魔人は慟哭を知らない

床豚毒頭召諮問

第1話 魔人

業火に包まれていく家々から多くの人々が飛び出していく。

だが、飛び出した先も火の海で、人々に逃げ場は無かった。

「嫌ぁ!死にたくない!」

「助けてくれ!」

「ハインツゥー!ハインツゥーー!!」

「うぇん、うぇんえーん!えーん!」

迫り来る己の死を前にして、泣き叫ぶ声、助けを乞う声、愛する者を呼ぶ声、親を呼ぶ赤子の声が村中にこだましていた。

「あぁぁぁぁぁ!!」

「あぁあ!嫌!嫌!嫌!嫌ぁ!」

「神様、天に在られる我らが神よ!我らを救いまえぇ!天に在られる我らが神よ!我らを救いたまえぇ!天にあぁぁぁぁぁ!!」

叫び声はやがて、火だるまとなり、身に逆巻く炎に呑まれながら、それぞれ、思い思いの言葉を発するものに変わっていった。

人々は逃げ惑いながら、徐々に逃げ場を失くし、炎に包まれながら倒れていった。

「私達が…私達が一体何をしたと言うのだ!ふざけるなぁぁ!」

一人の初老の男がそう叫んだ。

周りは炎を囲まれ、村の仲間達は業火に呑まれ、今や、物を言わずに焦げるだけである。

もう、この村で生き残っているのはこの男だけだった。

そんな男の前に一人の男が舞い降りてきた。

茶色いローブで全身を覆い、人相は掴め無いものの、体格としては中肉中背を思わせる青年のようだったが、死を前に動揺し、焦燥感に支配されている男にとってはそんな事を気に止める余裕は無かった。

目の前に現れた謎の存在に対し、男は息を呑んだ。周りを囲む炎のせいで身体中から吹き出す汗が男の来ている服をかすかに湿らせるも、炎の熱がすぐにそれを蒸発させる。

「お前達……自身は何もしていない…」

男に向かって、舞い降りてきた青年は口を開いた。

「なっ、なっ、お、お前はっ…お前は何者なんだ!」

男は戸惑いながらもそう問いかけざるを得なかった。

死の間際、男は目の前に居る得たいの知れぬ存在が、自分達に何をしたのかを瞬時に理解していた。

「お前達の先祖に、仲間を殺された者だ…」

「せっ、先祖に……?」

男は炎の暑さで頭がやられかけていたが、ふと、昔聞かされた話を思い出していた。

自分が小さな子供の頃、村の長老が語ってくれた先祖の話。

かつて、我々の先祖達は勇猛な戦士達で、近隣の種族の村を襲い、支配下に置いていた。そして、戦争で殺した人間を、豊穣の女神に供物として捧げ、種族の発展を祈願した………そんな話だった。

子供の心ながらに、残虐な事をしていると思ったものだ。

もし、これが本当の話ならば、この青年は先祖の罪を償わせるために……

「まっ、待ってくれ!君の仲間を殺した事は確かに、許されない事だ!だがっ、もう大昔の事で、当事者達だって死んでいるし、私達の中でその話を知っていた者は私くらいの者だ!それも、子供の頃に長老が語ってくれた昔話で聞いたというレベルなんだよ!皆、皆…知らないんだよ!」

男は必死に叫んだ。

先祖の罪など、やった事など知らない。そんなもの、自分達が産まれる前に行われたものではないか。今の自分達に何の関係がある。

自分達は今を必死に生きてきた。それをこんな風に終わらせられて堪ったものじゃない。

男は心中にそんな怒りを抱えながら、思いの丈をぶちまけた。

だが、青年にとっては聞き慣れた戯れ言でしかなかった。

「私の仲間達も知らなかったよ……ただ生きているだけで殺されるなんて……な」

青年はそう言うと、一瞬のうちに男との距離を詰めた。

ガシッ…

そして、男の顔を掴み、呪詛を吐いた。

「死ね。先祖の罪と共に。己の人生が全て誰かに奪われるためのものだったと悔やみながら死んでゆけ」

その刹那、男の身体が崩れ、溶けた。

皮膚は液状化し、血液が漏れ出て、肉が腐り、臓物は破裂した。

青年のローブと足元にそういった男の残骸が飛び散ったが、青年はそんな事を気にする様子も無く、ただ、怒りに震える拳を強く握り締めるのみであった。




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