別面:偽装と謹慎
お嬢は基本的に書類仕事をしない。
まぁ直属部隊と言いつつ実質近衛みたいなもんだから、最終報告の確認だけをするのは間違って無いんだが。報告する事自体はあるんだが、起きてる時間が短いのもあって、大体は俺が処理している。
それ自体は第7番隊の時から変わらない(本来なら副隊長とかと分担する仕事ではある)から別にいいし、特に何の不便も無かったんだが。
「あ、エルルは1ヵ月謹慎です。仕事してたら怒りますからね」
「は?」
「今日からだと今日の予定に無理が出るでしょうし、明日からで」
……無かったから、珍しく朝の集合時間にやって来て参加して、予定を共有して確認したところで口を挟んできた内容が、ちょっと良く分からなかった。
「は!? ちょっと待て、謹慎!? しかも1ヵ月もか!?」
「はい」
「わーぉマジもマジかよ殿下。流石に冤罪だとちょっとヤベーぞ?」
「ばっちり証拠まであるので問題ありません」
何とか理解したが、訳が分からん。1ヵ月の謹慎だと、罰の中でもかなり重い。当然ながらそんな罰が与えられるような事をした覚えはない。
躊躇いなく頷いたお嬢にヴィントシューネが確認を取るが、お嬢は割と分厚い書類の束をインベントリから取り出した。いや。いやいやいや、ちょっと待て。
「心当たりはないぞ!?」
「無いなら更に問題じゃないですか。流石に私もこれを見たら庇えません」
「!!??」
何故か若干呆れ顔のお嬢だが、庇えないと来た。となると本気でかなりマズい事をやらかしているって事だが……ダメだ。全く思い当たる節が無い。
他の奴らなら備品の破損とか遅刻とか周辺被害とかそれはもう山ほど始末書を書かせたし書いた覚えがあるんだが、後始末を少しでも減らすのに気を付けていた筈だ。少なくとも覚えてる範囲では何かを壊した記憶はない。
じゃあ何か書類に不備でもあったか。だが誤字脱字程度でこんな罰にはならない。後の想定外っていうとあの予備の鎧ぐらいだが、一応支給品の筈だしそもそも押し付けられて返品を断られている。流石にあれの代金の未払いって事ではない筈だが……。
「項目は書類不備。というか、もはや偽装ですね。それによる有給休暇の不正取得です」
「……は?」
「はー? 殿下、マジでぇ?」
「マジもマジですよ」
やっぱり心当たりなんて無いが……!? と思っている間に、お嬢は書類の束の1枚目をめくって、その内容を読み上げていた。
……ん? 書類不備、まではいい、いや良くないが、有給休暇の、不正取得……?
「若干そんな気がして、お姉様に頼んで第7番隊の時の記録まで送ってもらって調べたら案の定でした」
「いや待てお嬢。有給? 不正取得?」
「そうですよ」
「いやいやいや、それは無いぜ殿下。この仕事バカのたいちょーがんな事する訳ねーじゃん」
「おい」
仕事バカ、と呼ばれるのに思わず声を返してしまったが、第7番隊の時の記録まで集めたとは、このお嬢は何をやってるんだ。
……いや、ちょっと待てよ。有給、休暇の取得申請に不備というか偽装があったって事か?
形式はちゃんとしたし、規定通りの申請を出していた筈だが……。
「真面目なのが仇になりましたね。有給申請を「出しているにも関わらず」、作戦行動へ参加したという報告があるんですが? それも、山ほど」
……。
…………。
いや、それは……。
「あー。あーあーあーそっちかぁー。たいちょーならやるわ。ぜってーやる。まずやってた。間違いない」
「それでいつ訓練所に顔出しても隊長がいたのかよ」
「やっぱ仕事バカじゃん」
「お前ら?」
「ちなみに、今現在分かっているだけで10年分は不正取得ならぬ不正消費しています。私の直属部隊になってからも散見されるので、完全に常習化していると見ていますが」
「「「仕事バカじゃねーか」」」
こういう時だけすぐに手のひらを返して声を揃える部下に反論したいが、お嬢が手に持った分厚い書類の束をぱしぱしと軽く叩いてみせているのを見て、反論は出来なかった。
……なるほど。そっちか。まぁ、それは……いやでも、休暇は「好きにしていい時間」なんだから、別に仕事をしたいならしてもいいんじゃないかと思うんだが……。
「姫さーん。エルルリージェ全然反省してないよー」
「おいアレクサーニャ」
「だろうと思いました。私服すらほぼ無いって時点でおかしいと思って調べましたからね」
……いや、だが、服なんて丈夫で洗いやすければそれでいいだろ。着飾る趣味はないし、それなら面倒が無くて扱いやすいやつでいいと思うんだが……。
「現時点で10年分。それも出撃報告があった事を確認できた分だけですから、正直余罪がどれだけあるかは分かりません。なので、「とりあえず」1ヵ月の謹慎です。謹慎なのですから戦闘行為はもちろん、護衛、警備、書類処理等一切の仕事を禁止します」
「いやだが」
「ダメです。謹慎中に仕事をしたら、その分だけ謹慎期間が伸びますからね」
「……」
「伸びますし伸ばしますからね。それでなくても既定の休暇を取っていなかった分もあるんですし、そちらは確定してないから先延ばしにしてるだけなんですよ」
確かに、それは書類の偽装になる。それは分かる。そして完全に常習化していて、その期間も長いとなると、とりあえずでも1ヵ月の謹慎という処分は妥当だ。それも分かる。
分かるが……。
「…………何をすればいいんだ?」
「たいちょー、それはねーわ」
「そこからかい、エルルリージェ……」
副隊長のヴィントシューネは珍しく引いていたし、アレクサーニャも珍しく顔を引きつらせている。謹慎は明日からなんだから、今日の訓練では覚えてろ。
「そんな気はしました。ので、それを考えるのも罰の一環だと思って下さい」
普段は皇女とは思えないくらいに呑気で緩い癖に、こういう時はばっちりと皇女らしく圧をまとってお嬢は話をまとめ、さっさと戻っていった。……たぶんまだ報告書と休暇申請を突き合せているか、報告を受け取りに行ったんだろう。
流石に量が量だ。調べたのはあの図書館にいる、ルールブックという生きた本でほぼ間違いない。逆に言えば、あの生きた本にかかれば、突き合せ自体はすぐに終わるって事なんだろうが。
しかし、謹慎。というか、実質休みだな。仕事をするなとは言われたが、謹慎の範囲指定が無かったから。………………だが。自主訓練もダメだとすると、本気でどうやって時間を潰せばいいのか分からないんだが……?
まぁ実際謹慎(休暇)が始まったら、ルチューリルとかルフィルメーニャとかがあちこち俺を連れ出しに来たから、割と退屈で死にそうなことにはならなかった。
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