別面:その頃エルル3

「っ、すみません! 至急全員、「転移門」の近くに集合してください!」


 月が出ていれば天頂から少し傾いた頃か。誘拐、と言う名の救出がひと段落付き、撤退の準備を進め出した辺りから続けて届いた悪い知らせ。それに応じてルフィルメーニャが町の周りを罠だらけにしたり、式神使いのカナが周辺を探っていたりしたが、どうやら完全に阻止することは出来なかったようだ。

 一応状況は聞いていたが、いいように踊らされているな、というのが正直な感想だ。お嬢が「手腕だけは確かなんですよね、特に人心掌握に関して」と言っていたが、こういう事か。

 もちろんとっくに人間種族の団体は町への道を確保して、門をこじ開けて中に入りにかかっている。その中でこの警告となれば、大体何が起こったかぐらいは読める。


「っち、阻止できなかったか!」

「いやぁあれは無理があるメェ。物資はともかく時間があと丸1日ぐらいないとちょっと阻止は厳しいメェ」


 万が一、の場合は、空間の穴を斬らなきゃいけない。そしてそんな無理が利くのは、多分この中では俺だけだろう。ぐ、と背中の、本来の得物である大剣に手をかける。

 ちり、とこうなった経緯が頭によぎるがそれは振り払い、門の向こうへと召喚者達(らしい)が姿を消すのを見つつ集中。たぶん「集合」というからには対策は取っているんだろうが……。


「……ん?」

「メ?」

「あら……」


 ぞろぞろ、と門の向こうに入っていく行列が半分を越えた所で、リィン、と透き通った鈴の音が聞こえた気がした。どうやら空耳ではなかったらしく、フッダーを除いたあと2人も反応している。

 リィン、リィン、と続いた鈴の音は、最後に一度長く伸びた。それに合わせて、「転移門」の向こうから、空間の穴を通り、そこを含めて、空気自体が塗り替わっていくような感覚がある。

 お嬢の【王権領域】にも似たこれは、恐らく防御……なのだろう。邪神の儀式を阻止できない為に、そこからの影響を阻止する為の。


「……って事は……お嬢が前に出る理由言い訳になりかねない……っ!」

「エルルさんほんと心配性だメェ。流石子守りドラゴンさんだメェ」

「誰が子守りだ。護衛だ護衛」

「メメメ~」


 断じて子守りではない。いやお嬢自身「実質育ててくれた」とか言っていたがあれは他に誰もいなかったからであってだな。俺しかいなかったから俺がやっていただけで他に選択肢があったらそっちを選んでいただろうし。というかお嬢の場合、その生活ぶりが皇族としてはあるまじき状態であっても自活自体はしてただろうしだな。

 違う。今はお嬢の主に食べ物関係の問題を思い出してる場合じゃない。邪神の儀式だ。あの闇の柱、前に渡鯨族の港町で見たのと空気が大分近いな。

 まぁ邪神の儀式には違いないだろうから、その内容は違っても感じる空気は近くて正解なんだろうが。……それは分かっても、「転移門」に変化は無い。防御は成功したと見ていいだろう。


「……問題は、ここから打って出る事も出来ないって事だが」

「それなのですが、カナさんとエルルさんはこのまま現状待機、兼「転移門」の防衛を、ルフィルさんは戻って虫下し及び回復薬の作成に参加してほしいとの事です。私は連絡係として残ります」

「分かったメェ~」


 防御が上手くいっている状態なら普通に機能するらしく、ルフィルメーニャは「転移門」をくぐって戻っていた。防衛、なぁ。わざわざ隠れているここに、儀式的防御を必要とする状態の中をやってくる、とすれば……。


「……最初のきっかけになったあの捨て駒の襲撃、あれは防がれる前提だったか」


 当然ながら、それを把握している必要がある。偶然にやってくる、という可能性は考えなくていいだろう。そもそも出歩くのが危険だ。というか、たぶんだがこれ、神域と直接繋がってないか?

 ……その儀式が邪神の物であったとしても、大掛かりで周辺被害も相応に大きく、対処するのが厄介な手段だ。そもそも対抗できる存在自体が少ない。召喚者はもれなく大神から加護を授かっているらしいから、多少なら動けるのかもしれないが。

 あまり期待は出来ないというかしていない。が、どこまで召喚者が出来るのか、警戒しながら見せてもらおうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る