あなたの色に(1)
「あなたが暮らしていた・・・いえ、魂の一部をこちらへ喚んでいるのですから、今も暮らしていると言うべきなのでしょうけれど、そんな乗り物があるのですか。」
「うん。昔はここと同じように、動物に牽かせるものがほとんどだったと思うけど、いつからかそんな風になっていったんだよ。
こっちでも魔法を使えば、似たようなものは作れると思うけど。」
「なるほど・・・・・・いえ、現実的ではありませんね。ごく短い時間であればともかく、長い距離を移動するためには、どれほどの魔力が必要になるのか・・・」
「ああ、そうなんだ・・・・・・いや、それは私のいるほうでも、似たような問題があるかな。そういうのを動かすために、木を切りすぎたりしてるから・・・」
「そちらで何か起きているのですか・・・? 詳しく聞かせていただきたいです。」
「う、うん・・・・・・」
「・・・大変勉強になりました。聞かせていただきありがとうございます、アカリ様。」
「そ、それは良かったけど、様付けされるのって慣れないなあ。ソフィアさんとは同じくらいの年だろうし、普通に呼んでくれて構わないんだけど。」
「そういうわけには行きません。この国はあなたの力を借りるため、こうしてお喚びしているのですから。礼は尽くさせていただきます。」
「ええ・・・・・・」
城の会議室に、灯火がゆらめく。それはまだ、私達が出会って間もない頃のこと。
「うーん、失敗しちゃったなあ・・・・・・」
天幕の中、簡素な机に乗せられた器にあるのは、少しの甘味はあるけれど、ただ冷えて固まっただけの何物か。想像していたものには程遠い。
「いいえ、アカリ様。これはこれで美味しいと思いますし、何より魔法で新しい食べ物を生み出そうとするのは、楽しい試みでしたよ。」
「ソフィアは前向きだなあ・・・そう言ってくれるのは嬉しいけど、私としてはちょっと・・・いやだいぶ不満なんだよ。」
「それほどまでに美味しいのですか。『アイスクリーム』というものは。」
「うん。本物はもっと甘くて、口の中に入れると溶けるようで・・・って、ごめん。実際に食べさせてあげることができないのに。」
「アカリ様。そんなことは気にしないでください。私はあなたの住む世界について、もっと知りたいと思いますし、それを心から楽しいと思っています。
実際に見たり触れたりすることができなくとも、知らないままでいるよりは、聞かせてほしいのですよ。」
「そっか・・・ありがとう! それはそうとして、この実験については、軍の人達には内緒にしたほうが良いよね?」
「は、はい・・・あなたがしたことであれば、不満は出ないかと思いますが、万一を考えると・・・」
「よし、二人で食べちゃおう。ところで、内緒ついでにもう一つ頼みたいことがあるんだけど・・・」
「何でしょうか? アカリ様。」
「二人きりでいる時くらい、そろそろ名前だけで呼んでくれないかな。もう私達、そんな堅いことを言う仲でもないでしょ?」
「・・・っ!! ほ、本当に内緒ですよ? アカリ・・・」
「ありがとう、ソフィア・・・!」
二人だけの秘密に、距離もぐっと縮まった気がした、出会いからしばらく経った旅の途中。
「アカリ、召喚術の修練も良いですが、そろそろ休まなければ明日に響きますよ。」
「そういうソフィアも、負傷者の回復をいつもしているし、また明日も早起きして、軍の手伝いをするつもりじゃないよね?」
「・・・っ! わ、私には立場がありますから。」
「それなら、私だって戦力として期待がかけられてるんだし、修練には励まないとね。その後にやりたいこともあるし。」
「もう、アカリはこうと決めたら、無理をするんですから。」
「それはお互い様かな。」
少しだけ膨れ面で、二人で見つめ合う。
「・・・うん、こんなことするくらいなら、ちゃんと休もうか。ごめんね、ソフィア。」
「いえ・・・私こそ申し訳ありません、アカリ。」
「じゃあ、ソフィアもこっちね。」
「はい・・・お邪魔します。」
護衛の名目で、近くに敷かれた寝具の距離を越えて、同じ毛布にくるまる。
「やっぱりこうしたほうが、心地よく休める気がしない?」
「はい・・・アカリの体、温かいです。」
「ソフィアもだよ。それに・・・」
「んっ・・・」
「好きな人と触れあえるって、それだけで元気になれる気がしない?」
「はい、同感です、アカリ・・・」
天幕の薄暗い灯火の下、二人の間だけは輝いている気がした、私達の距離がほとんど無くなった頃のこと。
「アカリ、『あなた色に染まる』という言葉が、こちらの世界にあると聞きましたが。」
「あはは、確かにあるね。何を言いたいか分かる気がするけど。」
「私はもう、アカリの色に染まっているのでしょうね。」
「まあ、ソフィアがこっちの話を元々好きだったのもあると思うけど、向こうから連れてきちゃってる時点で、何を言われても仕方ない気はするかな。」
「当然ではありますが、私は嬉しいのですよ。こちらの世界の料理も、少しずつ作れるようになってきましたし。」
「うん。それに関しては、私よりもはっきりと上手だと思うよ。」
「アカリは余程好きなものでなければ、簡単に済ませてしまいそうですからね。」
「あはは、気分にもよるけど、そうすることも多かったかな。」
「そんなアカリに提案です。今日は手作りのアイスクリームを作ってみませんか? よくお店で買っているものも、美味しいと思うのですが。」
「ああ、あの時の再挑戦ってわけだね。こっちなら作り方もちゃんと調べられるし、ソフィアと一緒にできるなら、あんな風にはならないよ。」
「はい! もちろん私が頑張りますので。」
「ありがとう。気合い入ってるなあ・・・」
「ふふ、それもアカリの色に染まったおかげかもしれませんね。」
「それは嬉しいけど、まだ朝だし、主に私の都合だけど学校だって夏休みだし、もう少しゆっくりしても良いんだよ?」
「はい・・・それでは、お言葉に甘えます。」
お揃いの寝間着を身に付けながら、同じ布団の中で抱きしめ合う。
「アカリの名前には、ともし火の意味があるそうですね。初めて会った頃、まだ堅いところもあった私は、アカリに導かれ、照らされ染められて、ここにたどり着くことが出来たのかもしれません。」
「それなら私も、ソフィアのためなら色々頑張れると思って、そうしてここにいるんだけどなあ。」
「嬉しいです、アカリ。これからもあなたの色に染まって良いですか?」
「もちろんだよ、ソフィア。」
そうしてお互いの色を重ね合うように、私達は唇を寄せ、穏やかな朝の一時を楽しんだ。
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