19 峠を越そう

 ナレリーナ町を出発してフォレルーク町を通ってから野営で一泊して2日目。

 午前中から歩き出して、日が高くなってきたころ。


「お、今度はオレンジの木がある、それも2本」

「ほんと、目ざといんだから」


 ほいほい道をそれて、木に向かう。

 オレンジの木が並んで2本、生えている。

 周りには枯れてしまったオレンジの木があと3本ほど見える。

 ここは日当たりがいい南斜面だから、オレンジみたいな柑橘類に適しているのだろう。


 街道沿いには、リンゴ、オレンジ、ナシ、ブドウ、イチジクなんかはよく生えている。

 これは自生しているんではなく、冒険者とか商人が休憩したときに果実を食べて、種をその辺に捨てるらしい。

 そうすると、そこからたまに生えてくるのだ。

 そして、そういうのを育てるのを愛好する通行人たちが、通るたびに手を入れたり、実を採ったりして、好き好きに見守っているのだ。


 道に近すぎると、すぐに見つけられてしまうため、実が残っていないものが多いが、ちょっとでも離れると、意外とそういう木は見つかる。


「オレンジも大量だな」

「今年は豊作みたいだね」

「そうだな」


 ちなみに今は季節は春で、この世界では実りのシーズンでもある。

 初秋に花を咲かせて、真冬になる前に実が大きくなり、冬を越している間に熟して、今が食べごろということだ。

 ブドウは春に咲いて、秋収穫だから今はない。


 早く取らないと他の人に取られてしまう。でも、早く取りすぎても不味いので、時季が合うのは、けっこう難しい。



「なんか食べたい」

「飴ちゃん要る?」

「飴はもういい」

「そうか」

「うん。なんかしょっぱいおやつほしい」

「そうだな、チーズとかどうだ。うちの乾燥チーズ」

「いいねっ」


 俺の村長の家では、少数ではあるが家畜を飼っている。

 その中に牛もいるので、牛乳を搾れる時期があるんだが、もちろん生の牛乳を飲む習慣は俺らだけなので、残りは自然とチーズに加工される。

 スコット家のチーズは量が少ないのでやや貴重品だけど、長老という立場でいくぶんか入手してある。


 ちなみにこの世界のチーズには、岩塩から作るニガリのようなものを入れて固めるので、子ヤギだかを殺して胃液を使うみたいな習慣はない。


 アイテムバッグからチーズを取り出して、モノほしそうな顔のテリアにひとかけ渡す。

 ついでに俺の分も出して食べる。


「うーん、おいしぃ~」

「まあ、うまいな」

「このチーズ、もっとたくさん売ればいいのに」

「そんなにたくさん牛がいない」

「なんだあ、残念」

「うちの家だけだからな」

「そっか」


 今、村では薬草が主力製品で、みんなで酪農までやる余裕はない。まあ鶏ぐらいは各家庭に居たりはするけれど。




 前方に目をやると、川の左右に山があり道が川岸からそれて、峠のほうへと向かっていた。

 ナレリーナ領の出入り口、ミルティー峡谷だった。


 川沿いは峡谷になっていて、とても通れないので、道は川から離れる。

 こちらの峠もミルティー峠という。


 道がだんだん上りになってくる。


「お、イチゴ。いっぱい生えてる」

「おお」


 道からちょっと入った場所にイチゴが群生している。

 これは野生種だ。野イチゴというか木イチゴだ。色はオレンジ。


 丸い粒がたくさんくっついたみたいな形をしている。


「ほいほいほい。収穫しまっせ」

「これだからアイテムボックス持ちは」

「テリアだってマジックバッグ持ってるくせに」

「まあね。これ高いんだからね」

「知ってる」


 イチゴは普通の通行人が収穫してもいいのだが、日持ちしない。

 日持ち以前に潰れてしまう。

 道端でジャムにするほど高級な砂糖とか持ち歩いている人も少ない。


 ということで放置されやすいのだ。価値は知っているが、しぶしぶ諦めるのだろう。

 もちろんそれ目当てで野イチゴを収穫する人もいるけど、ここまでくるより村の近くの山に入ったほうがいい。

 わざわざ遠出して残っているかも怪しい道沿いで収穫しようというもの好きはいないのだ。


 ということで、取り放題。


「んん~。イチゴ、甘酸っぱい。おいしぃ~」

「ああ、うまいな。もういっこ食べよ」

「あ、あ、わたしも」


 二人でイチゴを食べた。もちろん大量にしまってある。


 それから半日、山登りも終わり、ようやく峠が見えてくる。

 そこには4軒ほどの家屋と、槍や剣を持った物々しい格好の騎士たちが10名ほどいた。


「あれが例の、関所か? テリア?」

「あ、うん。まあ今はもう半分、形式だけだけどね」


 領土から出て王都方面への出入りには、ここを通る必要がある。

 あとは山の中を突っ切るぐらいしかない。山の中はヤバい魔物とかも出るので、命がけなので、普通はそういう無理はしない。


 一応、形式的ではあるけど、身分改めがある。


 俺は本物の偽の旅券というアレで、小心者なのでちょっと緊張してきた。

 関所の前の他の家屋は、どうやら宿屋、商店、飲食店が1軒ずつみたいだった。


 そして一番奥、ついにその関所にたどり着いた。

 左右の山には木のバリケードが築かれていて、ここの関所以外の場所は通れないようになっている。


「歩きかい、大変だね? どこまでいくんだい? 身分証、出してくれる?」

「ああ、はい身分証」


 俺は偽造旅券を出す。冷や汗ものだ。


「お、ナレリーナ領主様のサインじゃん。珍しいな」

「どうも、どうも」

「そっちは、エルフちゃんね。かわいいね。彼氏?」

「はい、内縁の妻です」


 テリアは無邪気な笑顔でそう宣言する。


「あはは、そうかい、そうかい。なにか事情があるんだね」

「はいっ、別に浮気とかめかけとかじゃなくて、ちょっと結婚できないわけがあって」

「エルフと人間じゃあ、寿命も違うもんね、わかるよ」

「あ、そう、ですね、はい」

「まあ頑張って、でははい、通っていいですよ」


 よくわからないが、これだけで通れるらしい。

 ちなみに身分改めだけで、通行料とかは取らない。

 うちの領主様は、貿易の妨げになるとして、通行税は全廃している。


「あ、途中で収穫したものです。リンゴ、オレンジ、それから野イチゴですね」

「お、おう、ありがとう」


 関所の騎士に、おすそ分けをすると、騎士は顔をほころばせる。


「では、いい旅を」


 騎士たちに見守られながら、関所を通過した。


 とにかくこれで、ナレリーナ領とは当分の間、お別れだ。

 さらば、わが故郷、ナレリーナ。


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