黒と薄紅

その光景を見て、これは夢だとすぐに気付いた。

目の前には忘れもしない強大な敵。怒りに燃える声と共に、黒い魔力は荒れ狂う。編み上げられた漆黒の茨が狙うのは、私の誰よりも愛しい人。


どんなに止めたいと思っても、それは止められるものではない。

いや、夢の中ならばありえるのかもしれないけれど、何よりこの結末を、私は知っている。


「ソフィアあああああっ!!!」

あの日と同じように、私の叫びが響き渡る。愛しい人が胸を貫かれる様は、夢だと分かっていても、平静でいられるはずなどない。


あの後、向こうの世界で学んだ力で、魂を取り戻すことは出来たから、目覚めれば隣で眠っているだろうけど、起きたことが消えるわけではない。今更遅いけれど、あの時に守れるだけの力を、私が持っていれば・・・・・・



「・・・カリ、アカリ? 大丈夫ですか?」

「・・・ん・・・・・・」

身体を揺さぶられる感覚と、何より望んでいた声が聞こえて、現実に引き戻される。


「おはよう、ソフィア・・・」

「おはようございます、アカリ。目が覚めたのですね。うなされていましたよ。」

目を開ければ、こちらを心配する表情が、すぐ傍にあった。


「うん・・・・・・夢を見たんだ、あの時の。」

「・・・っ!!」

その言葉だけで、きっとソフィアにも伝わっているのだろう。


「ソフィア、私があの時・・・」

「アカリ・・・!」

言いかけた瞬間、ソフィアがすっと顔を寄せてきて、唇を塞がれた。



「ん・・・・・・・・・っ、何も言わないでください、アカリ。私は今ここにいるのですから・・・・・・」

「うん・・・・・・うん。」

息が苦しくなるくらい、深く重ね合わせてくるソフィアに、さっきまでの私の気持ちが霧散してゆく。心の中に生まれかけた黒いものが消え去って、私を満たしてゆくのは薄紅色の唇だった。


「ん・・・・・・ありがとう。もう大丈夫だよ、ソフィア。」

「良かったです、アカリ・・・・・・!」

一つ息をついたところで、笑ってお礼を伝えれば、間近にある表情が喜びへと変わる。


「私からも、お返ししようかな。」

「はい、喜んで・・・でも、少しだけお手柔らかにお願いします。」

「うん・・・・・・」

頬を染める薄紅の色が、だんだんと濃くなってゆくのを見ながら、私達はまた顔を寄せあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る