第21話 休日の午後〈八の姫テレーゼ〉


 自室に戻ると手紙が一通、届いていました。

 不思議に思いつつも手に取ります。そして差出人を見て驚きました。思いもよらない方からだったのです。こんなこと、あり得るのでしょうか。

 封を開けて、ちょっとためらい、それでも読んでみることにしました。本物のテレーゼ姫からの手紙を。


 手紙には、王がしてしまったことへの謝罪と、王の言うことを鵜吞みにしてしばらく離宮に滞在していたこと、そのため知らなかったとはいえ対応が遅れたことへの謝罪と、そして今箱庭に向かっており、私が咎められないように、密かに入れ替わりができるように神殿に掛け合うつもりだと、書かれていました。婚約間近だった侯爵子息と別れてきたことも、書いてありました。

 やはり、王の考えることは私には分かりません。ですが、娘である姫の幸せを願って、こんな無茶な策を決行されたのかもしれません。だからといって、私が蔑ろにされていい理由にはなりませんが。

 ただ、何となく、ほっとしたのです。なぜか、どこか、ほっとしてしまったのです。


 箱庭から出たら、ハルト様にお願いしようと思います。テレーゼ姫に手紙を届けてくださいと。

 “私は幸せだから、どうか姫も幸せになってください。”と。


 それから、昼餐をいただきました。

 箱庭での最後の食事かもしれないのです。最後でなかったら、大変困りそうですが。とりあえず味わっていただきます。

 満たされた気分で、食後の紅茶とデザートをいただきました。すると、女官の方がメッセージカードを持ってきてくださいました。

 ハルト様からでした。蔓薔薇の小道まで散歩しませんか、というお誘いです。


 嬉しいです。そして切なくなりました。

 私はハルト様のことが、たぶん好きなのです。

 身分違いなのは分かっています。好きになってほしいなど、思っているわけではありません。まったく釣り合いが取れません。

 ただ、少しの時間、お話して一緒に過ごすことができたならと。分かっています、こんなことができるのは箱庭にいる間だけ。だから儀式ができるだけ長引けばよいと、そんなことを願っていたのです。

 それも、もう終わり、あと少しで。 



 支度を整えて待っていたら、ハルト様が姫の館まで迎えに来てくださいました。 

 ガーデンをのんびりと散歩します。ただそれだけで、ハルト様が隣にいてくださるだけで、私はとても幸せな気分になるのです。

 ハルト様も何となく、くつろいでいらっしゃるように感じます。そうだったらいいなと、思います。

 でも、きっと、お話の内容は業務連絡でしょう。いよいよ箱庭の儀が終了するようですから。その後のことをお話しくださるのだと思います。


 蔓薔薇の小道に着きました。

 今日もアーチが見事です。こぼれんばかりに薔薇が咲いています。

 その中ほどまで歩いたところで、ハルト様が足を止められました。

「テレーゼ、最後になりそうなので、あなたに話しておきたいことがあります。」


 どうしたことでしょう。

 いつもの王子様然とした雰囲気とは違う、ハルト様だけれど、ハルト様ではないような。

 いつものスマートさとは違って、緊張していらっしゃるご様子です。


「あなたを怒らせたくはないし、失望させたくもないのですが。

 あなたが、僕を信じてくださっているので、かえって言い出せなくなってしまった。 


 もし、訳ありで自国より逃れたい姫がいるなら、妻として連れて帰っても良いと、許可をいただいています。箱庭の儀に参加した僕に対する、褒美だとね。

 僕はあなたを妻として連れて帰りたい。ただし、僕は弐国の第三王子ではありませんが。」


 え、妻?

 で、王子ではない?

 どこからツッコミを入れれば良いのでしょうか!?

 そんな私にハルト様が続けます。


「僕もまた身代わりだと言ったら、あなたは驚くでしょうか。」


 ……ええ、驚きましたとも!モモノキとサンショノキに花が咲くのではないでしょうか。

 だって、だって、だって!!


「ハルト様、一番王子様らしく見えましたのに!!!」


 ハルト様が笑います。いつのも王子様らしい雰囲気でなく、ただ楽しそうに。

「それは、本物の王子に嫌がらせをするためにね。

 僕がこれだけ王子様を演じたら、本物もそうせざるを得ないからね?」


 納得です。

「確かにそうですね。本物の王子が身代わりのマネをしなければならないなど、本末転倒も甚だしいですが。とてもいい方法だと思います。」


「テレーゼ、あなたの感想、僕はとても好きだよ。」

 恐縮です。王子様の身代わりをされてきた方から、褒められてしまいました。


「あの、もしお聞きしてもかまわなければ、どうして身代わりをすることに?」

 ハルト様がなぜか苦笑されました。

「呪いなんだ。これは不可抗力だったんだけどね。第三王子殿下に呪いがかかって、人前に出られなくなってしまった。それをバカな子ほど可愛いっていう陛下が、殿下が復帰できるよう、病気療養中にして、それだけじゃ不審がられるから、たまに身代わりを立てることにしたんだ。

 殿下は愚かな方ではないけれど、大変わがままで。呪いで思うように生活できない、行きたいところにも行けないとなると、むしゃくしゃするのも分からないでもないけれど。

 ただ、僕のほうも命令で有無を言わさずだったから、少々これには腹が立って。嫌がらせでストレス解消をすることにしたんだ。」


 さすが、数週間だけの身代わり生活の私とは、発想が違います。素晴らしいです。

 では、あれはどちらのお話だったのでしょうか?


「内緒だと話してくださった好みは、殿下のそれとも、ハルト様の?」

「あれは僕の好み。珈琲も、蜥蜴のペットも。髪も鬱陶しいので切りたい。

 本物の王子は、珈琲も、蜥蜴も嫌いだからね。

 ちなみに、第三王子は歴史ものの本が好きってことになっているけれど、本物はそれも嫌い。

 僕も聞きたいですね。ミルクたっぷりの珈琲が好きなのは、蜥蜴が好きなのは、あなた、それとも?」

「テレーゼ姫ではありません。あれは、私です。」

 あの時は、テレーゼ姫のことなど頭に思い浮かばなかったのです。内緒だと教えてくださることが嬉しくて、私もそのまま答えてしまったのです。

「そうではないかと思った。だからこそ、僕はとても嬉しかった。

 あなたが王子らしい僕だけを見ているのではないと、分かったから。

 僕の本当の名前はレオンハルトです。」


 ああ、だから。ハルトと呼んで欲しいと。……では、いつから私のことを想ってくださっていたのでしょうか。いったい、いつから。


 すっと、レオンハルト様がひざまずきました。そして私を見上げます。

「僕の妻になっていただけませんか。」


「はい、喜んで。」

 思わず、そう答えていました。

 けれど、本当に良いのでしょうか。いろいろな問題をクリアできるのでしょうか、本当に?

 私は、私の幸せを諦めたくはないのですが。


「今、はいとお答えしてしまいましたけれど、レオンハルト様のご負担にはならないでしょうか?」

 立ち上がったレオンハルト様が私の手をとり、その指にそっと口づけをされます。

 あの、先ほどから、まるで王子様のような振る舞いで、胸の動悸がどうにかなりそうなのですが。


「実は前例があってね。」


 また前例ですか。しかし前回は王子が王子を連れ帰ったのではなかったでしょうか。そこは深く考えないほうがよいのでしょうか?


「内緒ですよ。」

 そう言って、レオンハルト様は私の耳元に口を寄せます。やはり、私の心臓がどうにかなりそうなのですが。

「騎士が連れ帰った王子は、実は男装した姫だったのです。」

 

 ……。

 どこの国も、姫も、王子も、姫でなくても、王子でなくても、事情はホントいろいろで。

 とはいえ姫君が男装して王子をされるのは、とても大変ではないでしょうか。でも、ご気性によってはそうでもないのでしょうか。そんな物語もありますし。

 ふと、気になりました。

「その姫君は、お幸せだったのしょうか。」

「伝え聞いたところによると、姫君は王妃付きの女官となり、また珍しい魔法属性をお持ちで魔法薬の発展に貢献されたそうです。騎士は近衛騎士となり、生涯仲睦まじい夫妻であったとのことです。」


 ああ、良かった。そんな思いとともに、なぜか涙があふれました。

 ハルト様がそっと私の目元をぬぐってくださいます。あの、やはり誰よりも王子様らしいのですが。


「安心して、テレーゼ。

 僕は王子ではないし、三男なので家の爵位も継げないけれど。第三王子殿下は陛下のお気に入りで、僕もまた陛下に目をかけていただいている状態なんだ。で、けっこう嫌がらせをしたはずなのに、悪態をつかれながらも殿下に頼りにされいてね。殿下が完全復帰した後はその側近、臣籍降下して公爵になった際はその補佐官となることが決定している。陛下から直々にあった話だから、まず確実に。あなたにはそこそこ良い安心した暮らしをご用意できます。」


 ……まあ、口止めも含まれているのでしょうが、身代わりができちゃうような人材は、手放さないのではないかと思います。本物の王子が信頼しているのなら、なおさら。


 そして私は、ハルト様にお願いすることに決めました。

「実は、本物のテレーゼ姫から手紙をいただいたのです。ハルト様を通して、届けていただけないでしょうか。

 “私はとっても幸せだから、どうか姫も幸せになってください”と。」


 ええ、私は今、はっきりとこう言えます。こう言えると分かったのです。

 私は幸運です。

 なんて幸運なんでしょう。


 私は箱庭に来て良かった。

 とんでもない無理矢理でも、ここに来て良かった。

 だって私は、ハルト様と出会うことができたのですから!



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