別面:権利と妄想は濫用注意
夏が好きかと言われると、そうでもない。雪が降りしきる冬よりマシって程度だ。もっとも夏だからと、やたらと火属性のやつがモンスターを含めて元気になるのは辟易するが。
気温のせいで色々緩むのか、忙しくなるのも毎年恒例だ。冬になれば大人しくなるのか、と言われれば、そんな事は無かったりするんだが。
「は? 見回りの交代依頼?」
「だってよ。どうするたいちょー?」
「どうするも何も、俺らは今実質お嬢の個人所有戦力だろ。前とは違うぞ」
「だよなぁ」
第7部隊の時からその席に収まっている副隊長からの言葉に当たり前の言葉を返すと、同意が返って来た。第7部隊の時なら拒否権は無かったも同然だが、今は違う。お嬢が許可を出すなら話は別だが、そのお嬢は今寝ているし、起きたら起きたで忙しく俺らを振り回すだろう。
というか、出来る範囲の隙間を縫って見回りや警戒の協力はしている。その上で話が来たって事は、それ以上の仕事を振ってくるつもりだろう。
「どこからの依頼だ?」
「え、受けるのかたいちょー?」
「受ける訳がないだろ。それはそれとして出元を確認しておきたい」
「あぁ、いくら殿下が書類仕事しないって言っても、報告の義務はあるもんなー」
「部隊の格としても、下がったどころか上がったからな」
実質近衛部隊と同格だからな。形式が違うから分かり辛いが、皇女の直属っていうのはそういう事だ。普段のお嬢がお嬢だからその辺意識しにくいとはいえ、第7部隊の時の扱いを考えると大出世と言っていい。
問題は、それを分かっていて仕事を振って来た奴がいる、もしくは、分かっていない奴がいるって事なんだが……。
「……あぁ、あそこか。これは分かってない方だな」
「なんだ、もしかしてまだ雑用部隊だと思われてんの」
第5部隊のとある中隊からの交代依頼である事を確認して、その依頼主となっている名前を確認して、そう結論を出す。確かに大々的な叙任式をやった訳でもないし、そこからすぐ実働だったから挨拶回りとかをした覚えも無いが、少なくとも全体連絡は届いた筈だ。
「思われてるらしいな。少なくとも皇女直属っていうのは伝わってる筈なんだが」
「信じてないんじゃねーの?」
「全体連絡を信じないのは軍人としてどうなんだ……」
一応交代依頼を出す為の理由にも目を通す。…………ん?
「……どうやら本格的に頭が湧いてるらしい。これは報告しておくか」
「うん? たいちょーが報告するって珍しいな?」
「理由のとこ読んだか?」
「読んでない。交代依頼って時点で舐められてるのが分かったし」
「なら読んでみろ」
依頼書を返すと、首を傾げながら目を通す副隊長。その顔が怪訝なものから、だんだんよく分からないものを見た感じのものに変わっていく。あぁ、だろうな。
「……なぁたいちょー。こいつらには何が見えてるんだ?」
「知らん。少なくとも俺らには見えんものだ」
「とうとう暑さにやられて幻覚でも見たとか?」
「こいつら火山地帯が主な担当だから、暑さ耐性は群を抜いて高い筈だぞ」
「いやそーじゃなくて」
まぁ、訳が分からないというか、幻覚を見たんじゃないか? というのは分からんでもないが。
「交代理由が「別の仕事が入った」からなのはともかく、その仕事が「末皇女殿下専用避寒地の整備」って。なに? 殿下この島以外のどっかに別荘作るの?」
「少なくとも俺は聞いてないな」
「たいちょーが聞いてないならそんな予定は無いな。……いや、ほんとにこいつら何のつもりでこんな交代依頼出してきたんだ?」
「知らん」
久々に本気で訳の分からないのが来たな。前もたまにあったが、その時はどうしたんだったか。……あぁ、俺がどうにかする前にアレクサーニャ経由であちらの家に伝わって、流石に理不尽な理由の依頼というか仕事の横流しは潰されてたんだった。
とりあえず今は正面から潰せるし、ついでだからもうちょっと上に伝えて、軍人の本分を叩き込み直してもらっておこう。……まぁ、今の俺もそこから考えるとだいぶズレてるような気もするが。
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