13 秘密を共有しよう

 テリアはるんるん気分で俺より前を歩いている。

 頻繁に右を見たり、左を見たりして、色々なものを見つけては、うれしそうにしている。


 まあ、こういうのも悪くはない。


 俺は後ろからそのミニスカートとニーソックスのお尻とか太ももを見つつ、周りの警戒も怠らない。

 もっとも、危険なことがあれば俺より先に、テリアの周りにいる精霊なり妖精が教えてくれそうなので、あまり心配はしていない。


 馬車の音がしてきた。

 少し警戒しつつ歩く。


 後ろ側、ナレリーナ町方面から馬車がやってくる。

 種類はうーん微妙だな。あれは人員輸送タイプ。しかも檻付きで、防御力は高いが、この檻は奴隷を運ぶためのものだ。

 皮肉にも、この檻で出られない代わりに、御者よりはモンスターに襲われたときに、死んだりしない。


「むぅ、私、ああいうの嫌い」

「俺もあんまり好きではないが」


 自分で性奴隷になるとかいいつつ、本物の奴隷がぎゅうぎゅう詰めで輸送されているような扱いは嫌いだそうだ。

 俺も非人道的なのは、好きではない。


 俺たちは道を外れて、それを眺める。


 馬車が横を通過していく。粗末な格好の奴隷たちが見える。

 美少女たちばかりだった。

 部屋を分けるか、そうでないなら男女別に輸送するのは基本かもしれない。

 すがるような視線を感じるが、俺たちにできることは何もない。


 全員買い上げて、自由の身にさせるとかも、無理だろう。


「ねえ、アラリン。奴隷の首輪で私を縛り付けて、無理やりしたいと思ったりする?」

「あ? 別に」

「そう。そういう欲望とかってヒューマンは抑えるのが難しいんでしょう?」

「まあな。そういう趣味のやつもいるが、俺は別に。でもあまりにも我儘だと、黙らせるために、首輪着けて『黙れ』っていいたくなるかもしれない」

「私、黙ったら、死んじゃうよ」

「だろうな」


 こいつは、自由におしゃべりしてればいいんだ。

 それが自由を愛するエルフの生きる道だ。


「じゃあこの辺で、お昼にしよう」

「さんせーい。お茶、淹れるね」


 道の脇でしばし休憩だ。

 アイテムボックスから、年代物の魔道コンロを出してやり、鍋を乗せる。


「じゃあ、あとよろしく。ああ、ユグドラシル茶とか出すなよ」

「わかってるわよ」


 あれは高級すぎる。

 何があるかわからない野外で、ほいほい飲んでいいものではない。


「水の精霊よ」


 テリアは精霊に綺麗な水を出してもらい、お湯を沸かし始めた。


 俺は隣にもう一つ魔道コンロを出して、お肉とカット済み野菜を塩、胡椒でさっと炒める。

 ニートなので暇なときに、野菜の下処理とかはしておいてある。

 面倒なときには、そちらを使う。


 普通の肉、野菜をはじめ、各種食材、調味料は大量にアイテムボックスに溜め込んでいる。

 よく考えると、調理済みの料理を入れておいてもいいんだけど、その場の雰囲気というのも大事だ。


 ジュワア。


 フライパンの上で、野菜と肉の焼けるいい匂いと、音がする。


「美味しそうね」

「まあ、手抜きにしては、悪くないとは思うよ」


 普通のお茶と、肉野菜炒めとパンで、昼食にしよう。


「いただきます」

「はい。いただきます」


 この挨拶は前世の習慣だけど、この世界にも類似の挨拶が一応ある。

 ただ、やってるやつは皆無だ。


 あとは「神に感謝して」という人はたくさんいる。

 それに対して「いただきます」は、食べ物そのもの、生産者、関係者、万物に感謝する素晴らしい挨拶だと思っている。


 その辺の話はテリアにも昔したような気がするので、彼女も理解者の一人だと思う。

 ただし、転生者である、とは言っていない。


「あ~あ。美味しかった」

「ああ、ごちそうさまでした」

「そうだったわね。ごちそうさまでした」


 ふう、お茶のお代わりをして、一服する。


 今日も天気は快晴。風は涼しく、とても過ごしやすい。

 平和であり、まるでピクニックだな。


「ねえ、アラン」

「なんだ」

「私ね。実は、エルフじゃないの」

「はあ?」

「本当はね。ハイエルフなのよ」

「まじか」

「うん」


 しばらく沈黙が流れる。その間、テリアの優しい目線が俺を見つめてくる。

 見定められているのかもしれない。


 ハイエルフだ、という話は、ただで済む話ではない。

 絶滅危惧種というか、もともと生態系の上位種は絶対数が少ない。ハイエルフもそういうのの一つだ。

 類似でいうと、ドワーフの祖エルダードワーフとか、天使とか。


 扱いは神に準じるとされる場合もある。


「だからね。アランは伝説級の超超最高級の性奴隷を連れているのよ」


 この表現はあながち間違いではないのが、この世界だ。

 神に準じる癖に、その珍しさから、隷属させて奴隷化して利用しようとする不届き者も、実在した。

 特に見た目の美しさや稀少性から性奴隷が一部では持てはやされているという。

 また生きたままのハイエルフの新鮮な内臓を霊薬の材料に、というおぞましい噂もある。火のない所に煙は立たぬというので、過去に悲惨な目に遭ったエルフがいるのだろう。

 ハイエルフはそういう悪しき者に、絶えず狙われているため、普通なら身分を明かしたり絶対にしない。

 エルフは300年ぐらい生き、ハイエルフは3000年ぐらい生きるとされるが、見た目では違いがなく、判別は難しい。


 彼女の両親が旅立ったまま戻ってこないのも、恐らく二人ともハイエルフであることを、知られずにひっそり消えたということだろう。


「わかった。秘密は守る。情報は開示も重要だが、秘匿するかの判断は最重要だ」

「うん。信頼してるから」

「じゃあ、俺の秘密も教えてやろう」

「え、なにかあるの。ニート以外に」

「実はな、俺、転生者なんだ。元は地球世界に住んでいた記憶がある」

「あ~あ。それで『いただきます』『ごちそうさま』なのね。なんだぁ」

「そういうことだ」


 この世界では、転生者という概念はあるけれど、実在している人物には心当たりがない。いわゆるおとぎ話の部類に属する。


 こうして俺たちはそれぞれの最重要機密を共有した。

 かっこよくいえば、一心同体、一蓮托生だった。実際には、別行動しても、何も問題ないけど。


「まあ、そういうことで、これからもよろしく」

「はい。こちらこそ、不束者ですが、よろしくお願いしますね」


 テリアが性奴隷がどうの、と妙にちょくちょくこだわっていたのは、こういう理由だったんだな、と俺の謎は一つ解明された。


 秘密って言っても、今更、扱いも変わらない。

 世の中では重要なことでも、俺たちにとっては、取るに足りない。


 テリアはテリアだし、俺は俺でしかなかった。


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