幕間:筋金入りの鈍さ

「どうしましょうかねぇ……」

『どうしようもないな……』


 ドッザァアアアアア!!! と、滝の真下に入り込んでしまった様な勢いで降り注ぐ雨を眺めて呟くが、咄嗟に【人化】を解いて私をその翼で覆ってくれたエルルも流石にお手上げという調子だ。

 いや、確かに滅多に雨は降らないが、降った時は大変な事になると聞いていた。現地に長く住んでいる人たちからの言葉だ。舐めてかかったつもりはない。というか、万全を期してそれでも調査を進める為に私とエルルの2人で動いていたのだし。

 空を見ても雲の1つも無かったから、いつもの快適快速エルル急行で現場に到着、そこから2手に分かれて調査を進めていたのだが……。


「流石に、空の端に雲が見えて数分でここまで降るとは思いませんでした」

『いやそれは思わないだろ……』

「まぁ幸いと言うか、雨の降る時間自体はそこまででは無い様なので、待てると思いますが……」

『この勢いで1時間も経てば、そりゃ何も残らない筈だ』

「問答無用で全てが押し流されますね」


 私は相変わらず小さいので、竜姿のエルルが翼を広げ、先を丸めて持ち上げた尻尾の上に座れば濡れることは無い。その代わり、周囲に樹や岩の1つもないこの環境でじっとしているエルルは文字通りぐしょ濡れなのだが、


「エルル、やっぱり対雨用の結界を」

『濡れるだけだからいらないって言ってるだろ。お嬢はそろそろ大規模な魔法は滅多に使わないものだって意識を持ってくれ』

「えー」


 この通りだ。確かにログイン時間にも余裕があるし、雨が降り終わるのを待てばいい。が、屋外で雨に打たれるのは気分のいい物では無いだろうに。

 大規模な魔法は滅多に使わないものだっていっても、便利な分には使えばいいじゃないか、というのは異世界の人間の感覚になるのだろう。もしくはリアルのお国柄かな。宇宙に飛ばすシャトルのセンサーに使えるような精度の部品を普通の家電製品に使う国だから。

 問答無用で勝手に展開してしまおうかとも思ったが、それはそれでエルルの意見をないがしろにすることになるのでやり辛い。さぁ困った。


「というか、前から思ってましたが、エルルはもうちょっと自分を大事にした方がいいと思うんですよ」

『は?』

「エルルは格好良くて気遣いが出来て戦えば強いし良識もある、むしろ出来ない事が無いスーパーハイスペックなイケメンなのに自己評価が低すぎるんですよね、と言ってます」

『いや何だそれは』

「割と真面目に言ってますよ? いや本当に」


 どうせ動けないのだから、と前から思っていたことを口に出せば、エルルから疑問形の唸り声が聞こえて来た。あ、これ【人化】してたら眉間にしわが寄ってるな。


『……いや、これぐらい出来る奴は普通に居るだろ。つか今現状が十分過ぎるから、それに見合うだけの事はしようと思って動いてるんだが?』


 で、次に続いたのがこれだ。ため息も出ようってもんだよ。

 あえて言おう。文字通りの意味で滝のような雨が降っているから、それにかき消される前提で、声を大にして言おう。


「んーな訳がないでしょうが。こんな性格までイケメンの完璧超人が標準かちょっと下なら、世の男達は恋人達を見て爆発しろなんて思いません!」

『は? 爆発? 何だそれ』

「召喚元の世界の一般的な呪詛の1つですね。カップルを見て、爆発しろ! とのろうんですよ」

『何だそれ!? 恋人同士で外を歩くだけで爆破されるのか!?』

「まぁ私の召喚元の世界にはスキルも魔力もありませんから、本当に気持ちだけなんですが」

『えぇ……実行力が無いからって爆破までいくか……』


 いやー異世界間ギャップって怖いよね。なお、実際フリアドでは呪いと書いてまじないと読むスキルものろいと読むスキルもあるので、結構バカに出来なかったりする。

 話が逸れた。つまりだな。


「ともかく! エルルはそういう羨まれる対象にがっつり入る程度には良い男なんですよ!」

『えぇー……流石に爆破されるのは嫌なんだが……』

「話を振った私が悪いとはいえ引っ掛かるのはそこだけですか」

『他の何をおいても気になるわ、爆破されるんだぞ』


 だめだ。自己評価の低さの根が深すぎる。ここまで直接言ってもスルーされるとは思わなかった。こっちは結構恥ずかしい事言った自覚があるっていうのに。

 ほんっと、どうしたもんかな。と、まだまだ止まない雨と、それを遮ってくれている生きた天井――エルルの翼を見上げて、ちょっと途方に暮れるのだった。

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