別面:決意実行されたエルル

 何だか知らないが、お嬢がやたらと褒めてくるようになった。


「エルルがいればとりあえず大丈夫という安心感があるんですよ」

「今までも本当に頼りになる事しかしてませんからね。これからもよろしくお願いします」

「エルル! 今日もイケメンですね!」


 最後に関してはよく分からないが、とにかく何かにつけて褒めてくるようになった。

 だから全部護衛として当たり前の事をやっているだけだって言うのに、聞いちゃいない。細かい事から大雑把な事まで、時々よく分からない方向で褒めてくる。何でだ。分からん。

 褒めるのが楽しいのか? とも思ったが、アレクサーニャや使徒生まれの方も、確かに前よりは褒めてるが俺ほどじゃない。と、思う。たぶん。俺が見てない所で褒め倒してるのかもしれないが……あれか? 人を褒めるのが楽しくなった……とかか?


「……だとして、何で俺がそこに入るんだ」


 考える。が、分からない。俺は未熟で色々至らない。そんなのは分かり切っているし当たり前の事だ。それが何で褒められるんだ? 褒められるほどの事はしてないだろう。叱られないだけの事すら出来ている自信も無いのに。

 …………いや。まぁ。お嬢が身体はともかく精神(なかみ)は異世界の人間だ、っていうのは、頭じゃ分かっているんだが。その上、俺とアレクサーニャ以外の竜族(どうぞく)に会った事が無いから、色々こう、常識と言うか、感覚がずれてるのは分かってるんだが。それも、盛大に。

 俺に関しての事は別にいい。もう慣れた。アレクサーニャは、あいつは気にしないだろう。それにあいつが気にしなくても、あいつの家族が黙っていない。だが、もしこのずれた感覚のまま、お嬢が竜族に合流したとするなら……。


「……」


 不安だ。あの振って湧いたお嬢、変な所で頑固だから、俺に対する態度を見て本気で竜族と決別しかねない。そして多分そうなったら俺がいくら気にしていないと言っても聞かないんだ。本当に止めて欲しい。皇族らしくしてほしい、というのはもうだいぶ諦めているが、俺に対する態度くらいで割と取り返しのつかない決断をするのは止めて欲しい。

 ……いっその事、竜族の常識を知る事で、俺への態度が変わる方がマシだ。その場合はアレクサーニャも巻き添えを食う事になるだろうが…………いや、無いな。あの振って湧いたお嬢が周囲からの評価や常識程度で自分の意見を翻すとは思えない。むしろ正面から喧嘩を売っていくだろう。

 簡単に想像でき過ぎる。「エルルもサーニャもうちの子です。うちの子に酷い事を言ったのですから、むしろ私は喧嘩を売られた方です。売られた超がつくお買得品を思わずお買い上げしてしまっただけですが?」って、やたらといい笑顔で相手を色んな意味でボコボコにするのが目に見える。止めろって言うのに。


「しかもその場合、他の奴らも絶対、意気揚々と参戦するだろうしな……全員掛かりだと、流石に俺でも止められないぞ……」


 特にあの首狩り兎だ。絶対楽しそうに参加するだろ。お手並み拝見、とか言いながら全力で殺しに行くに決まってる。時々本当に兎か分からなくなる程重い一撃を叩き込んでくるからな……。普通は骨どころか、手足の1つ2つは持っていかれるぞ、あれ。

 避けては通れず、始祖たちの話からもそろそろ現実味を帯びて来た「竜族との合流」に気が重くなる。いや、お嬢の事を考えるなら、それこそ少しでも早くそれを目指すべきなのは分かっているんだが。主に俺のせいで色々な問題が起こるのが見えている分頭が痛い。


「…………」


 だが。

 不思議と何故か、その前に自ら姿を消す、という手段は、頭に浮かんでこなかった。

 以前なら――――お嬢と出会う前なら真っ先にとっていた筈の、それこそ、アレクサーニャと合流した時点では強く浮かんでいた、その手段が。

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