16 町で過ごそう

 フォレルーク町の『天使の羽根亭』で、一泊した。

 テリアは柔らかいし暖かく、ぐっすり眠ってしまったので、夜間の記憶はほとんどなかった。

 変なことはしていないと思う。


 昨晩は宿屋のシチューとパン、サラダで、味はまあまあ美味しかった。


 俺たちは起きて、一階の食堂へ行く。


「おはようございます」

「おお、おはよう。昨夜ゆうべは眠れたかい? それとも、ぐふふ。お楽しみでしたか」

「なにがぐふふだ。ぐっすり眠ったから、何もないよ」

「ちぇっ、つまんないの」

「宿屋の親父の台詞かそれが」

「あはは、朝食いつでも出せるよ」

「おう」


 椅子に座って、大人しく待つ。

 すぐに食事が持ってこられた。


 こんがり焼けたコッペパン、豚肉炒め、サラダ、目玉焼き、コンソメ風スープ。

 ちゃんとしたコンソメではない。どちらかというと塩と野菜の出汁スープという感じのものだ。


 特筆すべきことは、地球人からしたらなんでもない『目玉焼き』だが、この辺ではかなり珍しい。

 故郷のベルード村の村長の家では鶏も飼っていたので、目玉焼きは普通に食卓に上るものだったけど、町とかではあまり、というかほとんど食べられない。

 だからこの辺のパンには卵も入っていないのだ。


「親父、目玉焼きじゃん」

「おお、この村では鶏をみんな飼っていてな、うちも専用の鳥小屋が裏にあるんだ」

「へえ、すごいじゃん」

「何か一つくらい、名物とか欲しいってことになってな。村長じゃなかった今じゃ町長の意向でさ」

「ふうん」

「それから、今日は昨日ギルドに持ち込まれた豚肉の炒め物が、あるよ、ツイてるね」


 なるほど、それは面白い。

 地域のことはかなり詳しいつもりだったけど、そういうことは商人経由でも知らなかった。


「ねえ、アラリン」

「ん、どうした?」

「この目玉焼きみたいな卵が鶏になるの?」

「ああ、そうだな。黄身のとこについてる点がヒヨコになってこの黄色いのは栄養だったと思う。白身も栄養らしいけど、役割は違うらしいよ」

「私のお腹の中にも、こんな感じの人間の卵が入ってるのかな」


 神妙な顔で、お腹をさするテリアちゃん、見た目13歳。

 ふむ、そういうお年頃か。


「ああ。すごい小さいけどな。原理は似たようなもんらしいよ」

「ふうん」


 地球では普通の知識だけど、そういう卵生とか胎生とかのことって、あんまり知られてないよな。こういう中世ぐらいの世界だと。

 場合によっては、内臓や骨格の正確な数や構造とかも、ちゃんと理解されてなかったりもする。

 というか、この世界では、モンスターは瘴気から直接発生したりするし、精霊も自然のマナの集合体だったりするらしいので、人間類も地球と同じとは言い切れない。

 致し方ないけれど、ポーションで何でも治る、というのが、解剖学的な知識への探究を阻害してる気がする。


 とにかく、変なこと考えてると、飯を楽しめない。


「新鮮な卵焼きはやっぱりうまいな」

「そうね」




 飯を食ったので、ギルドに寄る。

 昨日忘れていた野暮用を済ませておこう。


 美人だけど、そこまで若くはない受付嬢が暇していたので、そこを利用する。

 あとは強面のおっちゃんがあくびをしていたので、そっちは見なかったことにしよう。


「おはよう」

「おはようございます」


 ギルドカードを出して、用件を言う。


「新鮮な低級ポーション、マジックバッグにたくさんあるんだけど、足りてます?」

「お気遣いありがとうございます。そうですね、三十本ぐらいあると、安心できますね」


 さすができる受付嬢。ギルドの状況を把握していた。


 これはポルポルンボン錬金術工房に寄ったときに、在庫のあまりで新しいやつを優待価格で買い込んできたのだ。

 だから俺の売値は、相場の八割程度くらいのはず。


 受付カウンターに低級ポーションを並べていく。

 さすがに三十本も出すと、けっこう壮観だ。


「わわ、この値段で、数が揃ってて、新しいのなんて、うれしいですね」

「そうですね。お役に立ててよかったです」


 こうしてここでの用事を終わらせた。

 いい感じの取引ができて、俺もうれしい。

 信頼できそうだから、念のため聞いてみよう。


「ちなみに値段は張りますが、上級ハイポーションが少しあるんですけど、必要な人とかいますか?」

「えっと、本当ですか。それがですね、実は町長の奥さんが、ライーナ黒点病でして」


 病気としては、かなり珍しい。

 それは発病すると黒い点が皮膚に現れ、徐々に弱ってきて、五年ぐらいでほぼ確実に死亡すると言われている、奇病だった。

 一般的な感染症ではないらしく、うつるとは聞かないのが、せめてもの救いだ。


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