まぁ、茶でもしばこうや
「まぁ、茶でもしばこうや」
そういって、彼は昼下がりの街にくりだした。仕方がないので、私もあとを着いていくことにする。
蝉がしゃわしゃわと鳴いていて、太陽は肌を刺すような熱で街を包み込んでいた。麦わら帽子の落とす影は、いつもより暗かった。
「モーニングって、もう終わっとるんかな」
分かりきっていることを独り言のように呟くのは彼のくせだった。誰かとふたりで居るとき、無言になる時間が嫌いだと言っていた。私は無言でも気にならない側の人間だったので、そういうもんなのか、と思った。
「それにしても夏っちゅうんは、もう少し涼しくならないもんかね」
彼の独り言はまだ続いていた。なにか応えてあげられれば良いのだろうけれど、今はそういう気分ではなかったし、彼もそれをわかったうえで独り言をつぶやいているようだった。
そもそも、はじめに彼を呼んだのは私のほうだった。一昨日の夜更けに実家の飼い犬が死んだと連絡があった。もう3年も会ってなかったけれど、幼い頃から家族としてともに過ごしてきた飼い犬の死は、想像していた何倍もの哀しみを胸の中に宿した。
昨日は、もう何をする気力もない、と一日中ベッドの上で過ごしていたが、もう気持ちが晴れることは無かった。結局そのまま寝ずの夜を過ごし、今日の明け方に彼へ連絡したのだ。
彼は詳しい話を聞くこともせず、ただ一言「ちょっと待ってて」とだけ言い残し、程なくして私の前に現れた。いつもヘラヘラとしているくせに、こういうときには自分のことのように親身になってくれる彼は、とても頼りになるし、正直なところ尊敬の念すら感じていた。
「ありがとうね」
気がつけば、不意に言葉が漏れていた。
「なんのこっちゃね」と言いたげな、彼の顔が面白くて笑った。
「今日、私に付き合ってくれてありがとう」
「久しぶりにあんたとゆっくり話したかったし、お互い様よ」
「たしかに、最近忙しくて遊べてなかったもんね」
「3ヶ月ぶりくらいやろ、ぎょうさん集めといたんやで、あんたと話すこと」
そういって彼は、どこか楽しいような、どこか悲しいような顔をして私に目を向けた。
「何があったか知らんけど、あんたならきっと大丈夫。俺はそう思ってるで」
「そう言ってもらえるとちょっと元気出てきたかも。やっぱり君を頼ってよかった」
これが強がりなのもバレているだろうけれど、それでも私は彼を安心させるように負けじと笑みを浮かべる。
「まぁ、ほんとに困ったことがあったなら話は聞くから、とりあえず腹ごしらえでもしましょうや」
カフェがいい?ラーメンでも食べる?と、私を気遣ってくれているのか、ただの独り言なのか分かりづらい発言をしながら、彼はまた私の前を歩き出した。
〆
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