別面:その頃エルル4
最初の内は押さえ込む、というか、ルフィルメーニャの置き土産である罠を活用しても後ろに下がらないだけで精一杯だったようだが、もうちょっとできそうな応援が来てからは比較的順調に進んだようだ。
それでも途中で追加の生贄、という名の被害者が出たらしく、巨人が出るようになったり、武器を装備して出てくるようになったりしたが。最終的に、巨人がその大きさに相応の武器を構えて出てきた時は随分と動きが慌てているように見えたな。
「っふー……。全く、意外と数がいるもんだ」
もっとも、ずっとそちらを見れていた訳じゃない。そこそこの頻度でこの場所に近づいてくる気配があったから、警戒して、威嚇して、それでも襲い掛かってきた分には「転移門」に近づけないように戦う必要があった。
黒づくめだが、その全てが召喚者だったらしく転がる骸は1つもない。本当に、命を惜しまず掛かってきて、実際死なない相手と言うのは厄介だな。
お嬢の話や周りに聞いた分だと、召喚者とはいえ何も背負わず復活する事は出来ない筈なんだが、たぶん同じ奴を3回は斬ったぞ。復活先で情報を共有しているのか、数が段々と増えてきて、そこそこ連携してくるものだから重ねて厄介だった。
「……?」
警戒は続けながら折れた刀をインベントリに収め、別の物を取り出しておく。そろそろ打ち直しの為に鬼族の街へ行かないといけないか、と思っている間に、どうやら町の方では召喚者達が再度内部へ突入したところだったようだ。
ちりちり、と嫌な気配がした気がしたんだが、何だったんだ――と、思う間もなく、再び空気が塗り替わるような感覚があった。神域からあふれ出す、神域の空気はきっちり抑え込まれている筈なのにだ。
何事だ、と町の方を見ると……。
「……うわ」
今まで出ていた巨人が小さく思える程の巨躯が、町の中心に立っていた。全体としては人の形をしているのに、手と足の数が違うだけでここまで悍ましくなる物なのか。それとも、邪神の眷属という特殊性がそう感じさせるのか。
とにかく、あれはあのままではどうにもならないだろう。というか、一歩でも動かれたら、せっかくお嬢たちが町を出来るだけそのまま残そうとした努力が無駄になる。
空を見上げる。そして前を見る。おあつらえ向き、というべきだろう。俺以外の家族が持つ、俺も本来なら持っていた筈の、黒い闇で周囲は塗り潰されていた。
「えーと、フッダー……だったか。確認だが、儀式として利用されるのは、儀式場になっている場所の「中」に攻撃が当たった場合、なんだよな?」
「はい。着弾地点が儀式場の中であった場合ですね。副次的な効果も利用されますが、例えば「上空を通り過ぎるだけ」なら利用はされない事が確認されています」
「そっか。じゃ、ちょっとアレの足元の奴らに気を付けるように言ってくれ。それと自分自身と「転移門」の防御も頼む」
「分かりました」
こっちの思考を読んでいるのかと思うほど的確な答えが返ってくる。まぁ、何にせよ、問題が無いなら動くしかないだろう。覚悟を決めて、背中に背負う大剣から鞘を外す。
邪魔にならないよう鞘は戻して、刃を体の左側へ。距離があるから、威力も周辺被害が出ない程度には減衰する筈だ。
その「型」を思い出すのに釣られて出てくる記憶に、浅くなりかけた呼吸を意識して深いものにかえる。大丈夫だ。色は真逆でも、この身に流れる血は、それを証明する血脈スキルは、紛れもなく「資格」がある事を示している。大丈夫だ。
「っふ――――」
柄を両手で握る。最後に「型」の練習をしたのはいつだ? 考えるな。実際に使えた回数は? 考えるな。使えた時ですらその威力は? 考えるな……!
当てる。アレを斬る。それだけだ。それだけを考えろ。少なくとも、今すぐこの場でやらなきゃ町に被害が出る。あれでお嬢は随分と「被害者」に優しい。帰る場所が、原形の残らない程壊れたなんて、絶対気にする。
だから、今、ここで、アレだけはどうにかしなきゃいけない。そして、それが出来るのは……俺だけだ。
「――[夜は全てを覆い塞いで隠す帳]」
随分と久しぶりに感じるその言葉を、音にする声が震えている。失敗した時の事なんて考えるな。他に居ない。だから当てる。それだけを考えろ……!
「[善良なる者には幸福な眠りを
中庸なる者には憩いの一時を
邪悪なる者には恐怖の暗闇を]」
いくら抑えても声が震える。狙いが定まらないから、手も震える。
……ダメか。そんな考えがよぎった。
『エルルは何でも出来る系のイケメンエリート軍ドラゴンですからね!』
ぱちん、と。
泡が弾けるように、そんな声が浮かんだ。
何故かやたらと自慢げに、誇らしげに、胸を張って。
言われた時は、いや今も半分以上理解できず、何だそれ。としか思わなかったが。
「[夜に属してその身に黒を纏う者
闇に溶けてその爪を振るう者
影となって邪悪に牙を剥く者]」
不思議と、手も、声も、震えが収まった。
狙うべき先がよく見える。斬るべき場所がよく分かる。
いつも、「型」を思い出すたびに湧き上がって来た声たちが、聞こえない。
「[この身は闇に乗じる悪を裁く断罪者
この血は朝陽までの時を担う守護者
月と星が隠れようとも
黒き闇は決して狙うべき者を逃さない]」
ぐ、と。手に、まともに力がこもった。
身体を捻る。大振りに、刃を自分の背中にまで回すように振りかぶる。
思い切り、それこそ加減など考えず、扱える限りの魔力を剣へと流し込んだ。
「[シュヴァルツ流剣術・基型]――」
よくやらかした暴走の予兆は無い。
魔力の制御で手一杯になる事も無い。
身体も、いつもよりずっと滑らかに動いた。
「――[ナクツクァート]!」
いつもなら、手ごたえというか、反動というか。主に周辺被害と自分の怪我、という形で出る筈のそれらは、今回一切出なかった。後ろで備えてくれていただろう2人は、拍子抜けしたかもしれない。
というか、俺も自分で驚いている。何せ、こんなに「綺麗」に放てたのは、これが初めてだからだ。
……あれ? もしかして不発になったか? 気合を入れ過ぎて空回った? なんて考えがよぎるが、左から右へ剣を振り抜いた感触と、ごそっと減った魔力は、少なくとも単純な不発ではない事を示している。
「――あ」
後ろから聞こえた、どこか呆然としたような声に、自分の手に落としていた視線を前へと戻す。その視線の先で。
聳えるような巨躯が……ずるり、と、滑るように、半分になった。
「……あ、ヤベ。結局町に被害が出たんじゃないか、これ……」
つい口を突いて出て来た言葉は自分でも分かるほど呑気な物で……「型」を使ったにしてはやけに軽い自分の心を、安心しつつも持て余しながら、俺は振り切った大剣を鞘に納めた。
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