次期当主として直接指導を受けていたカイル兄上と、そのサポート兼万が一として同じ指導内容を修めていたディー兄上が分からないとなると、俺ではまず分からないだろう。そもそも何年もろくに帰ってすら……あぁいや、今の独立部隊への異動と、【成熟体】へ進化した報告には行ったか。
だがその時は何も、ほんっっっとうに何も変化は無かった筈だ。何故か独立部隊への異動を認めてくれなかったのでその時は剣を交わすことになったが、眉間にしわが増えたかどうかぐらいしか違いは無かった。
「で、結局何で俺なんだ?」
「その。……父上の様子がおかしくなった原因が、どうも召喚者関連らしいようで……」
「……あぁ、なるほど。そっちか」
という感じで、俺はまぁ、自分で言うのもなんだが、実家及び親、たぶん兄弟姉妹ともなかなか遠い。姉はいないけどな。こうして慕ってくれているヘルトが例外だ。
その原因は大体全部俺が白い鱗を持って生まれたからなんだが……まぁ、今はいい。時間は出来た。だから…………母上とぐらいは、まぁ、普通に話しぐらいは出来るように、な……らなくもない、かも、知れない。
考えが逸れた。違う。今は父上の様子がおかしいって話だ。全く想像は出来ないが。
「確かに召喚者とのかかわりは俺が一番か。……で、ヘルト。その調子だと、どう様子がおかしいかはもう見てきたんじゃないのか?」
「…………様子がおかしい、としか言いようがないというか。たぶんあれは見ないと分からないというか……」
そんな事を言いながら、ヘルトは目を逸らしている。さっぱり分からないが、見ないと分からない、という事は……会いに行くしかないか。
幸い俺はお嬢と同じ移動方法が使えるから、場所によっては飛んで移動するよりも早く移動できる。それに空を移動してると色々騒ぎになるから、目立ちたくない時にも便利だ。
もしかしたら、今の俺なら空を飛んでても気付かれないかもしれないが。召喚者に関して、当主……じゃない。先々代当主とはいえ、シュヴァルツ家の問題が外に漏れて広がるのは阻止した方がいいだろう。
しかしそれにしても、見ないと分からないおかしな様子ってなんだ……? と思いながら、思っていた以上に速い再びの帰省に内心息を吐きつつ、父上に会った訳だが。
「………………」
頭が痛い。
いや、分かった。確かにこれは見ないと分からない。ヘルトがあそこまで言い淀んでいた理由が、今、実際に会ってみて、とてもよく分かった。
母上とも同時に会ったが、「話が出来る状態じゃない」というのもまたよく分かった。あぁ、うん。確かにこれは、兄上達では対処できない。
何故かと言えば。
「…………父上」
「何だ」
「……頭上から肩にかけて、何か、非常に主張の激しい幻覚が見えるんだが」
「問題はない」
問題があるから言ってるんだ……!!
と、正面から言える訳もない。そうだな。これは俺でないと、解決どころかまともに話を聞いて経緯を確認する事も出来ないな。
父上自身は相変わらずだった。ピクリとも動かない無表情のままだ。今は眉間のしわは無いようだが、だからどうしたという程度の違いでしかない。
…………その後ろに、明るい色の花がこれでもかと咲き誇ってなければ、な!!
しかもその中に混ざって旗のようなものが見えるが、何だあれは。というかそこに書いてある文章が「祝・エルルリージェから話しかけられた記念」とか「おかえり可愛い息子」とか「進化おめでとう」とか、今までの父上のイメージからすると真反対と言っていい物ばかりなんだが……!
あと花の隙間からぱんぱんと小さい音と一緒に紙吹雪が出てくるやつ、それ確かお嬢の世界にある「くらっかー」ってやつだろ。何でそれが止まる様子もなく鳴り続けてるんだ……!
頭が痛い。ものすごく頭が痛い。具体的にはお嬢がやらかした時と同じ方向で!
「……母上」
「んっ、ふ、ふふっ、ふっ、ごめんなさいねエルルリージェちょっと待って頂戴っふふふ……っ!」
なお、母上はそんな父上の横で、ずっとこの調子だ。なるほど確かに話を聞くどころじゃないな。笑い過ぎだ。必死で抑え込んでるようだが笑い過ぎだ。
そして父上。俺が母上に話を振ったところで咲き乱れていた花が半分青い縦線と嵐のような雨に変わったんだがどういう事だ。いやいい。言わなくていい。なんというか今までのイメージとかけ離れすぎてて聞きたくない……!
が。ここで聞けるのは、大体はお嬢のやらかしとよく分からん言動に慣れてる俺だけなんだろう。頭が痛い。本当に頭が痛い。どうしてこうなった。たぶんどこかの召喚者のせいなんだろうが。
「ついこの間まで、そんな幻影は、無かったと思うんだが?」
「あぁ」
「……いつからか、聞いてもいいか?」
「数日前からだ」
そして俺が話を戻すと再び満開に咲き誇る花の群れ。「エルルリージェが会話してくれた記念日」とかいう旗を増やすな。というか父上的にこれは会話が成立してるのか? これが会話でいいのか? それ以前の何かにしか思えないんだが?
その後もずっとこの調子だったから本当に頭が痛い。本気で頭痛が辛くなってきたら、その様子を見た母上は笑い過ぎで呼吸困難になりかけるし、父上の後ろには俺を心配する文言の旗がぽこぽこと生えてくれるし。父上のせいなんだが?
が。ともかく。どうにか、理由は分からないが原因は分かった。
「――――召喚者の1人が、感情に合わせて幻影が出る装備を大神から頂いた、という話を聞いて。その本人に会って交渉し、その装備を、父上用に貰ってもらい、譲り受けた、と。そういう事でいいのか、父上」
「そうだ」
だから。
ぽぽぽん、と「くらっかー」を連続で鳴らしつつ「息子が賢い」「いい子」「自慢の息子」とかいう旗を乱立させるな!! 何かが一気に削れる!!
ちなみに後日お嬢に確認したところ、召喚元の通貨を大神に捧げる事で貰える、非常に特殊な装備の1つだったようだ。他の装備と干渉せず、その幻影を見せる相手も選べるらしい。
ただし基本的には他人へ譲渡できない。何故それが父上の手に渡ったのかは分からないが、お嬢曰く、そういう特殊な装備をこちらの世界に持ち込む場合、一度だけなら誰かに譲渡する事が出来るんじゃないか、との事だった。
「……エルル、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」
「大丈夫だ」
「大丈夫ではない様子だから言ってるんですけど。自主的に休まないと休息命令を出しますよ」
「命令を脅しに使うな」
そりゃ流石にな。本当に頭が痛い。
……ただただひたすら厳しくて冷淡で。声をかけられる事すら稀、10文字以上喋る事もめったになく、あらゆる意味で厳格であり隙のない、それこそ聳え立つ壁のような。それが俺の父上に対する印象だ。
それが。それが…………。
「……ただのドと超がつく不器用だったとか、今更受け入れられるか……っ!」
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