幕間:だから止めろと以下略
机の上に、そこそこ大きな真っ黒い物体が、平皿に乗せられて鎮座していた。
そしてそれを、うちの子達が取り囲んでそこそこ真面目に話し合っている。
…………なんだこれ?
今日も元気に生産作業だ。と思いながらログインして、とりあえず食堂に顔を出してなんかご飯貰おう、と思って顔を出すとこの状況だった。控えめに言って訳が分からない。どういう事?
「なんですか、この状況は……」
「主、おはよ」
「ごしゅじんおはようございますー!」
「おはようございます。……で、それはもしかして、炭ですか?」
「見事に芯まで炭だねぇ」
声をかけながら部屋に入ると、挨拶の声がかけられる。それに返すと、ルディルがその黒い物体が乗っている皿を90度ぐらい回してくれた。そこには、ぱっくりと分けられた切り口がある。うわ、ほんとだ。芯まで一片残らず炭だ。
そのまま話を聞いたところ、私が起きる(ログインする)ちょっと前に台所で爆発があったらしい。何事だ、と慌てて駆け付けたところ、台所の中は灰色の煙が充満していたそうだ。
何にせよ何も見えないので開いていた窓から煙を追い出すと、そこにはソフィーナさんとサーニャが倒れていたとの事。ルディル曰くどちらも気絶と麻痺がちょっと尋常じゃないレベルで積み込まれていたらしく、今は医務室で安静にしているそうだ。
「ルチルの魔法とルディルの薬でも無理だったんですか?」
「元々そこまで重症化する状態異常じゃないのでー、魔法だと解除できる深度に限界がありますねー」
「気絶と麻痺だったからねぇ……。薬は基本的に、飲むものだからぁ」
まぁそのうち目覚めるだろうし、目が覚めたら話を聞こう。というところで一応台所を調べると、オーブンの中からこの炭の塊が見つかった、という事のようだ。
で、折角なら明らかにさっきの爆発と状態異常の原因であるこの炭の塊の正体を予測しよう、って事で、ソフィーナさんはともかくサーニャが目覚めるまでを制限時間として、推理ゲームをしていたらしい。
「なるほど。で、正体は分かりそうですか?」
「さっぱり」
「あの気絶と麻痺を一気に被るっていうのが一番分からないんだよな」
「ソフィーナさんとサーニャさんの状態異常が同程度っていうのが謎っすね」
「そもそも、そんな危険な材料をソフィーナが使うとは思えないんですよ」
という感じらしい。まぁそうだな。なおエルルは現在部隊の指揮関係で別行動との事だ。てことは、ニーアさんがいないのもそっち関係か。
しかし、そこそこ大きいけどなんなんだろうな、この炭の塊。オーブンって事は焼き料理だったんだろうが、肉かパンかケーキかも分からないぞ。塊でそのままだったから、グラタンとかピザとかではないだろうけど。
本当に芯まで炭になっているらしく、においもほとんど残っていない。そろそろカバーさんも来るだろうが、なんだろうな、これ。
「他に何か残ってませんでした?」
「ソフィーナさん、仕上げに入った時点で片付けてたみたいで、なんも残ってなかったっすね」
「だからぁ、これで完成だっていうのは分かったんだけどねぇ」
「ここからは盛り付けだけで、飾ったりはしないと……ルミ達に持ち出された食材はあるかどうか、誰か聞きました?」
「……聞いてくる」
「あっ僕も行きますー!」
どうやらそちらは確認していなかったらしい。ルシルとルチルが食堂を出ていった。んー、しかしじっくり焼いて完成か。となると、肉系かな。中に詰め物をした丸焼き料理って可能性もあるか。
「鳥肉」
「野菜とお米も持ち出していたようですよー!」
「丸焼き」
「良いスパイスが手に入ったとかでー、詰め物をした丸焼きを作るって言ってたそうですー!」
そしてその素早さを全開にして、本当にすぐ2人は帰ってきた。なるほど丸焼き。というか姿焼きか。絶対に美味しい奴だな? おっとよだれが。
そうなると確かにこれぐらいの大きさになるか。食べる人数が多いからな、うち。
「……そうなるとぉ、気絶と麻痺の出所が全く分からないねぇ?」
「そうっすよねぇ。……ちなみにルディルさん、その時は一体どこに……?」
「研究室にいたよぉ。ちゃんと止めてきたとは言え途中だからぁ、部屋を見れば分かるよぉ」
「というか、関わってたら気絶と麻痺だけで済んでないと思う」
「まぁ毒は入るよねぇ」
物騒だが、まぁそうだよな。そしてその場合だと、恐らく2人とも死に戻りしていると思う。なので、その状態異常の深度に思うところはあっても、恐らくルディルは無関係だ。
じゃあ何だ? と思ったところで、カバーさんとエルルがやってきた。……何故かエルルは手乗り梟姿のルイルを抱えている。ん?
「お嬢も起きてたのか」
「はい、先ほど。ところで、ルイルはどうしたんですか?」
「森の木に引っかかってたから回収してきた。なんかものすごい麻痺が積み込まれてるんだが、何か知らないか?」
「その途中で行き会いまして、同行させて頂きました」
ものすごい麻痺、というところで一度顔を見合わせ、ここまでで分かった事を説明する。説明を聞いて、あぁそれで……という顔をテーブルに乗っている炭の塊に向けるエルル。
「しかし、なんで同じ状況になった上で森の木に引っかかってたんだ?」
「爆発音がしたという事ですし、たぶん吹き飛ばされて窓から飛び出したのではないでしょうか」
「あー……」
「しかし、気絶と麻痺、ですか。爆発もそうですが、ふむ……」
話がややこしくなってきたな。ソフィーナさんは調理者だからいて当然として、サーニャは……匂いにつられて顔を出したかも知れないのでまぁいいけど、ルイルは本当に分からない。何で居た?
「……確かソフィーナさんは、良いスパイスが手に入った、と言っていたんですね?」
「と、ルミ達が聞いたんですよね」
「僕とルシル先輩は聞きましたー!」
「となると……恐らく原因は、これではないでしょうか」
流石カバーさんだ。もう原因に当たりがついたらしい。
これでは? と言いながら見せてくれたのは、召喚者特典の掲示板だ。『アナンシの壺』の情報まとめページの一部が拡大されて表示されている。
それによると、とある高級スパイスが召喚者の協力で大量供給可能になったものの、そのスパイスには元々急激な温度変化で爆発する性質があったようだ。しかもその爆発には周囲にいた存在の魔力に比例した気絶と麻痺の状態異常を、「耐性無視で」積み込む効果が乗るらしい。
「……控えめに言って危険物では?」
「その温度変化というのが、よほど良い道具を使わなければ出せないほど大きいものだったようです。そして良い道具を使えるのなら温度管理もちゃんと出来るという事で、今までは問題にならなかったらしく。一気に市場に広まった弊害ですね」
ファンタジーには不思議な性質を持ったスパイスもあるもんだな。
しかしこれで、やたらと高い状態異常が積み込まれていたのは分かった。ソフィーナさんとサーニャだけでも大概なのに、そこにルイル(とルールの分体)までいたんだったら、相当なものになるだろう。
さて問題は、この炭の塊になってしまった元鳥の丸焼きと、急激な温度変化とは何かって話だが。
「もしかして、ルイルは調理補助で呼ばれたんでしょうか。急激な温度変化がダメなら、オーブンを予熱した状態で焼き始めると爆発するでしょうし」
「かといって、常温から通常の操作で温度を上げていくと美味しくならない。なるほど、有り得ます」
ソフィーナさんならそれぐらいはするよな。……って、事は。
「…………出禁だな。台所というか、調理する場所全部に」
まぁ、通りがかったサーニャがお肉を焼いているのを見て、うっかりと一気に火力を上げてしまったんだろう。
なおその後、ルール(本体)に答え合わせをしてもらいにいった結果。
『はい。それも魔法を使って、高温の炎を直接オーブンの中に出現させていました。高魔力保持者が集まっていた事で、オーブンの蓋が吹き飛ぶほどの爆発が起こったようです。どうせゆっくり温度を上げるならその方が美味しくなるレシピはないか、と尋ねられましたので、該当のレシピを閲覧状態にして机の上にいたのですが……』
「あぁ、それでルイルがいたのにルール(の分体)はいなかったんですね」
との事。
サーニャにも聞いたが、「今度はいけると思った」と言っていたので、無事台所は覗き込むところまで含めて出禁となった。
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