8 エルフに会おう
ナレリーナ町の領主館でお世話になって、家庭教師をして一月。
子供たちに、珍しい美味しい物、珍しくて名物のくせに不味い物とかを食べさせて、楽しくやった。
剣、魔法、雑学と教えたので、旅立つときが来た。
「では、そういうことで、また生きてたら寄るよ。では、さようなら」
「ああ。俺は次のときまで生きてるかわからんが、頑張るさ。では、またな」
ロバルト・ナレリーナ子爵とも、また固い握手を交わす。
子供たちとも、お別れをする。
「ついて行きたかった……」
「お兄様ばかり、ついて行きたいなんて、ずるいですわ」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんが行くなら、わたしも行きたいでしゅ」
「いやいや、俺一人だから三人も面倒見きれない。それに王都とか他国まで行って、何年も掛かるかもしれない。駄目だよ」
「残念です。また、美味しいお土産あったら持ってきてください」
「そうね。美味しい物で許してあげますわ」
「うん。ゆるしゅ」
「はいはい。食べ物ね。わかった。わかった」
三人の頭を順番に撫でて、なだめる。
「では、行ってくる」
領主館の門をくぐって出る。
さて、行ってくるとか言ってこの町を出ていくみたいに見えるが、大きな声では言えないけど、下町にも用があるのだ。
とぼとぼと高級住宅地を抜け、下町へ移動する。
あった。まだ住んでるかな。あいつ、優柔不断だから、引っ越したりするしな。
「たのもう」
ガラガラガラ。
建て付けの悪いドアが、挨拶した瞬間に向こうから開かれた。
目の前には、金髪碧眼のちっこい巨乳エルフがいる。
もちろん超絶美少女だ。年齢は俺より少し若かったと思う。
ドアから飛び出してきて、抱き着いてくる。
そのくせ無駄にデカいおっぱいごと押し付けられる。
めちゃくちゃ柔らかい。
「あらぁ~。アラン・スコットのすっとこどっこい、すっこんこん」
「なんだそれは」
「エルフ流の挨拶だもよん。だよん」
「テリア、相変わらず、テンション高いな」
「ほいほい。ほーい」
こいつはまあ、そういうやつだ。
エルフって冷静沈着、素直クールって感じなのに、こいつは人懐っこく、そしてバカ明るい。
顔をぐりぐりと俺の胸に押し付けて、匂いを擦りつける犬みたいだ。
頭を撫でてやる。
「はあはあはあ」
撫でると落ち着いてきたのか、冷静になってきた。
「ちょっとご無沙汰でしたね。えっと今何年なの?」
「聖東歴1676年、15年ぶりだ」
「そうなんだ~。もうそんなになるんだね。ちっとも老けないねぇ。いやあ、安心しちゃうわ」
「まあ、お互い様だな」
「だよねえ、だよだよ。……ご近所さんも、みんな、みんな、歳とって、そして、死んじゃうから」
一気にテンションが下がり、涙目になるテリア。このように温度差が激しい。
「普通の人間はまあ、そうだな」
「いい人から先に、天国へ行ってしまうの」
「ほほう。俺は悪い人かな。まだ死なないし」
「そういう意味じゃない。そうじゃなくってっ」
「わかってる」
「お茶でも飲んでく? いいのあるよ」
「お、おう」
立ち直りも早い。こいつはすぐ落ち込むが、復活が早いから、楽だ。
家に入れてもらい、四人掛けのテーブルと椅子に通される。
下町の家は質素だが、シンプルなのもまた美徳だ。
椅子に座って待つ。お茶を入れてくれている。
「はい。どうぞ」
「ああ、さんきゅ」
ずずっと、お茶を飲む。ほんのり優しい甘み。少し独特のフルーティーな香り。珍しい物ウォッチャーの俺でも、飲んだことのないお茶だった。
「うまいな、これ」
「そうでしょ、そうでしょ。秘蔵も秘蔵。とっておきのユグドラシル茶なんだからねっ」
ぶはぁあああ。
茶を吹き出す一歩手前だった。すでに飲み込んでいたので、セーフだった。
危ねえ。なんてもの、飲ますんだ。
「おいおい。高級とかいうレベルを超えてる。伝説級のやつじゃねえか」
「まあ、そうなんだけど。飲む相手がいないのよ。みんな死んじゃったから」
「そうだな。本当に、うまいなこれ」
一口目もうまかったが、二口目も、深い甘みそれから旨味。素晴らしい香り。
「領主とは、マルバード1623を出して飲んだんだ」
「ああ、あの年のワインは当たり年の豊作で最高級だもんね」
「飲んだことあるか?」
「あ、うん。たくさん貰ったから」
「そうだったか」
俺の秘蔵のマルバード1623は当時、豊作でかなりの数が出ていた。それでも値段はそれなりにした。
それから年月が経ち、今では飲むのはほぼ不可能だ。
しかしユグドラシル茶は、ここから国を三つくらい超えた先の、大森林の最奥地にあるユグドラシルの木の葉っぱをお茶にしたものだ。
お茶にするのがそもそも冒涜とも思える。
この葉っぱは、霊薬の材料の一つだ。いわゆるエリクサーの材料の一つ。
そういう超高級品を超えてる、ヤバいやつ。
それをぽんと、ただ寄っただけの、古馴染みの俺に出してくる、その精神がもう信じられん。
まあ、そんだけ俺のことを大切な友達だと思ってくれているということだ。ありがたい。
「俺、ちょっと長旅で遠出することにしたんだ。いつ死ぬかわからんし」
「そっか。ねえ、アラリン」
「ん。なんだよ」
「あのさ。結婚しよ」
ぶはぁあああ。
茶を吹くところだったろ。やめろよ、そういう冗談。
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