昔日:白の中の黒

 たぶん、ようやく自分がどういう形をしているのか、身体と言うのはどう動かせばいいのか、それが分かってきた頃の事だ。


『おかあさま。どうしてわたしはおにいさまたちとちがうの?』


 目に見える違い。分かりやすい違い。共に生まれて、先に孵った兄弟達との。幼い自分にも分かる程明確な。それは全身を覆うまだ丸く薄い鱗と、よくよく見ればその奥に透けて見える内毛の色だった。

 先に孵った兄弟達は、鼻の先から尾の端に至るまで真っ白。母と父が見せる姿も同じく白一色。時々会う、もっと先に生まれた兄や姉も、皆同じく白かった。

 だが自分は、自分だけは、その真反対……光を少しも逃さないような、黒。それこそ鼻の先から尾の端に至るまで。良く磨いて貰った後はよく光を跳ね返すが、それだって兄弟達と比べれば控えめだ。何せ、元の色が違うのだから。


「あぁ、アレクサーニャ。私達の可愛い娘。それはね。違いとは呼ばないのよ」


 穏やかに、朗らかに。いつだって春の木漏れ日の様な母の笑顔と声が、その時ばかりは僅かに曇ったのを、理由は分からないままに察してしまって。だから即座に、あぁ、「これ」には触れてはいけないのだ、と、幼心に落とし込んだ。

 実際、「これ」にさえ触れないようにさえすれば、父も、母も、兄も、姉も、溢れる程の愛情を注いでくれた。時々厳しい事もあったけど、それは健康に育つ為に必要な……例えばおやつの食べ過ぎや、食事の好き嫌いや、運動不足に関しての事だ。

 先に孵った兄弟達は、そのまま一足先に【成体】になり。それを追いかけて、自分もまた【幼体】から【成体】になるのだと思っていたら……。


『あれ?』

「まぁ、あなた!」

「おぉ、すごいぞアレクサーニャ!」


 兄弟達と違って、そこまで劇的に大きさが変わらなかった。首を傾げてみるが、母と父が大喜びしていたので、よく分からないがいい事だったらしい。

 そこからは更に兄と姉を含めて可愛がられ、【成体】になったからか、それともそもそも孵るのが早かったからか、すぐに兄弟達もそちらへ混ざる事になった。

 それに文句はない。文句なんてある筈がない。だって、何よりも大事な家族から愛される、それ以上の事なんてないじゃないか。……たとえ、家族以外の世界を、知らなかったとしても。



 家族は、愛してくれている。それは間違いない。それに疑う余地はない。そして、愛してくれるのと同じくらい、それ以上に大好きだ。確かに、「これ」に触れてはいけないけれど。そんなの、気にする事じゃない。多少色が違うだけで、間違いなく血の繋がった家族なんだから。

 それに、時々しか会えないおじい様が、こっそり教えてくれたのだ。うちの家族には、時々真っ白じゃない子が生まれるのだと。そうして【人化】を解いたおじい様は、その大きな翼の内側が、幅の狭い翼を重ねたように黒くなっていた。そして、その範囲が大きいだけで、間違いなくこの家の娘で、妹で、家族なんだと。

 それだけじゃない。おじい様は、こうも言っていた。


「俯く事も、怒る事も、悲しむ事も、何もないのだよ、アレクサーニャ。わしの可愛い孫娘。黒と言えば、シュヴァルツという家があるのだが。彼らは本当に何でも出来る。つまり、黒とは何にでもなれる者の色なのだ」

「お父様たちもなんでも出来ますよ?」

「わっ、はっ、はっ。彼らはな。それ以上なのだよ。もちろん、白が負けているという事では無くな。白とは、1つの事を突き詰める事が得意な者の色なのだ」

「そうなんですか!?」

「そうとも。だから、アレクサーニャ。お前は、お前のままでいいのだよ。それに何より、お前が家族に愛され、家族を愛している事は、お前自身が一番よく知っているのだから」


 だから、惑う事は無い。疑う事は無い。触れてはいけない部分はあるけど、それがどうした。

 ボクはヴァイスの末娘。身に纏う色は違えども、この身に流れる血は昼の竜のもの。この目は雲1つ無い晴天の色。



 ――ただ、お爺様が口にしたシュヴァルツの家。ボクの家とは違って、皆真っ黒い鱗を持って生まれてくる一族。

 そこに、「真っ白」な子が居ると聞いて……何が、という訳ではないけど、気にはなったんだ。

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