第17話 月牙族襲来

 曹瑛と榊は張合うように砂漠を駆ける。砂丘の上の商人たちは跪き、月牙刀を突きつけられている。商人を取り囲む月牙族は八人、残り二人が積み荷を物色している。

「奴らは喉を掻き切る」

「なんて残忍な奴らだ。容赦は要らないな」

 榊は怒りを覚える。積み荷を奪ったら放してやればよいものを。


 月牙刀が振り上げられる。曹瑛は走りながら帯に差した扇子を抜き、中骨に仕込んだ刀子を放つ。

「ぎゃっ」

 白黒の縞模様の頭巾の男の手に刀子が腕に深々と突き立ち、月牙刀を放り出した。男の身に纏う白い麻布が血に染まる。

「何者だ」

 月牙族が騒然とする。

「邪魔する者は殺せ」

 朱殷しゅあん色の衣を纏う男が野太い声で叫ぶ。この男が頭領のようだ。


 目の前に跪いていた商人の一人がすらりと立ち上がった。白い衣に身を包み、首には見事な翡翠の金飾りを付けている。上背があり、背筋を伸ばした立ち姿は一切の怯えが見えず堂々としている。翡翠国の人間に違いない。

 翡翠国の男は胸元に手を入れ、棒状の黒光りするものを取り出した。それを月牙族の一人に向ける。乾いた破裂音が砂丘に響き渡る。


「うぎゃっ」

 月牙族の男がその場に倒れた。返り血で黒ずんだ白い服にじわりと鮮血が広がっていく。周囲に火薬の匂いが立ちこめる。

「ほう、噂に聞く銃か」

 銃という武器を聞いたことがある。鉄の筒に火薬と先を尖らせた弾丸を込め、着火して飛び出した弾丸で相手を殺傷すると。天陽国では知るものはおらず、遼河国でも持っているものは限られる。銃を手にした翡翠国の男に榊は注目する。


 男は続けざまに銃を撃つ。月牙族が焼けた砂の上に次々倒れていく。追いついた曹瑛が砂獅子の牙をじゃらりと腰に下げた男と対峙する。月牙刀を揺らし、曹瑛を威嚇する。

「何者だ、邪魔をするな」

「お前らこそ手を引け」

 話を聞く耳を持たぬ牙の男は月牙刀で斬り掛かる。曹瑛は刃を仕込んだ扇子でそれを打ち返す。


 頭に血が昇った牙の男は月牙刀をがむしゃらに振り回す。曹瑛は後退りながら上半身を捻らせて攻撃を避ける。

「喉元を切り裂いてやる」

 牙の男が月牙刀を薙ぐ。曹瑛は身をかわして牙の男の手首を掴む。その剛力を振り切ることができず、呻き声を上げる。曹瑛は男の手首を持ったまま脇腹に拳を入れ、怯んだところに肘を突く。

「ぐえっ」

 牙の男は自らの月牙刀を脇腹に突き立て、膝からくずおれる。月牙刀は肋骨の間に突き刺さり、吹き出す鮮血が砂を赤く染める。


 榊は刀を抜き、 二本の月牙刀を構える男と間合いを取る。砂に足を取られ、普段の足捌きができないのは不利だ。男は上半身裸で、坊主頭から全身に至るまでまじない文様の刺青を施している。

「ふふふ怖いか、二本の月牙刀を扱えるのは俺だけだ」

「御託はいい、かかって来い」

 榊は刺青男を挑発する。


 刺青男は両手の月牙刀を突いては引く波状攻撃を繰り出す。榊はそれを刀で弾き返す。大口を叩くだけあり、その攻撃速度は油断ならない。

 鋭い刃が榊の腕を切り裂く。焼けるような痛み、紺色の布に血が染み出す。

「命乞いをしても無駄だ」

 調子づいた刺青男はさらに猛攻を仕掛ける。榊は刀で月牙刀を捌きながら好機を狙う。やがて刺青男の動きが鈍り始める。最小限の動きで受け流す榊と比べ、体力の消耗が激しいのだ。


 榊が目を見開き、刀を打ち上げる。刺青男の月牙刀が弾かれ宙を舞う。隙だらけになった胸元を狙い、刀を袈裟懸けに振り下ろす。

「ぐわああっ」

 刺青男は血飛沫を上げて背中から砂の上に倒れた。

「切り刻まれる気分はどうだ。そのくらいで死にはしない」

 榊は泣きわめく刺青男を醒めた瞳で見下ろし、吐き捨てる。


 仲間がやられているのに積み荷を物色していた二人は自分だけ盗品をせしめていこうと、荷ほどきに必至になっている。その背後から伊織と高谷が身を屈めて近付いていく。伊織は駱駝の背中にぶら下げてあった鉄鍋を手にする。

「この泥棒」

 伊織が叫ぶ。ちびの男が驚いて振り向いた瞬間、頭上に鉄鍋が振り下ろされた。ちびは目を回して卒倒する。


「貴様ら、何しやがる」

「それはこっちの台詞だよ」

 高谷が墨を付けた絵筆を振る。なまず髭の男の目に墨が飛び散り、視界を奪う。

「畜生っ」

 高谷は目を押さえて喚く男の股間を思い切り蹴り上げた。

「ふひょ」

 情けない声を上げ、なまず髭の男は股間を押さえて蹲る。伊織がとどめとばかり、哀れな男の後頭部を鉄鍋で叩く。男は涙目で砂の上に突っ伏した。


「くっ」

 翡翠国の男は小さく呻く。手にした銃に着火せず、銃弾を撃ち出すことができない。襤褸ぼろを纏った男が月牙刀を振り上げて襲いかかる。翡翠国の男は銃把で襤褸を殴りつける。怯んだところに脇腹に膝蹴りをめり込ませた。

「死ねい」

 朱殷の衣を纏う首領が翡翠国を男を背後から斬りつける。金属がかち合う音がして、月牙刀が弾かれた。


「背中を狙うとは卑怯な奴だ」

 そこには刀を構えた榊が立っている。背筋を真っ直ぐに伸ばし刀を正目に構える姿は凜とした気が張り詰めている。その気魄に翡翠国の男は思わず息を呑む。

「邪魔をするな」

 巨漢の頭領が怒りに任せて榊に斬り掛かる。榊の眼光に力が漲る。気を纏う刃の一閃。月牙刀は見事真っ二つになり、頭領の足元に転がった。


「た、助けてくれ」

 武器を失った頭領は跪いて肩を震わせながら砂に頭を埋める。

「お前たちは命乞いした奴らを助けたことがあるのか」

「神に誓う、もうこんなことはしない」

 頭領は身体を丸め、帯に隠した小刀を取り出す。自分を見下ろす榊を媚びるような視線で見上げる


「ははは、この世に神などいるものか」

 頭領が叫んで立ち上がり、榊の胸元を狙い小刀を突き出す。

「ぐぎゃあ」

 激しい熱を感じた。腕に刀子が深々と三本突き立っている。頭頂部に打撃があり、頭領は白目を剥いて倒れた。

「何て卑怯な奴」

 鉄鍋を握り締めた伊織と扇子を手にした曹瑛が立つ。


「助かった、心から礼を言う」

 翡翠国の男が白い頭巾を取る。その肌は白磁のように白く、髪は陽の光を受けて金色に輝いている。柔和な笑みを浮かべる瞳は碧がかった灰色で、鼻筋が高い。

「遼河国の皇帝に貢ぎ物を献上するため、翡翠国から旅していた。関所がもうすぐと喜んでいたところ、こいつらに襲撃されたのだ」

 男はライアン・ハンターと名乗った。その名は異国の響きだ。翡翠国の皇帝から命を受けた使者だという。



 

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