第3話
その後。アルキニア公爵は事故死という事で公に公開された。
馬鹿正直に死んだ彼の元妻が連れていったと言っても信じる人なんていないだろうという事からの判断だ。まぁ、他にも貴族としての体面や体面などの色々な理由があるだろうが。
次のアルキニア公爵はシルのお兄様だそう。シルと違って寡黙な方であまり喋る事も出来なかったが、シルとの仲はよく、彼の婚約者とも仲良くやっていた。最初からアルキニア公爵家の財産や地位などを狙っていた夫人には、もう取られることは無いだろう。
公爵は、夫人とは親戚から無理やり結婚させられたようで、一度も夜を共にした事は無かったそうだ。それにイラつきシルにも当たることがあったそうなのだが、それを知ったわたくしとわたくしの家族、そしてシルのお兄様がちゃんと説得しおどしたのでこれからは絶対に近づかせない。
当の本人はなんてこと無さそうな顔をしていたが。
そしてわたくしは今日、ずっと約束していた話をシルに話してもらう。
◇
いつもの様に平然とした様子で現れるシルに、思わず肩の力が抜けた。
こっちは色々と考えてカチコチになっていたのに、その態度は何だと、早く言いたくなる。
まぁ、その、どさくさに紛れて気持ちが通じあった後初めての会話としては色気が無いだろうが、やっぱり言いたい。
そう思いながらいつもの位置についた。今日は、何故かドアを開けることなくメイドが出ていったのを不思議に感じながらも口を開こうとしたら、シルに先手を打たれる。
「もう遠回りしてたらまどろっこしいから直球に言うぞ?俺はラビィが───ラビリエラ・マスティフが好きだ。どうか俺にラビィの隣にいる資格をくれないか?」
そう言ってわたくしの目の前に跪くシルは、まるで恋愛小説にでも出てくるヒーローだ。それなのに、紡ぐ言葉が雑で、でもそれが余計にシルらしいと感じてしまう。
──そんなの、答えはYesに決まってる。
それなのに、長年閉じ込めていたせいか、中々声が出てくれない。頑張って言おうと口を開くと、
「隣なんて、今までもいたじゃないの」
そんな、可愛げのない言葉が出てきた。
もう自分が情けなさすぎて泣きそうだ。
すると、シルが唐突に笑い始める。
「あぁ、確かにな。だから、これからもそこにいていいかって聞いてるんだ。これからもラビィと一緒に笑い合いたい」
その顔は、わたくしをからかう様ないつもの意地が悪い笑顔じゃなくて、ただひたすらに愛おしいと伝えるような甘い笑みだった。
「……本当に……シルは卑怯よ……」
「自覚はある。止めはしないけどな」
「止めてくださいまし??」
「ははっ。嫌だね」
いつものような気軽にポンポン言葉が飛び合うこの関係を変えたくないのは、わたくしの方だ。シルの心の声だって、ずっと愛おしいと言ってくれて、わたくしは少しだけ、勇気がでた。
「………わたくしもシルが好き」
下を向いて、ほんの少し。声として出ていたかも分からない様なものだけど、わたくし精一杯の愛情表現だ。伝わらなくていい。ただ呟きたかっただけ。そう思ってシルを見ると。
『……………………………………破壊力やっっば。もう好き、大好き、愛してる。早く籍入れたい…』
真っ赤っかになって心の声だけ発しながら固まっていた。
「も、しかして聞こえて……っ?!」
「…………はぁああああああ」
急にため息を吐くから、思わずビクッとなったわたくしを抱き寄せ、顔を近ずけるシル。
そして、ちゅ、と可愛らしい音がわたくしの口元から聞こえた。
『固まってる。かわいい。大好き』
完全にフリーズしてるわたくしを気にせず、シルはまた唇同士を合わせる。時々角度を変え、長く押し当てたり軽く音をたてて離したり。
わたくしが現実に戻ってくる時にはもう息も絶え絶えで、力が抜けてふにゃぁっとしていた。
「はぁ、もう可愛すぎてどうしよ。婚約の手続きも終わらせてるし、扉も閉めて行ってくれたってことはいいんだよな?もうなんでもいいや。どうせ責任はとるしちょっと早いだけだ。ラビィ、愛してる。一生大切にする」
なにかブツブツと呟くシルについていけないが、シルの目の奥にある熱が大きくなっている気がする。
これは、いいのか………?
わたくしも一応貴族の令嬢なので、そういう事は勿論知っている。
まぁ、わたくしもシル以外の男の人と結婚するなんて考えられないし、責任を取ってくれるならなんでもいいかな…。
結局わたくしの中での決定は受け止める、という事。
流石に口には出せないが、そっと小さく頷いた。
「ん、婚約指輪。結婚指輪は二人で一緒に買いに行こーな」
『ラビィが好きそうなのは買ってきたけど、流石に結婚指輪に関しては自分の好みがいいだろうし。サプライズはこれで出来たから満足だ』
すると、すっ、とわたくしの左薬指にセンスのいい指輪をシルが着けた。
その指輪はわたくしの好みでもあって。思わずポロポロと涙が出た。
「シル……だいすき……わたくしの旦那様になって………?」
もうなにも言うことなかれ。わたくし達はそのまま愛し合───
『ちょっと待った!!!!!!』
とはならず、兄様が急に現れた。
「ちっ。はぁ、カミサマ。出てくんならもう後一週間後ぐらいにしてくんない?俺ら今から二人の愛を確かめ合うところなんだけど」
『それを阻止しに来たんだって!!!今だとリスクが高いんだから、せめて結婚までは許さない!』
「ちゃんとそこまで考えてするつもりだったぞ?」
『いいから!それにまだ君がなんで僕を知ってるかも説明してないんだろう?ラビィだって気になるよね?』
そう言いわたくしの方を向くお兄様に、わたくしは顔を向けれなかった。
「ほら、ラビィが恥ずかしがってるぞ?止めるなだって」
「止めてもらったことは感謝してるわよ!!今は無理なだけ。でも兄様、それは気になるわ…」
『ほら、やっぱり』
絶対赤いであろう顔をシルの影に隠れてパタパタと仰ぎ、兄様の所へ行こうとすると、
シルがぐっと腕を引っ張り、わたくしの旋毛の辺りにそっとキスを落とした。
2回目のドッキリである。
「今はこれで。………ね」
耳元で色気の交じった声を囁かれて、もう暑すぎる。
『あ、赤くなった。かわいい』
わたくしの顔を早く元に戻させて欲しい。
『私の前でイチャイチャするな……。あぁ、ラビィは全然悪くないぞ?その男が悪いんだ』
「ふん、なんとでも言え。それで?ラビィはどっから聞きたい?」
「どっからと言われても……最初から?」
「ん、分かった」
そこから聞いた話は、相変わらず現実味のない事だった。
◆ シルside
俺には、シルウェステルの世とは別の人生……所謂前世の記憶がある。前世の名前は石橋いしはし 秋人しゅうと。秋人の時の俺は普通の大学生だった。
だが、前世の俺には、赤ちゃんの頃からずっと会っている、かわいい幼馴染みがいたのだ。
その子の名前は櫻さくら 莉緒りお。両親共美形だったが、莉緒は本当に人なのか疑うほど可愛かった。
少しタレ目気味な瞳は黒曜石のように黒くて綺麗で、天使の輪が見えるつやっつやの黒髪。小ぶりながらも高い鼻に少し薄めな桜色の唇は真っ白な肌も相まってとてもかわいらしい。スカウトをされる事など数え切れないほどあった。もちろんその分ナンパや痴漢の危機にも晒されかけたが。
正に『守ってあげたい女の子』といった顔に釣られた男は数しれず。だが、そんな男達がいるにも関わらずそこまで優しくもない幼馴染みのお兄ちゃんである俺にとても懐いた。
庇護欲をそそられるような見た目をしていながら、莉緒は『ツンデレ』と言うような感じで、俺が頭を撫でても「秋くんきもい」と言うばかり。
それでも顔は完全に緩みきっているのだから愛おしくもなるものだ。それに本人はバレてないと思っているし。
しかし、子供にとっては大きな差である5歳という差が邪魔をして、俺は中々素直になれなかった。莉緒に冷たく当たったことも何回かあると思う。だけど莉緒は、そんな俺が熱が出たら看病して、怪我をしたら最初に見つけて休ませてくれた。言葉はツンケンしてても、俺が弱ってる時は本当に心配して助けてくれる。そんな莉緒の事をそういう意味で好きになったのは、長い付き合いに比べたら、存外遅かった気もする。
そして、俺が大学生3年目になり、莉緒が高校生に入学する時。漸く莉緒の父から許可を得て、気持ちを伝えに行く途中に電車が転倒してしまい、呆気なく死んでしまったのだった。
死んでいく時も考えていたのは莉緒の事。悲しまないでほしいけど、悲しんでほしいと思う自分が嫌になる。考えるのだけは許してほしいな、ただそんな風に思っていた。
『やぁ、起きた?』
意識を失い、それから初めて目にしたのは人外的美貌の青年。
「………………誰」
『ふふふ。神様だよ?』
「何馬鹿なこと言ってるんですか」
『本当なのになぁ〜』
そうやってふわふわと浮く青年。………………マジの様だ。
「神……ってことは俺死にました?」
『うん。死んだ死んだ〜』
「めちゃくちゃ軽いっすね。こっちは未練たらたらだっていうのに」
そう言うと、心外だったのか眉を上げる。
『なにそれ』
「好きなヤツに告れる日だったんですよ」
前は少し恥ずかしがったりとかして言わなかっただろうが、今はもう恥ずかしさとかは無くしていた。だってもう今更だ。恥ずかしがっていても仕方ない。
すると、神が唐突に動きを止め、顎に手を当てる。
『ああ、あの少女?へぇ〜綺麗だねぇ』
「あ?」
『…ふ、ふふっ、あはははっ。あーー面白い。そんなに好きなの?その子のこと』
「ったりまえだろ」
莉緒の事が話題に出てきて、思わず口調が荒くなったが、それを不快とは思わず面白く思ったようだ。
莉緒が綺麗なのは当たり前だが、それを俺の前で言うとか許さない。ただの醜い嫉妬だって事は重々承知しているが、止めようとしても止められないのだ。仕方ないだろ?
『う〜ん………あ、この子の寿命あともうちょっとじゃん。お願いするかわりにこの子も転生させてあげるから協力してよ』
「………協力ってなんだよ」
莉緒の寿命が短いということに一瞬戸惑ったが、その後の言葉に衝撃を奪われた。莉緒を死んでも俺の事情に付き合わせてしまうことに抵抗を覚えるが、それと同時に、生まれ変わっても一緒にいられることに思わず歓喜してしまう。とりあえず無駄な協力とかならせずにそのまま普通に死ねばいいし、聞くことにした。
『えっとね、私の管理してる世界があるんだけど、そこを救う手伝いをしてほしいんだ』
「は?こっちは莉緒のことを死んでも愛してるだけのただの大学生だぞ?救えとか何言ってんだ?」
『あははっ。ふふふふっ!大丈夫大丈夫。救うって言っても手伝いだから』
神曰く、地球があるこの世界とは別の世界の管理者をしているらしい。そこに神の元カノがいるそう。
「元カノ?」
『そーそー。と言っても番つがう直前までいったんだけどね。ちょーっと行き違いが起きちゃって彼女が堕ちちゃったんだ。私への愛が重くて、『可愛さ余って憎さ百倍』って言うのかな?私の世界の生物を操って混沌を起こしまくってるんだよ。そんなとこもかわい〜けどね〜』
なんとはた迷惑な神様だろうと思った。いや、痴情のもつれで世界を巻き込むってなんだよ。勝手にもつれとけ。
『ということで頼むよ。邪神かのじょを探すだけでいいからさ。ちなみに決定事項だから。少女を連れてくか連れてかないかくらいなら決めていーよ』
本当に迷惑でしかないじゃないか。俺は莉緒がいないんだったらもうこのまま死んでもいいけど、莉緒がいるんなら死ぬ気で生きる。
そういうとこも含めて選ばれたのか?ま、違うだろうけど
「はぁ、分かった。莉緒の寿命が無くなったら、その世界に転生させてくれ。……そいやー莉緒は死んだ記憶とか残るのか?」
『ん〜どっちでも?』
「なら無くしてくれ」
『いいの?』
「あぁ。わざわざ怖い事を思い出させる必要はないしな」
『ふーん。そういうものなんだ。ま、思い出したいって思ったら思い出させるくらいにしててあげる。見つけるのは自分で頑張ってね。ある程度魂での干渉はさせるけど大体しか分からないよ』
「それでいい。俺が間違えるなんてことありえねーしな」
俺はそう言って、ニッと笑った。
◇
「そういう訳で、コイツが莉緒──ラビィの事を気に入って、干渉されて莉緒だと分からない俺はそれに気づかずせっせとラビィの所に通ってたんだ」
語り終わると、ラビィがただでさえ大きな瞳を更に大きくした。
はーかわいいかよ。マジで天使だな
心の声を聞いたのか、思わず赤くなるラビィに更に愛しさを感じてしまう。
『いや〜「俺なら気づく!!」って啖呵切ったかと思いきや気づかずに悶々としてるんだもん。住処でずっと笑い転げてたなぁ』
そんな幸せに浸っていたら、笑い混じりの声に邪魔をされる。
「それで?アンタは元カノとはもういいのか?」
『元カノじゃなくてか・の・じょ。まーね。もうちゃんと誤解は解いてしば…来たから〜。説明とラビィを死守出来たら帰って愛を確かめ合うつもり』
その言葉通りに取ったらいけないことくらい声音と顔を見ていれば分かる。というか縛るって言ったよな?ラビィは純粋すぎて良かった、みたいな顔をしてるがもうそのままでいてほしい……色々知ってるのにそういうとこで鈍感かますの前世から変わってないなぁ、と思わず耽る。
「シル?」
「ん?なんかあったか?」
ラビィが俺の顔を覗き込んで問いかけてきた。
ところで、せっかくイチャイチャ出来ると思ったのに中断された事で俺は少しムシャクシャしていた。唐突であるが、我慢の限界である。ということでラビィ、許してくれ。
「………っ!!!ちょ、シルっ!!」
するすると無防備な左手を掴み、ラビィの指で光る俺色の宝石が付いた指輪を触る。そうやってからギュッと手を繋いだ。勿論指を絡める恋人繋ぎだ。
これだけで顔を赤くするラビィが可愛すぎて仕方ない。俺がそう考えると更に赤くなるラビィ。
くっそかわいいんだけど。神早く帰ってくんねーかな。
『だから、私の前でイチャイチャするなって!もう……。はいラビィ、祝福ね。また遊びにくるよ。バイバイ』
俺たちの甘い空気に耐えられなくなったのか、ラビィになにかしてから神は帰っていった。
「ようやく居なくなった。ラビィ」
そう言って、繋いでいた手を一旦離して手を広げる。
「だ、誰がそんなのに付き合うのよ。ほら、もう時間も結構たったんだから早く帰って──」
「らーびーい。……おいで」
長年の勘で、少し押せば抱きつけるくらいにはラビィが浮かれている事がわかったのでさっきよりも甘い声でそういうと、案の定、腕を回してくれた。
少し予想外に、突進して。
「うおっ。大丈夫か?」
俺は一応鍛えてるし胸もそこそこに硬いと思い、思わずラビィの頭を撫でると、ラビィの耳が赤くなる。
「………なんでシルが謝るのよ。わたくしが突進しただけなのに」
「ん〜、俺の一部で痛い思いをさせるのが嫌だからな。1回は決定だけど、それ以外では出来るだけ痛い思いをしてほしくないし」
「………うん……?」
1回は決定という言葉にハテナを浮かべるラビィが今日もかわいい。しれっとラビィに触ろうとしたら手に電流が走ったので、多分祝福とはこの事だろう。予測だが、激しくなるにつれ効果が高まるものだろうと、早々に諦めた。
まぁ、触らなくても出来ることはあるし…な。
これからも、ラビィと2人でいられるのならもう何だっていい。この愛の重さをラビィは分かっていないだろう。でも、それでいい。ラビィの好きがほんの少しだったとしても、
───これからもずっと、惚れさせる努力を続ける。それだけなのだから。
エスパー令嬢は転生腹黒令息と恋に落ちる 理生 @YumeNa
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