第20話 休日の午後〈六の姫イザベル〉
ユリウス王子からの呼び出しに、あたしは今、ガーデンの四阿に向かっている。
まあ、今後のことでしょうね。
あたしとしたことが、少し緊張しているのよ。卵を孵した姫になってしまったから。
けれど、ガーデンを歩いているうちに、そんな気持ちも落ち着いて。
夕方、儀式が成功すれば、もうここを歩くこともない。
そんな感傷に、何となくガーデンの小道で立ち止まってしまった。
あたしの赤毛が、ガーデンを通り抜ける風に揺れる。
わかっていたわ。こだわっていた、あたしがバカみたいだわ。
ここで過ごした3週間、誰も、あたしの赤毛について何も言わなかった。むしろ褒められてしまった。
だいたい、あたしは自分の赤毛を気に入っているのよ。誰が何と言おうと、気に入っているの。
だから。蔑みや、嘲笑はもちろん、同情も、哀れみも、鬱陶しいわ。
でも、同情や、哀れみだけではなかったのかもしれない。あたしが気づかなかっただけで。
国にも、そういう人はいたのかもしれない。あたしが気づかなかっただけで。
何より。
“姫が死ぬかもしれないより、オレは壊すよ。”
こんなことを言ってくれる人が、ひとりいたわ。だから余計に、どうでも良くなっちゃったわ。
四阿に着けば、ユリウス王子が先に来てベンチに座っていた。
あたしが澄まし顔で隣に座れば、ユリウス王子が唐突に聞いてきた。
「イザベルは、オレのこと好き?」
……自分の気持ちは言わないくせに、いい度胸をしてますわね!?ええ、聞かせて差し上げてよ!
「わたくしは、あなたが好きよ。
この髪、褒めてくれて嬉しかった。わたくしのことも、褒めてくれて嬉しかった。好きなところに行ったらいいと、そう言ってくれて嬉しかったわ。」
これ以上なく真剣に伝えたのに、ユリウス王子はいつもの軽い調子で答えてきた。
「じゃ、きまり、イザベルは王太子妃、いずれ王妃ね。
あれ、姫、なんでそんなにポカンとしてるの?オレ、王太子だって言ってなかった?」
……聞いておりませんわ。
「あなた、第三王子って!?」
「第一王子は剣の修行をするって出て行って、第二王子は魔術の修行をするって出て行った。
厳しすぎる王太子教育ってのも考えものだよね?元凶は前王のじーさんだけどさ。」
四国の事情が面倒なのは分かりましたけれど。
「あなた、本当にあたしを王妃にするつもりなのね?」
ユリウス王子が嬉しそうに答える。
「もちろん。」
……予想外すぎるわ。しかし、ここは腹をくくらなくては!
「少し想定外ではありますけれど、業務内容的には何とかなると思うわ。もちろんこれから学ぶことも多いでしょうけれど。それなりに、あたしは役立つと思っていただいて、かまわないわ。」
ユリウス王子がゆる~く首をかしげた。
「ん~、もちろんイザベルがそれをやりたいなら、やりたいだけやったらいいけどね。きっと皆喜ぶし。俺も応援するし。
ただね、それよりも、イザベルはすっごく感謝されるよ?」
……能力を評価されるのではなくて、感謝!?
「のらりくらりと逃げ回っていた第三王子が、イザベルを婚約者にして変わったとね?」
あたしは頭を抱えたくなった。
「あなた、国で何をなさってますの!?」
「いやもう、やる気なくてさ~。」
「……あなた、芸術方面はもちろん、そのほかのことも普通以上にデキるでしょ!」
「だからもう、オレ、やる気なくてさ~。」
「やる気云々の問題ではございませんわ!」
「でも、イザベルがそばにいてくれるなら、オレ、仕事するよ?」
あたしは大きくため息をつく。なのに、このお気楽王子はなぜそんなに嬉しそうなの!?
徒労感に襲われて、あたしはかなりどうでもいい気分になった。努力とか、根性とか、気合とかそういうものすべて。
どうでもいい気分になっても、そばにいるくらいならできるでしょうよ。
「了承しましてよ。」
「じゃ、箱庭から出たらすぐ、四国に来てくれるよね?」
このお気楽王子はまた唐突なことを!?
でもそこで、あたしは気づいてしまった。20才になってなくとも、王太子であればそれなりに学ぶことも仕事も多い。当たり前でしょ。
「あたしがそばにいれば、勉強と仕事をしますのね?」
ユリウス王子が嬉しそうにうなずく。
「では是非、そうなさって。」
再び、ユリウス王子が幸せそうにうなずくから。
あたしも、まあいいかと肩の力が抜けて、何だかゆるっとした気分になってしまった。
見上げれば綺麗に晴れた空があったのだと、気づいてしまうくらいに。
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