第4話 バグを追って

 バグの正体。斬撃を扱うあの男のことを俺たちは仮に、『チャンク』と呼ぶことにした。

 座標の表示は変わらない。不便だ。

 しかし、途中で魔物が切り刻まれていたりするおかげで、辿るのは簡単だった。

 しかし、それが逆に違和感だった。

 あの戦いからして、口ぶりの割に頭の回るやつだと思っていたのに、こんな痕跡を残すだろうか?

 しかし、追わないわけにもいかない。ジレンマだ。

 

「俺、思うんだけどさぁ。このまま追ったらやばい気がするんだよね」


 呑気に杖をいじりながら佐伯は言った。

 どうしてこうも他人事なんだろうか?

 

「そんなことはわかってるぞ」

「……」

 

 佐伯は俺の目をじっと見て黙った。

 その目は俺の発言を否定しているように思えて、背筋がゾワっとした。

 そして、佐伯が言った言葉の意味が、ある国の門の前にやってきて理解できた。

 そこには無惨に切り刻まれた死体。おそら門番のものだ。そして俺の手には大きな剣。

 まずい。ここで衛兵が来たりしたら……。

 

「&-¥:!!?」

 

 どこかから鎧の金属音と、驚嘆の声が聞こえる。そして俺たちを指差して何か喚いていた。

 しかし、言語が理解できない。理解できる能力はつけたはずなのに……。コレもバグか!

 俺たちは訳もわからぬまま押さえつけられ、佐伯は楽しそうに魔術を発動させようとする。

 

「やめろ! 一層やばいぞ!」

「言葉も通じないんだし、いいんじゃない?」

 

 あいも変わらず楽観を極めたような言動……。

 

「ダメだ」

「分かった」

 

 どこか不服そうな佐伯。結局どちらの言い分も全くわからないまま、牢屋へと入れられてしまう。

 牢屋に入れられて手錠をかけられた俺たちは、まず初めに手錠を力でぶち壊し、冷たい石造りの床に寝転んだ。

 

「あぁ〜……。ダル」

「なんか、思ってたのと違うな」

「それな? もっと可愛い子達ときゃっきゃうふふのハーレムできると思ってたんだけどなぁ〜」

「俺なんかいきなり切り刻まれたぞ」

「御愁傷様」

 

 そこで会話は終わり、二人してため息をつく。目を閉じて寝ようとした時、門にあった切り刻まれた死体を思い出す。

 あんなもの、見たことないし、普通ならもっと取り乱したはずだ。俺は冷酷で感情のない人間とは違う。佐伯のような楽観的な人間でもない。

 なのに取り乱したりしなかったのは——。

 

「!?¥-&:「@/」

 

 何を言っているのか分からないが、とにかく威圧していることだけは理解できる。

 俺たちは騒がしい鎧を着た男に連れられ、大層な部屋に連れられた。

 白と黒で構成されたその場所。それが何を意味しているのか一瞬で理解できた。

 裁判所だ。

 

「いやいや、さっき来たばっかだぞ。もっと手続きとかあるだろ……? なぁ?」と佐伯の方に視線を送る。

 

「ふぁ?」

 

 あぁ……。そっか。

 い、いや、バグのせいもあるかもしれない。言語も訳わかんないことになってるし……。

 ともあれ俺たち二人は、部屋の真ん中にある証言台らしきものの前に立たされる。

 格式ばった建物。法律による裁きというより、『神の審判』という言葉が似合う場所だ。

 

「これより、門番殺しの裁判を始める」

「「⁉︎」」

 

 俺も佐伯も、その言葉に呆気に取られ、顔を見合わせ。バグのせいで言語がおかしくなっていたはずだ。

 裁判所の奥が照らされ、豪華な椅子に座る、糸目の女。装いは和装だ。

 この場にそぐわぬ笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 この雰囲気……。もう一つのバグの正体かもしれない。

 そう考えにらみつけていると、女は笑みを消し、俺たちのことを睨み返してきた。


「何か文句がおありで?」


 表情は鋭くとげのある物だったが、声色は平静なものだった。

 しかし、バグの原因であるこいつらは、自分がバグであるということに気が付いているのだろうか?

 自覚がある、と言われれば、確かに俺たちが神様とわかるやいなや攻撃してきた……。いや、佐伯が攻撃しようとしたのを見たのか……。

 しかし、重要なのは自覚の有無ではない。やっていることの重さだ。

 例えそれが、無意識下でやってしまったことであっても……。


「お前は人々から言語を奪った。違うか?」

「……そう、らしいねぇ? 少なくとも君たちから見たら」

「何?」


 言葉の意味が分からず聞き返す。佐伯はさほど興味なさそうだ。


「言語を奪った、というけれど、それはあなたたちに都合のいい言語を失くしただけ。彼らは十分に意思の疎通をやってのけている。何の問題があるんです? それともあなたたち神様には理解できませんか? 文化や歴史の違いというものが」

「それは……!」


 言い返す言葉が見当たらなかった。だけど、無性に腹が立ってしまう。

 実際、こんな理不尽な冤罪が生まれてしまっているのだ。

 だけどそれも、ただの自分勝手にしかならない。


「じゃあさぁ」と、退屈そうに口を開いたのは、佐伯だった。いつのまにか傍聴席についていた佐伯が続ける。


「とりあえず、真犯人連れてくればよくない?」

「……は?」

「だって、確かにあの女の人の言い分も分かるし、全部俺たちの基準でできてる世界っていうのもつまらないし」


 こいつ。さっきと言ってることが違うぞ?

 いや、そうじゃないか。確かに、こんな状況に至ったのはあのチャンクのせいで、あいつさえ捕まえて何とかすれば問題ない。面倒だが、言語は勉強すればいい。できるかどうかは分からないけど……。


「どうだ?」と、女に問う。

「ふむ……。まぁ、いいでしょう。ですが、そいつが犯人だという証拠、あるいは証言も用意することね」

「……会ったら嫌でもわかるぞ」




【あとがき】

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