灰と赤
私に映る景色は、その多くの時間で灰色だ。
父の後を継ぎ、まだ子供と言われてもおかしくない年で就いた、伝統ある都市の長としての地位は、そんな思いを抱かせる。
もちろん、父の代からの経験豊富な部下達が、実際に都市を動かしているけれど、言い替えれば、私は居なくても良いのとそう変わらない。
あるとすれば、都市を代々守ってきた一族の出身であることや、それを元にした市民からの支持くらいなものだろう。
それも私が少し大きくなり、物事が分かるようになれば、状況は変わってくる。
こちらに取り入ろうとする者、あるいは誰かを蹴落とそうとする者、そんな態度は見せずとも自らの利益を画策する者・・・歴史ある大きな都市の中で、有力者の利害は複雑に絡まり合い、皆が同じほうを向くことなど想像もつかない。
あちらを白く塗ろうとすれば、別の場所が黒く染まり、その周囲もまだらに色を変えてゆく。だから私に見える景色は、灰色なのだ。白と黒が混ざりあったという意味でも、全てが色あせて見えるという意味でも。
・・・私が守りたいのは、たった一人の『妹』だけなのに。
この立場にいれば、『妹』・・・都市の法に則るならば従姉妹も、政治的な束縛からは逃れられない。
叔父と異国から嫁いできた母の間に生まれ、どこか神秘的な雰囲気すら漂わせる『妹』を、私の代わりに都市の長にと推す声も聞かれるようになり、私のように・・・あるいは私以上に、利用しようとする者も多いだろう。
そんな私達はといえば、要人のための隠し通路を伝い、二人きりで会う時間だけを楽しみにしているのだけれど。その艶のある黒髪や、時折見せる聡明な思考は、人々の評判も間違いではないと思うが、私にとってはただの甘えん坊な『妹』なのだ。
やがて、都市内の諍いは綻びを生み、外からの介入すら許して、歴史ある古城の中は戦いの声に包まれる。
それが訪れる少し前から、不穏な気配を薄々感じていた私は、妹を危険な目に遭わせないため、遠ざけるようにしていたけれど、
彼女も傭兵を・・・しかも手練れと思しき者まで含む数名を雇い、何やら動いているようだ。本音を言えばすぐにでも逃げてほしいけれど、ままならない。
それでも、私に敵を引き付けるほうが、妹はより安全になる。そう信じて、磨き続けてきた火の魔法と共に、戦いへと身を投じた。
目の前に広がるのは赤。私が放った火が敵を焼き、あるいは床や壁の布地に燃え移った炎が、城内を染めてゆく。そう、私と妹が過ごしたかった時間を妨げるものなど、焼け落ちてしまえばいい。
敵が倒れるのを確認して、次へ向かう。生死など二の次だ。確実に息の根を止めるよりも、立ちはだかる者を減らすほうが効率が良い。倒れろ、倒れろ、倒れろ・・・・・・!!
・・・気付けば、私は消耗しつつあるらしい。広がる赤は相変わらず燃え盛っているけれど、ほんの少しぼやけているようだ。
複数の敵をまとめて焼き払い、次の標的を探して前を見れば、討ち漏らした一人がこちらに迫ろうとしている。これは深手を覚悟しなければ・・・
その時、私を守ったのは見間違えるはずもない、妹の魔法。あれほど言ったのに、付いてきてしまったらしい。だけど、助けられたのは私だから、感謝すべきだろう。いつの間にか辺りの敵を薙ぎ払っている傭兵も、本当に手練れのようだ。
・・・妹の視線が痛い。魔力の使い過ぎで消耗した身体よりもずっと。心配してくれているのは確かだけど、私が無茶をしたことに怒っているよね?
ああ、それでも、今見えるのは灰でも赤でもない。城内はまだ混乱の中にあるけれど、妹が連れてきた希望が、私にも未来を見せてくれているようだ。
最初からなりふり構わず、こうしていれば良かったのかもしれない。そんなことを言っても時間は戻らないから、妹と手を繋いでまた前へと進む。今度こそ私達で未来の色を見るために。
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