後来:人はそれを信頼と呼ぶ
それは例によっていつもの如く、あのゲテモノピエロが起こした騒ぎの鎮圧に向かった時の事だ。
『よぉこそ、末の皇女様。我らが神の懐、我らが神の力に満ちた場所、我らが貴女の為に用意した、貴女の為の舞台へ!』
なーんかやな感じはしていたのだが、ゲテモノピエロが噛んだ案件に碌な物は無い。実際やらかしていた現場も大概な事になっていたので、警戒するにとどめていた。
『よりこの舞台を長く楽しんで頂く為に、より舞台に没入して頂けるように、貴女の力に、ほんの一部! 制限を付けて頂く事を企画し!』
……のだが、まさかこの、対策という対策を取りまくっている私を強制転移させる手段があるなんて思わないじゃないか。
『そして見事舞台へ貴女を招致する事が出来た……いやはや、お越し頂き、まぁっことに! ありがとうございまぁす! ――――どうぞ、心行くまで、否、命を含めてツクリモノの世界に浸って頂ければ!』
そしてそんな、わんわんと鳴り響いてうるさく、逆に内容がほとんど伝わらない音量調節失敗の見本みたいな声が聞こえてきて、そのだだっ広いだけで、入り口も窓もない石造りの大きな部屋に放り出され……2時間ぐらいか。
「……回復しない、というか、回復が阻害されている……スキルによる回復の封印、というよりこれは、むしろ反転でしょうか。傷が1ヵ所つくとそこから広がっていきましたし」
そういう状態で、防御無視攻撃に特化した感じのモンスターをひたすら相手にさせられ続けていた。モンスターは魔法陣から転移してくるとか、壁を殴る暇がないとか、その攻撃属性や私自身の傷の治りとかも含めて、私対策が徹底している。
しかし、自然回復というか、スキルによる回復を阻害されるとは思ってなかったな。ポーションの類は普通に使えるが、フリアドの仕様上、回復量は固定値だ。私の場合自然回復の方が何倍も回復する。それに慣れてるから、普段の感覚からすれば随分と制限されている感じだ。
ちなみに出血は普通にまずいので、傷を炎で焼いて無理矢理止めた。切り傷だと気が付いたら傷が大きくなってたからな。だから阻害じゃなくて反転だって発想が出たんだけど。
「めっきりレベルの上がらなくなってきた自然回復スキルがすごい勢いで伸びているので、大変レベリングには良いですね」
もちろんそんな調子なので、魔力を温存する為に魔法も必要最低限にとどめている。スタミナは、ご飯はたくさん持ち歩いてるから。
何の都合なのか、あるいは私をいたぶるつもりか、モンスターがやって来るタイミングには波がある。スキルによる回復が封じられても、耐性とステータスはそのままだからな。
……メニューは開けてもメールもウィスパーも繋がらないし、掲示板も見れないので、もしかしなくても神の加護が封じられている可能性は高いのだが。おかげで、いつもよりずっと丁寧に動かないといけない。
「数も力も技も、敵としては足りないどころではありませんが……基礎の固め直しにはちょうどいいでしょうか」
まぁそれでも傷がつかない訳じゃないし、正直に言えば閉鎖空間でかなりキツい。モンスターの死体は燃やさずに凍らせているが、ちょっと息が苦しくなってきた。
閉鎖空間、という思い込みのせいかもしれないが、フリアドはその辺、空気の事も再現しててもおかしくないからな……。
『実に呑気。楽観。それで何故あの方がここまで警戒しているのか……まぁ? ここまで踊り続けたその戦う力は評価できるでしょぉか!』
そんなことを考えながらまた1つ、出来るだけ物理でモンスターを倒し、その死体を氷漬けにしたところで、音量調節に失敗したような声が響いてきた。うるさい。本当にうるさい。音属性攻撃だろうか。
ただその声とモンスターの群れは別カウントなのか、その声が聞こえたタイミングで壁を殴りに行こうとしたのがバレたのか、またモンスターの群れが湧いてきたので、内容は聞いていないが。
ゲテモノピエロならともかく……なんかこう、似て非なるものというか、小物感がするんだよな。真面目に聞く気がいまいち起きない。
『――――って、ちょっと? さっきからばりばり戦闘してるけど聞いてる? おーい?』
「聞いてほしいならまずモンスターを止めなさい。戦闘中に雑談できる訳が無いでしょう。というか、それ以前にうるさくて内容が聞き取れないのですが」
『うるさい!?』
なんかキャラが剥がれている気がする声に、モンスターを倒しつつ反論すると、一瞬ハウリングのような高い音を伴ってひときわ大きな声が響いた。流石にそれは無視できなかったのか、モンスターも悲鳴を上げて動きが止まる。
私は何とか耐えたので、その動きが止まった間に出来るだけ倒しておいた。……倒し終わってもおかわりが来なかったし、倒すまでは静かだったから、これは本気で音量調節に失敗してたパターンか?
『ふ、ふん! 一度に2つの事が出来ないなんて、器がしれますねぇ!』
「口調ぐらい統一したらどうです? ブレッブレですよ、キャラが」
『余計なお世話だ!?』
本当に音量調節に失敗していたらしい。今度は普通の声だった。んー……たぶん男だな。渋さが無いから若い。太さも無ければ威圧感も無い。どっちかっていうとチャラい。キャラクターメイキングではよくある感じだろうか。
しかし雑談って言ったのに反応しないな。抜け落ちてるか?
『思ったよりも踊っていたよぉですが……そろそろ気付きませんかねぇ? 助け何てこないって事に』
抜け落ちてるな。モンスターも来ないし今のうちにご飯食べとくか。美味しいのに飲み込むようにしなきゃいけなかったから、もったいなかったんだよなぁ。
『大神の加護は封じられ、ご自慢の回復力も失われ……わざわざ痛くないように、切れ味の良い攻撃ばかりを繰り出すモンスターを集めたというのに。自ら苦しむ道を選ぶとは、実に救いがたい――って何呑気に食ってんだこの能天気!?』
「お腹減りましたし」
『話を聞けよ!? モンスターの出現も止めたんだから!』
「キャラ崩れてますよ」
『うがああああああああ!!』
小物なんだよなぁ。そしてわざわざモンスターの出現を止めたらしい。しかしモンスターは召喚したとかじゃなくて集めたのか。無駄に手間暇かかってるな。
正直命の危機には程遠い。の、だが。
『もうちょっとこう、絶望するとか無い訳か!?』
「ありませんが?」
『いやだって、普通こんなところに閉じ込められてモンスターがわらわら出てきたら無理だろ!? 大人しく素材渡して死んどくのが普通だろ!?』
「そっちが素ですか? 小物さん」
『いいいいいやすすす素じゃないわって小物!?』
だいぶ前から出てたけどな。具体的にはうるさい事に気付いたあたりから。
まぁそれはともかく、と、たっぷり卵フィリングの入ったサンドイッチを食べ終わり、おおよそ声の聞こえてくる方向を向いた。
「死んでやれる訳がないでしょう。その素材こそが目当てだって分かってるのに」
『むっ』
「というか、回復力を封じたなら勝てるというなら自分でかかってきては?」
『いやまぁほらそれはその……』
「自分では出来ないからモンスターを捕まえるなんてわざわざ手間をかけてるんですよね」
『んなっ!? 何でそれを!?』
「私に勝てないあなたが捕まえられるモンスター、つまり確実に私より弱いモンスターなんですから、この通りいくらいても蹴散らせますけど」
『ばっ、馬鹿言え! これは俺じゃなくて組織が捕まえた奴だから俺より強いに決まってるだろ!?』
「へえ。……ところで、モンスターの投入に際して上の許可はとりました?」
『うぐっ!?』
組織内横領が発覚した。敵対組織の事だからいいぞもっとやれ、と、言いたいところなんだが。
「第一、私が何の考えもなくひたすら耐久戦をする訳ないじゃないですか」
『ふん! どうだかな、ここまでの能天気っぷりを見てれば割と素だと思――思ってしまいますがぁ!?』
「取り繕い感が半端ないですね」
『うるせぇ!?』
まぁ実際はモンスターへの対処に忙しかっただけなんだが、この分だと横領小物はON・OFFのスイッチしか持ってないんだろう。この仕掛け部屋自体はもっとしっかり作られた感じがするが。
ははは、組織が大きくなって人手が足りなかったのかどうかは知らないが、無能な味方が一番厄介だからなぁ。
「止めておいた方がいいですよ? と、言ったところで、もう遅いんですけどね」
『ふん! その余裕がどこまで持つのか見物だな!』
……どうやら気付いていないらしいな。さっきから、恐らくこの部屋の上の方で、何か大規模な破壊活動が行われてる感じの音がしてる事に。
そして間もなく、ビシリ、と、私のいる大きな部屋の天井に、明確な罅が入った。『ん?』とかいう声が聞こえたが……
「うちの子をなめてかかるから。――タイムオーバー、です」
何か更なる反応がある前に。
ゴシャァアッ!! と、すごい音を立てて、天井が、ぶち破られた。
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