9 エルフとお話しよう

 ナレリーナ町の下町にある、エルフの家でお茶を飲んでいる。

 古馴染みだった。


 それが、結婚しよ、ときたか。そうきたか。


「ああ、そうだなあ」

「んんっ。言葉を濁したってことは、ラッキーチャンスぅ」

「いや、やっぱなしだな」

「えぇ~。なんでぇ~」


「正直、俺は、あと何年生きるか、まったく不明だ」


「そうだけど、そうだけどさあ~。いいじゃん。別に明日、不慮の事故なら死んだっていいよ。それでも結婚しよ」

「それ、絶対後悔するぞ」

「後悔……は、するかもしれない。でも今、結婚しないと、それはそれでお互い後悔すると思うの」

「まあ、そうかもな。結婚は駄目だ。そういうことをすると俺は専業主夫になっちゃうんで」

「専業主夫?」

「そうだ。『ニート』は基本、スネかじりでなければならない、またはヒモだ。結婚して家事とかするとそれはもう『専業主夫』であって、それはニートではないから、加護が失われて、死ぬと思う。マジで」

「そんな……」

「諦めてくれ」

「わかった、わんわん。じゃあ、ついてく。結婚は、しない。ただ一緒に旅するくらいならいいでしょ」

「いいよ」

「わーい。やったやったああああ」


 ということで一人旅の予定が、取りあえず二人旅に変更だ。


「テリア仕事は?」

「まっすぐ家に来たくせに」

「俺の勘だと家だと思っただけで、ここに居なければ職場に行ってたよ」

「仕事は全部、弟子ができる。私がしないといけないことは、ほぼないわ」

「それならいいかな」

「今は店も後進に譲って、店舗の家賃収入だけ貰って、暮らしてるんだ」

「ほほう。不労所得か、いいご身分だ」

「でしょ。でも金額はまあまあでしかないんで、豪華絢爛けんらんとはいかないのよ」

「まあ、まだここに住んでるしな」

「ここは居心地がいいからいいの」


 こいつの貯めた資産なら、ぶっちゃけ家賃収入とか一切なくても、貯金だけでもあと100年くらい暮らせるだろう。

 でもそれをせず、本人は安い賃貸暮らしってところが、こいつらしい。


 テリアの本職はエルフだけあって錬金術師だ。

 それも老舗の大店の筆頭錬金術師でオーナーだった。


「そういや、新鮮な薬草類いる?」

「いるいる。それは欲しい。ちょっと店に寄って薬草出して、調合していこう」


 俺のアイテムボックスには、珍しい物の一つとして入手した種を元に育てた、いくつかの効果の高い高級薬草がある。

 それらは日持ちせず、乾燥させるのもアウトなものなので、収穫したら即、ポーションにする必要があった。

 村に錬金術師が来て、その場で調薬すればいいかもしれないが、他の材料とかの入手性の問題もあり、村では錬金していない。

 ポーションにしてしまえば、少しは持つ。


「じゃあ店、行くぞ」

「はいはい、はーい。錬金、錬金、たーのしいな」


 錬金な。俺もテリアに一月ほど指南してもらったので、実は多少できる。

 しかしハイポーションとかのいいやつは、全然まだ駄目だ。


 錬金道具、錬金の材料は高価なものも多いので、このぼろっちい家には置かないポリシーらしい。

 公私を分けるタイプかもしれない。


 ユグドラシル茶とかは持っているから、高価だからというのも半分は言い訳かもね。


 店舗までは、ちょっと歩く。


 ぴょこぴょこ飛び跳ねて歩くテリアの後姿を眺めながら、その後を追う。

 後ろからだと綺麗なロングの金髪と、髪から飛び出ているエルフ耳、巨乳の横乳が見える。

 女子学生みたいなミニのひだスカートにニーソックスとか穿いているのも、なかなか。

 可愛いといえば可愛いし、見た目には似合いまくっているが、歳が歳だよな。



 向かうのは、大通りの角地『ポルポルンボン錬金術工房』だ。

 なんか、ふざけたような命名だが、この名前はそんな安いものではない。


 テリア・エクサロン・サリサロス・ルンベ・ポルポルンボン。

 彼女のフルネームだ。

 ポルポルンボンは、彼女の家の名前だった。あとの部分は氏族や部族名らしいが、詳しくは知らない。

 つまり、彼女の親がポルポルンボン錬金術工房の創始者で、この町の錬金術工房の半分以上が、その流れをくむ暖簾のれん分けに当たる。

 親は他界した訳ではなく、放浪の旅に出たまま帰ってこない、らしい。


 もうすぐ通りに出る。さすがにテリアも大人しくなり、俺の隣を歩き出す。


「ところでテリア。両親は生きてるってなんでわかるんだ? 手紙とかくるのか?」

「ううん。風の妖精に聞けば、それぐらいのことはわかるよ。ただ時間が掛かるけどね」

「ほーん」

「あなたが生きてることも、そうやってわかってたし、一月前から領主館にいることだって知ってるもの」

「そっかそっか」

「ぷんぷん。私を差し置いて、領主を優先するとか、ちょっと優先順位がおかしくないの? ぼけちゃったの?」

「え、ああ、なんとなく領主館のほうへ向かって歩いていっただけで、他意はないぞ」

「そうなんだ」

「おう」


 風の妖精には気を付けよう。もっとも俺には妖精とか精霊は見えないが。


 角を曲がる。

 そこには立派な佇まいのポルポルンボン錬金術工房があった。


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