色イロイロ

否定論理和

彩色見微

 放課後、の校舎に下校時刻を告げる金が鳴り響く。夕焼けのオレンジが差し込む美術室で、秋山翼アキヤマ ツバサは一人頭を抱えていた。


「違う……違う……違う?何が?」


 何度目になるかわからない自問自答が口から盛れる。下書きだけが描かれたスケッチブックを前に固まったまま、もう1時間が経とうとしていた。


「おーい」


 不意にかけられた声。思わずイスから滑り落ちそうになるところをすんでのところで堪えると、秋山は声のした方に視線を向ける。


「生徒は下校する時間だぞー。さっきのチャイム聞こえなかったのかー?」


「……なぁんだ、フミちゃん先生か」


各務原カガミハラ先生と呼べっていっつも言ってるだろー」


 あまり整えられないまま伸ばされたぼさぼさの髪、小豆色のジャージに黒縁の眼鏡。フミちゃん先生と呼ばれたその女性はわざとらしく不機嫌そうに返答する。


「絵を描くのに夢中になるのはいいけどなー、あんまり夜遅くなると親御さん心配するだろー?それともなんだ?スランプか?」


 スランプ、と言われた瞬間秋山の顔が少しこわばるが、すぐに落ち着きを取り戻す。


「色がね、決まらないんですよ」


「色?」


「文化祭で使うポスターを描いてくれって頼まれたんですがね、こういうのってどんな色で描いたものか」


 各務原はふむ、と少し考える。


「色ねぇ……色のイメージは基本的にその色のモノに左右される。赤なら炎や熱の、青なら水や氷、みたいにな。そのポスターでどんなイメージを伝えたいか、それを考えてみたらいいんじゃないか?」


「おお、フミちゃん先生、先生みたいなこと言うじゃん」


「先生だよ、美術は専門じゃないだけで。んで、どんなイメージが欲しいんだ?」


「……黒ですね」


 少しの逡巡の後、そう答えた。


「おう、んじゃとっとと帰れ。続きは明日にしろ!」


「りょーかい、フミちゃん先生またねー!」


 ばたばたと画材を片付けてから慌ただしく駆け出す秋山を見送った後、各務原は美術室に鍵をかける。


「そういえば」


 そこでふと、疑問が湧いた。


「あいつ、どこのポスターを描くんだ?」


 文化祭で使うポスターと言っても色々だ。文化祭そのもののポスターならば明るい、よく目立つ色合いを使わせるべきだっただろう。特定の部活やクラスの出し物ならばその出し物に合わせた色合いというものがあるのではないだろうか。


「……まあいいか。変なもん描いたとしてもそれはそれでボツになったりするだろ」


 結局、それ以上思考を進めることはせず各務原は校内の見回りを再開した。


 その後、お化け屋敷の装飾として使われたポスターの中に一つ、真っ黒だったせいで客から気付かれることなく終わった物があったのは、また別の話である。

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